第23話「帝都への旅路」

 少し眠って、日が暮れて。

 夕闇が迫る中で、勲操イサオシミサオは目覚めると同時に行動を開始した。

 ここから先は徒歩とほである。ナナが陽動で暴れてくれるため、隠れて進めば陸路はかなり安全だ。だが、念には念を入れての行動を操は選ぶのだった。


「……胸が、きついんじゃが」


 勿論もちろん、レヴィール・ファルトゥリムは不満げだ。

 そして、不機嫌だ。

 操の提案に、最初から反対していたし、渋々承知した今もほおを膨らませている。そんな彼女は今、見事な脚線美きゃくせんびをズボンで隠していた。上も露出のない長袖ながそでのシャツを着ている。あの見事なまでの胸の実りは、布を巻いて圧縮しておいた。

 髪をまとめて丸め、その上から麦わら帽子を被る。

 この男装だんそうは、申し訳ないと思ったが通りすがりの山小屋で拝借はいしゃくしたものだ。

 そして、変装はレヴィールだけではない。


「レヴィール、少しだけ我慢してよ」

「……胸は、我慢する。苦しいがの。じゃが……プッ!」


 おもむろにレヴィールは、小刻みに肩を震わせ操から視線を反らす。

 似合わないのは承知だが、こんな時に緊張感のない。だが、お腹を抑えるレヴィールの笑顔を見れば、悪い気はしない。

 操は逆に、同じく調達したスカートで女装していた。

 男女あべこべに逆の格好で、歩いて帝都に侵入しようというのである。


「何だか、足回りがスースーする。でも、こんなに簡単に服が手に入って……レヴィール?」

「操、こっちを向くでない! プッ、ククク……もう駄目じゃ! アッハハハハ! これは滑稽こっけい、滑稽ぞ! 操、かわいいではないか……プクク」

「……似合わなくて悪かったね」


 そして、操は同じく拝借した鞄に服を詰め込み、山小屋へと一度戻る。

 そこには、着衣をむしり取られてしまった二人の男女が抱き合っていた。

 操の女装姿を見ても笑わないのは、笑える状況にないからだ。二人共、まさか畑仕事をサボって逢瀬おうせを重ねているところを、世界最強の魔法処女ウォーメイデンに襲われることになるとは思わなかっただろう。

 ほんの数万分の一の力をレヴィールが見せて、納得してもらえた。

 命までは取らぬと言えば、服は貸してもらえたのだ。


「すみません、二人共……いつかお返ししますから。じゃあ!」


 ののしりの言葉を受けながら、急いで操は街道かいどうへと出る。

 そこでは、シャンと立ったレヴィールが待ち受けていた。


「では、行くかの。夜陰やいんに乗じての強行軍でもあるし、これから日が落ちれば、まず見つかるまい。操、これをかぶりませい」

「あ、ありがと」


 操はスカーフで頭をおおってしまう。

 背丈もレヴィールの方が高いので、二人は全くの別人になりおおせた。闇に紛れて街道を進めば、明日の朝には帝都が見えるだろう。

 まだ疲労は色濃く、体は重い。

 だが、迷っている時間はない。

 こうしている間にも、ミレーニャに危機が迫っている。やはり、彼女を残したまま帝国を出てきてはいけないかったのだ。世界最強の軍事国家、アルシェレイド帝国は魔法処女の製造や扱いにも長けている。弱い魔法処女など、わざわざ生かしておく必要はないのだ。


「ゆくぞ、操! ……急がねば」

「うんっ! レヴィール、ミレーニャさんは」

「ワシと戦い、生き残った魔法処女など存在せぬ。。そのミレーニャを調べれば、ワシを攻略する糸口が得られると思う者もおるじゃろ」

「……それが命を保証するってことは」

「命までは取らんとは思う。だが、逆を言えば、


 操は戦慄した。

 思わず刻む一歩が歩調を強くしてしまう。

 自然と早足になってしまうが、隣のレヴィールが手を握ってきた。彼女は前だけを見据みすええて、夕焼けに染まる中で長い影を引いく。


「焦るでない、操。夜通し歩くのじゃから、ペースを一定に保つのじゃ」

「う、うん……ごめん」

「こまめに小休止を取って進むゆえ、落ち着いてのう」

「ああ」


 極力消耗を避けるために、無言で歩く。

 何人かの旅人と擦れ違ったが、不審に思われた様子はないようだった。

 時々は、近隣の娘達が通って、男装のレヴィールを見てはひそひそとささやきを交わし合っていた。性別は違えど、レヴィールは目も覚めるような美形なのだ。操は顔を半ば隠すようにスカーフを被っているから、問題にされない。

 小柄な操と、スマートな長身のレヴィール。

 これはこれで目立つのだが、レヴィールがあきれるくらい堂々としているのが救いだった。どこぞの豪農ごうのうの一人息子とでも思われているのだろう。

 いよいよ日が落ちて、周囲が闇に包まれる。


「操、無理してないかや?」

「僕は平気さ……レヴィールは?」

「ワシは最強の魔法処女、祖銀しろがね魔女まじょじゃぞ? 体力にも自信はあるのじゃ。いつか、夜に操にも教えてやろうかの」

「夜に? 何で」

「……鈍いやつじゃのう。ま、まあ……そこがいいんじゃが。ん?」


 ふと、レヴィールが立ち止まって振り返った。

 今宵こよいは月明かりがあって、空にも星が瞬いている。

 街道は真っ直ぐ帝都へと伸びていて、夜間の強行軍でも問題はない。だが、レヴィールが鋭い目付きで眇める向こうから……徐々に馬車の音が聴こえてくる。

 程よく整地された道を、規則的なひずめの音が近付いてきた。

 やがて、ランプの明かりを点けた幌馬車ほろばしゃが一台停車した。


「おやおや? お二人さん、しけこんでる内に日が暮れちまったかい? ハッハッハ!」


 むちを持って二頭の馬を操っているのは、壮年の男だ。がっしりした体格で、見るもたくましい筋肉でシャツの内側を盛り上げている。

 からかいながらも不快に感じないのは、男の悪びれない笑顔が無邪気だったからだ。

 操がどうしようかと身構えていると、ゴホンとレヴィールが咳払せきばらいを一つ。


「ワシは……ああ、うむ。俺は婚約者と、そう……逢瀬を楽しんでおった。それで寝過ごしてしまったのじゃが、早く戻らねばオヤジ殿にどやされてしまうのじゃが」

「ヘヘ、そいつぁ大事だな。どのみちこの馬車はから、荷を売って帝都に戻るとこだ。二人共、乗りな。一人も三人も似たようなもんよ」


 操には、レヴィールの大根役者だいこんやくしゃっぷりがヒヤヒヤものだった。一人称こそ男を演じようとする雰囲気が感じられたが、口調や声音はレヴィールのままだ。

 だが、今のレヴィールは男装しているからか中性的な美しさがある。

 男はどうやら、そういうことにはあまり頓着とんちゃくがないらしい。

 あるいは、訳アリと知って騙されたフリをしてくれているのか。

 操は無言で頭を深々と下げると、レヴィールと一緒に車上の人になった。


「さぁて、俺は夜通し眠れねえから、話し相手にでもなってくれよ?」

「心得た。ワシ……あ、いや、俺でよければ何でも話そうぞ」

「ハハッ! 恋人ちゃんの話題以外なら大歓迎だ! そらっ、飛ばすぜぃ!」


 ガラゴロと車輪を回して馬車が加速する。

 幌の中に荷物はなく、ぽつねんと座った操は揺られながらレヴィールの背中を見詰めた。彼女は目配せで操を安心させようとしてくる。


「心配するな、かあ……すっごい心配だ」


 レヴィールなりに頑張っている、操に心配させないようにと思っているのだろう。操は小柄で女顔とはいえ、声変わりを終えた少年だ。

 それならばと、レヴィールは一生懸命に男と喋り続けている。

 とりとめのない話ばかりで、揺れもあって操はまた眠くなってきた。

 だが、不意に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

 それは、地方へ荷を売りに出た男が、帝都を出発する時に聞いた話だそうだ。


「明日の正午しょうごには、裏切り者の魔法処女が公開処刑される。名は確か……ミレーニャとか言ったか? ヘッ、皇帝陛下もご無体むたいなことをなさるってもんだ」

「なっ……本当かや!? すまぬ、もっと詳しく聞かせてはもらえぬだろうか」


 操の眠気が吹っ飛んでしまった。

 公開処刑?

 ミレーニャが?

 思わず身を乗り出してしまって、慌てて自重する。今は物言わぬレヴィールの恋人、田舎娘いなかむすめでいなければ。そして、レヴィールも必死に自制して男に話を促そうとしていた。


「あれは三日前だ、俺ぁ帝都の工房から荷を積んで……ガラス細工の工房でね。俺が売り買いの仲介一切ちゅうかいいっさいを取り仕切っている。で、出発する時に丁度聴いたんだ。何でも、帝国で最強の魔法処女……あの、祖銀の魔女が謀反むほんを起こしたってんだ」

「そのミレーニャとやらは、無事じゃろうな!」

「そ、そいつはわからねえよ……ただ、魔法処女だろぉ? 殺しても死なないとか言われてるしよ、俺等、男の小市民にゃバケモノのことはわからんさ」

「……で、あろうな」


 これが、魔法処女の現実。

 そして、魔法処女同士でだけ戦争をする世界のありかただった。

 操は漠然ばくぜんとだが理解した……恐らく、魔法処女が絶対兵器として君臨することで、この世界の国家は無用な流血を避けられるだろう。出征しても死ぬ兵が少なくなれば、多くの者達が生還する。兵が消耗しないので、戦を避ける理由も自然と薄れた。

 魔法処女は兵器、ローコストながら絶対戦力として投入される死の乙女だ。

 操は、レヴィール達を包む世界の残酷さに震えが止まらなかった。


「で、あんたはどこのお坊ちゃんだい? おおかた、出入りしてる下女げじょで遊んでるようだが、火遊びも程々にしときな。家の近くで降ろしてやっからよ」

「では……帝都まで、行ってもらおうかの」

「はぁ? おいおい……この辺の人間じゃ……あ、ああ」


 走る馬車の中で、レヴィールが立ち上がった。

 帽子を取った彼女は、縛った髪をほどいて、月の光に輝く銀髪を棚引たなびかせる。


「ワシの名はレヴィール・ファルトゥリム。祖銀の魔女と言えばわかるかや? 魔法処女をバケモノと呼ぶなら、知るがよい……ワシが最強のバケモノ、シリアル・オーナイン! 祖銀の魔女レヴィールじゃ!」


 操が止めようとした時にはもう、遅かった。

 レヴィールにとって、全ての魔法処女は、娘、孫、そして子孫だ。魔法処女とて力を失えば、多くが普通の女性として暮らすし、場合によっては自ら伴侶はんりょを得てその役目を終える者もいる。

 誰にでもはなれない……だが、魔力を持つ女性の中でも、強い者だけが戦乙女ヴァルキリー化身けしんとなれるのだ。それは、女尊男卑じょそんだんひのこの世界では、男性にはバケモノに見えるとしても……レヴィールには侮辱ぶじょく蔑視べっしは許しがたい。

 恐怖に震えながら、男は馬車を飛ばし始めた。

 その頃にはもう、レヴィールは胸元をはだけで巻いた布を夜風に投げ捨てていた。

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