第23話「帝都への旅路」
少し眠って、日が暮れて。
夕闇が迫る中で、
ここから先は
「……胸が、きついんじゃが」
そして、不機嫌だ。
操の提案に、最初から反対していたし、渋々承知した今も
髪を
この
そして、変装はレヴィールだけではない。
「レヴィール、少しだけ我慢してよ」
「……胸は、我慢する。苦しいがの。じゃが……プッ!」
おもむろにレヴィールは、小刻みに肩を震わせ操から視線を反らす。
似合わないのは承知だが、こんな時に緊張感のない。だが、お腹を抑えるレヴィールの笑顔を見れば、悪い気はしない。
操は逆に、同じく調達したスカートで女装していた。
男女あべこべに逆の格好で、歩いて帝都に侵入しようというのである。
「何だか、足回りがスースーする。でも、こんなに簡単に服が手に入って……レヴィール?」
「操、こっちを向くでない! プッ、ククク……もう駄目じゃ! アッハハハハ! これは
「……似合わなくて悪かったね」
そして、操は同じく拝借した鞄に服を詰め込み、山小屋へと一度戻る。
そこには、着衣を
操の女装姿を見ても笑わないのは、笑える状況にないからだ。二人共、まさか畑仕事をサボって
ほんの数万分の一の力をレヴィールが見せて、納得してもらえた。
命までは取らぬと言えば、服は貸してもらえたのだ。
「すみません、二人共……いつかお返ししますから。じゃあ!」
そこでは、シャンと立ったレヴィールが待ち受けていた。
「では、行くかの。
「あ、ありがと」
操はスカーフで頭を
背丈もレヴィールの方が高いので、二人は全くの別人になりおおせた。闇に紛れて街道を進めば、明日の朝には帝都が見えるだろう。
まだ疲労は色濃く、体は重い。
だが、迷っている時間はない。
こうしている間にも、ミレーニャに危機が迫っている。やはり、彼女を残したまま帝国を出てきてはいけないかったのだ。世界最強の軍事国家、アルシェレイド帝国は魔法処女の製造や扱いにも長けている。弱い魔法処女など、わざわざ生かしておく必要はないのだ。
「ゆくぞ、操! ……急がねば」
「うんっ! レヴィール、ミレーニャさんは」
「ワシと戦い、生き残った魔法処女など存在せぬ。ミレーニャただ一人を除いての。そのミレーニャを調べれば、ワシを攻略する糸口が得られると思う者もおるじゃろ」
「……それが命を保証するってことは」
「命までは取らんとは思う。だが、逆を言えば、生きたままどんなことをされるか」
操は戦慄した。
思わず刻む一歩が歩調を強くしてしまう。
自然と早足になってしまうが、隣のレヴィールが手を握ってきた。彼女は前だけを
「焦るでない、操。夜通し歩くのじゃから、ペースを一定に保つのじゃ」
「う、うん……ごめん」
「こまめに小休止を取って進むゆえ、落ち着いてのう」
「ああ」
極力消耗を避けるために、無言で歩く。
何人かの旅人と擦れ違ったが、不審に思われた様子はないようだった。
時々は、近隣の娘達が通って、男装のレヴィールを見てはひそひそとささやきを交わし合っていた。性別は違えど、レヴィールは目も覚めるような美形なのだ。操は顔を半ば隠すようにスカーフを被っているから、問題にされない。
小柄な操と、スマートな長身のレヴィール。
これはこれで目立つのだが、レヴィールが
いよいよ日が落ちて、周囲が闇に包まれる。
「操、無理してないかや?」
「僕は平気さ……レヴィールは?」
「ワシは最強の魔法処女、
「夜に? 何で」
「……鈍いやつじゃのう。ま、まあ……そこがいいんじゃが。ん?」
ふと、レヴィールが立ち止まって振り返った。
街道は真っ直ぐ帝都へと伸びていて、夜間の強行軍でも問題はない。だが、レヴィールが鋭い目付きで眇める向こうから……徐々に馬車の音が聴こえてくる。
程よく整地された道を、規則的な
やがて、ランプの明かりを点けた
「おやおや? お二人さん、しけこんでる内に日が暮れちまったかい? ハッハッハ!」
からかいながらも不快に感じないのは、男の悪びれない笑顔が無邪気だったからだ。
操がどうしようかと身構えていると、ゴホンとレヴィールが
「ワシは……ああ、うむ。俺は婚約者と、そう……逢瀬を楽しんでおった。それで寝過ごしてしまったのじゃが、早く戻らねばオヤジ殿にどやされてしまうのじゃが」
「ヘヘ、そいつぁ大事だな。どのみちこの馬車は
操には、レヴィールの
だが、今のレヴィールは男装しているからか中性的な美しさがある。
男はどうやら、そういうことにはあまり
あるいは、訳アリと知って騙されたフリをしてくれているのか。
操は無言で頭を深々と下げると、レヴィールと一緒に車上の人になった。
「さぁて、俺は夜通し眠れねえから、話し相手にでもなってくれよ?」
「心得た。ワシ……あ、いや、俺でよければ何でも話そうぞ」
「ハハッ! 恋人ちゃんの話題以外なら大歓迎だ! そらっ、飛ばすぜぃ!」
ガラゴロと車輪を回して馬車が加速する。
幌の中に荷物はなく、ぽつねんと座った操は揺られながらレヴィールの背中を見詰めた。彼女は目配せで操を安心させようとしてくる。
「心配するな、かあ……すっごい心配だ」
レヴィールなりに頑張っている、操に心配させないようにと思っているのだろう。操は小柄で女顔とはいえ、声変わりを終えた少年だ。
それならばと、レヴィールは一生懸命に男と喋り続けている。
とりとめのない話ばかりで、揺れもあって操はまた眠くなってきた。
だが、不意に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
それは、地方へ荷を売りに出た男が、帝都を出発する時に聞いた話だそうだ。
「明日の
「なっ……本当かや!? すまぬ、もっと詳しく聞かせてはもらえぬだろうか」
操の眠気が吹っ飛んでしまった。
公開処刑?
ミレーニャが?
思わず身を乗り出してしまって、慌てて自重する。今は物言わぬレヴィールの恋人、
「あれは三日前だ、俺ぁ帝都の工房から荷を積んで……ガラス細工の工房でね。俺が売り買いの
「そのミレーニャとやらは、無事じゃろうな!」
「そ、そいつはわからねえよ……ただ、魔法処女だろぉ? 殺しても死なないとか言われてるしよ、俺等、男の小市民にゃバケモノのことはわからんさ」
「……で、あろうな」
これが、魔法処女の現実。
そして、魔法処女同士でだけ戦争をする世界のありかただった。
操は
魔法処女は兵器、ローコストながら絶対戦力として投入される死の乙女だ。
操は、レヴィール達を包む世界の残酷さに震えが止まらなかった。
「で、あんたはどこのお坊ちゃんだい? おおかた、出入りしてる
「では……帝都まで、行ってもらおうかの」
「はぁ? おいおい……この辺の人間じゃ……あ、ああ」
走る馬車の中で、レヴィールが立ち上がった。
帽子を取った彼女は、縛った髪を
「ワシの名はレヴィール・ファルトゥリム。祖銀の魔女と言えばわかるかや? 魔法処女をバケモノと呼ぶなら、知るがよい……ワシが最強のバケモノ、シリアル・オーナイン! 祖銀の魔女レヴィールじゃ!」
操が止めようとした時にはもう、遅かった。
レヴィールにとって、全ての魔法処女は、娘、孫、そして子孫だ。魔法処女とて力を失えば、多くが普通の女性として暮らすし、場合によっては自ら
誰にでもはなれない……だが、魔力を持つ女性の中でも、強い者だけが
恐怖に震えながら、男は馬車を飛ばし始めた。
その頃にはもう、レヴィールは胸元をはだけで巻いた布を夜風に投げ捨てていた。
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