第22話「緑の草原で、君と」

 勲操イサオシミサオは、夢を見ていた。

 それは、見知らぬこの異世界に郷愁きょうしゅうを覚える、不思議な感覚。そして、多くの魔法処女ウォーメイデンが笑っていた。周囲は年頃の少女ばかり……操は何故か、それをながめていた。

 隣には、銀髪ぎんぱつの少女が寄り添っている。

 そんな、どこかなつかしい夢が薄れて消えた。


「あ、あれ……僕、寝てた? ごめん、なんか……身体からだがちょっと、だるいっていうか」


 意識が鮮明になるに従い、操は状況を理解した。

 今、アルシェレイド帝国の帝都へと空を飛んでいる。いつのまにか操は眠っていたようだ。それも、レヴィール・ファルトゥリムの背の上で。

 操を背負せおって飛ぶレヴィールは、肩越しに振り向き鼻を鳴らした。


「操は立て続けに二人もシングル・ナンバーズと戦ったのじゃ。疲れて当然ぞ? もう少し寝ませい」

「いや、それは」

「よい。今は寝ませい」


 周囲を見ると、ナナも大きくうなずきながら飛んでいる。

 レヴィールの背は、不思議とぽかぽかしてて温かい。

 このまま再び睡魔すいまに身を委ねたら、どんなに気持ちが良いだろうか? だが、操は今からあの巨大なアルシェレイド帝国に挑もうというのだ。まだ、ゆっくりと身を休めるのは早過ぎる。


「ねえ、レヴィール……君達は消耗しないの?」

「ん? なんじゃ、ワシ魔法少女のことかや?」

「そう。僕は……多分、連続で融合ユニゾンしたからかな。少し、頭が重いというか」

「極端な集中力を使い過ぎたんじゃなあ」


 不思議とレヴィールの声が優しい。

 空気の層で覆われているから、猛スピードも寒くはないし、呼吸も普通にできる。だが、そよかぜが揺らすレヴィールの銀髪から、ふわりと柔らかな香りが鼻孔びこうをくすぐった。

 すぐ横にナナが飛んできて、じゃれつくように身を浴びせてくる。


「これ、ナナッ! 飛びにくいではないか」

「ナナもパパのこと、ギューッってしたげる! パパ、頑張ったもん!」


 先程、操はナナとも融合した。

 いつもレヴィールと一つになった時の、あの情熱的な高揚感とは違う。無邪気な柔らかさがあって、まるで森だ。森林浴のような清々しさがあった。

 だが、恐る恐る操は聞いてみる。


「ね、ねえ、レヴィール……その、君達は、魔法処女は、その」

「なんじゃ? ……ああ、ワシはそんな狭量きょうりょうな女ではないぞ? 操が誰と融合しようが、誰と寝ようが、う、うむ。ワシは気にせんのじゃあ。……嫌、じゃけど。我慢、じゃ」

「……ほんと?」

「くどい! ……ま、まあ、ちっくと……いや! いやいやいや! でも、その、のぅ」


 こうしている間も、横を飛ぶナナがにふふと笑って指で突いてくる。

 レヴィールは勿論もちろんだが、ナナも目が覚めるような美少女だ。スタイル抜群なのは多分、レヴィールを元につくられたからだろうか? 身長はナナの方があるようだが、言動が幼いのであまり意識させられない。

 そんなことを考えていると、不意にレヴィールがスピードを落とす。


「あれ? レヴィール?」

「そろそろ帝国の近くじゃ……探知されれば迎撃に魔法処女が上がってこようぞ」

「ああ、じゃあ」

「ここより先は歩く。ナナ、お主も降りませい」


 だが、ナナは着地した操達の頭上をクルクルと回り続ける。

 難しい顔で腕組み考え込んで、彼女はハッとした表情で手を叩いた。

 操は、まるでナナの頭の上に電球ピコーン!が見えるかのような錯覚を覚える。


「ナナ、ひらめいたっ! ママ、パパと一緒にこっそり歩いて! ナナね、ナナが派手に暴れて、えっと、なんてゆーの、んと、ほら、ううう……」

陽動ようどうかや?」

「そう! よーどー! 帝国にはいっぱい魔法処女がいるもん。ぜーんぶ、ナナが引き受けるよっ!」


 また無茶なと、操はレヴィールの背から降りて止めようとした。

 だが、足に力が入らなくてふらついてしまう。

 やはり、体力と精神力を消耗しているようだ。


「待って、ナナ……一人じゃあぶないよ。レヴィール、君も止めてあげて」

「ダイジョーブッ! パパ、安心して。ナナ、もう誰もやっつけちゃわないよ? ママとパパは、魔法処女はぜーんぶ助けちゃうんだから。だから、ナナも戦わない。ちょっと戦っても、やっつけちゃわないの」

「ナナ……」

「じゃあ、こっそりね? こっそり! うーっ、ナナはーっ、派手派手にいくぞーっ!」


 ふわふわ浮かぶナナは、駆け出す仕草でグイと自分を引き絞った。

 だが、それをレヴィールが呼び止める。

 見えない大地に急ブレーキしながら、ナナはふわふわと降りてくる。

 レヴィールは操に肩を貸しながら、着地したナナを見上げた。


「ナナ、無茶をするでないぞ?」

「うんっ! あんまし大変だったら、ナナ逃げるね?」

「そうじゃ……無理に付き合う必要はないからの。お主もシングル・ナンバーズ、帝国からすればのどから手が出るほど欲しい魔法処女じゃ。いざとなったら、わかるの?」


 ぽかんとしてしまったナナは、ブルブルと首を横に振る。

 長い長い髪をぶんぶん振って口ごもる。


「やだやだ、ナナ絶対こーふくしない!」

「これ、ナナ! ……お主に敵う魔法処女などそうはいないがの。ワシは心配なんじゃ……余りに無垢むくで幼いお主が」

「ママ……」


 だが、ナナはニッカリと笑って再び空に舞い上がった。


「だいじょーぶだよっ、ママ! ナナはね、逃げるの多分得意だから! 見てて、帝国中の魔法処女をぜーんぶ! ぜーんぶっ、引きつけちゃうんだから。おいかけっこだよ!」

「……ナナ、わかった。では、頼らせてもらえるかのう?」

「うんっ! ママはパパのこと、元気にしてあげて。ちょっと疲れてるんだよ!」

「わかった。気をつけての……無理をするでないぞ」


 元気のいい返事を残して、ナナが瞬時に風になる。

 あっという間に彼女の姿が、遠くへと消えていった。

 周囲が静かになると、操は改めて周囲を見渡す。降りた場所は街道かいどうからは外れており、草原が広がっている。ナナが飛び去った帝国の方向には、森が広がっていた。

 身を寄せ肩を貸すレヴィールの横顔は、どこか不安げだ。

 だが、操の視線を感じて彼女は不敵に笑う。


「心配ない。ナナはワシの血をく受け継いだ、シングル・ナンバーズの一人じゃ。普通の魔法処女では、何千人束になってもかなわん」

「……自分に言い聞かせてるみたいだね、レヴィール」

「ん、そうかもしれん。それより、じゃ!」


 不意にレヴィールは歩き出す。

 半ば引きずられるようになってしまい、慌てて操もあしを動かした。やはり身体が重く感じて、なだらかなレヴィールの肩を借りねば立っていられない。

 そんな彼を、レヴィールは一本の大樹たいじゅの影に腰掛けさせた。

 自分でもびっくりするくらい、消耗している。

 操は考えもしなかった……ハイレベルな魔法処女同士の戦闘が、こうも重魂エンゲージャーの心身を削るものかと。だが、それを気にしているのはレヴィールも一緒のようだ。


「操、ちっくと寝ませい」

「あ、いや、僕はもう」

「寝ませい! 駄々だだをこねるでない」


 隣に座ったレヴィールが、ぽんぽんとひざの上を叩く。

 逆らえる雰囲気ではなかったので、言葉に甘えて膝枕に沈む。

 そっと操の髪をでながら、見下ろすレヴィールが小さく笑った。


「ワシ等、魔法処女は融合する重魂を召喚する。そして、重魂は元の世界に戻る儀式のために……敗者となった魔法処女を犯すのじゃ」

「う、うん」

「操、お主はこちらの世界にワシが呼んでから、一度も帰ってはおらぬ」

「とっ、当然だよ! 僕は童貞どうていだもの!」


 身を起こした操は、思わず叫んでしまった。

 彼にとって、清らかな身体でいることは特別な意味を持つ。母の想いであり、自分でそれを選んだ信念なのだ。

 同世代の友達には、それをと誇れるらしい。

 早く捨てるといいらしい。

 だが、操には。捨てていいものではないのだ……何故なぜなら、一生に一度のこと、最初で最後の初めてなのだ。そしてそれは、心から愛する女性にささげたい。

 だから、今までの戦いでずっと、敗者の処女を奪うことはなかった。


「操、落ち着けい」

「僕は、嫌だ……君の言いたいことはわかったぞ! 多分、重魂は元の世界に戻らないと、消耗が続くんじゃないの? 僕はもう、何度も君達と融合している」

「……前例がないこと、わからぬ。じゃが、はワシが召喚すると常にベストな状態で現れた。激しい戦いで全力を出し切っても……次に呼ぶ時は、元気になっておった」

「奴? 奴、って」

「かつてワシが、相棒あいぼうとして長らく重魂とした者じゃ。ワシが祖銀しろがね魔女まじょという伝説を生み出してしまったのは、其奴そやつの強さもあろう」


 操は驚いてしまった。

 だが、当然のはずだ。

 長らく帝国のために、レヴィールは戦ってきた。六百年もの間、ずっと。その間、操ではない重魂がいたはずだ。そして、その者を元の世界に戻すため、儀式と称して敗者を陵辱りょうじょくしてきたのだ。

 それが嫌だから、彼女は操を召喚した。

 わざと負けるために、最弱の重魂を。


「操、気付いておるかや? ……お主、ワシを呼び捨てにしておる」

「あっ! ゴ、ゴメン……つい」

「よい、許す。ワシのことはずっと、レヴィールと呼びならわせ。そして……」


 グイとレヴィールは、再び操を自分の膝枕に寝かせる。

 先程までの激闘が嘘のように、静かだ。


「帝国に戻れば、重魂の研究についても資料がある筈じゃ。お主、やはり疲れておる……何のなぐさめにもならぬが、今は眠れい」

「……うん。レヴィール、ありがとう」

「フン、ワシとは一蓮托生いちれんたくしょうじゃぞ? ほれ、寝ませい」


 そっと髪を撫でてくれる、レヴィールの微笑ほほえみが柔らかい。

 それを見上げて、すっと操は眠りに落ちていった。その中で、ふとした弾みに考えが浮かぶ。それは、いつもの癖で言うなら……まるで視聴者にはバレバレな大根役者だいこんやくしゃ猿芝居さるしばいが、何故か作品内では全員をだましてしまうという、そういう妙案みょうあんだった。

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