第10話「その力、紅蓮烈火」

 湧き上がる力のままに、勲操イサオシミサオは地を蹴る。

 トンとヒールの高い靴で叩いた瞬間、荘厳そうごんな大理石の床は飛び去った。周囲の景色が一瞬で様変わりする。

 星空のまたたく夜空の中に、レヴィールと合一してレヴィールそのものになった操は浮いていた。見下ろせば小さく、自分が突き抜けてきた穴が王宮に空いていた。


「こ、これは……僕は今、どうなってるんだ?」


 自身の身体は、豊かな起伏でかたどられた少女になっていた。

 たわわな胸の膨らみや、くびれて引き締まった腰……優美な薄布で覆われた、露出の激しいドレス姿。間違いない、それは自分が普段から見ていたレヴィール・ファルトゥリムそのものだった。

 そして、彼女の声は内側から脳裏に響く。


『これが重魂エンゲージャー融合ユニゾンした魔法処女ウォーメイデンの力じゃ。力がみなぎるであろ?』

「あろ、って……それよりなんです? この格好。これじゃまるで、90年代のパソコンゲームに出てくる悪役の女幹部ですよ!」

『言ってる意味がわからん、が……格好よかろうが。これぞワシがまとう最強の戦衣せんい! 祖銀しろがねの魔女を体現する恐怖の代名詞ぞ!』

「……痴女」

『ああ? 今、なんと? 操、なんと言うたか!』


 星空の下を飛ぶ操は、露出も激しい衣装を夜風に棚引かせていた。

 スカートの短いドレスで、肩もあらわな露出度はかなりのものだ。そして、胸の谷間から下ヘソを通じて下腹部ギリギリまで、真っ直ぐに肌がさらけ出されている。

 必要最低限しかない布地の面積が、かえって裸よりもいやらしい。

 そして、蠱惑的こわくてき扇情度せんじょうどはいやらしいのに、どこか神々しくて眩しいのだ。

 操が呆気あっけにとられていると、不意に背後で声がした。

 そして、風を纏って羽撃はばく巨大な竜が近付いてくる。


「操さん! レヴィール様もっ!」

「この声……ひょっとして、ミレーニャさん?」


 騒がしくなりだした王宮からは、無数の光がサーチライトのように上がる。

 その中に今、大きな翼を広げた赤い竜が飛んでいた。燃えるような緑色の双眸に、長く広く伸びた牡鹿おじかのような角。全身を鱗と甲殻に覆った竜は、嬉しそうな声を弾ませている。

 間違いない、その声はミレーニャだった。


「操さん! ありがとう……レヴィール様を救い出してくれて。レヴィール様も、おめでとうございます」

「あ、えっと……フン、おめでとうではないわ、とか言ってますけど。僕の中で」

「レヴィール様は不器用な方ですから。でも、本当によかった」


 操は巨大な竜の顔を抱き締める。

 竜そのものとなったミレーニャは、なついた猫のように瞳を閉じて喉を鳴らした。

 だが、再会を喜ぶ三人の時間は、唐突に終わりを告げる。


『喜ぶのはあとでじゃ、ミレーニャ。操も。……追手が来よるわ』


 一人と一匹が振り向くと、そこには少女の人影が浮いていた。

 その数、三人。

 皆、一様に緊張した顔を強張らせている。

 背に翼を生やした鳥のような少女に、長い長い杖をたずさえた少女、そして両腕だけが巨大な獣と化した少女。操はすぐにわかった……彼女たちもまた、魔法処女だ。

 怯えを隠して気丈にこちらをにらむ三人は、震える声を絞り出した。


「しっ、祖銀の魔女レヴィール! シリアルオーナイン!」

「いっ、いい、今すぐ王宮に戻ってください! そ、そうすれば」

「あ、あの、レヴィール様……どうか怒りを収めてください。そうでなければ、私たちが」


 操は彼女たちに決死の覚悟を見て取る。

 すくんでいても、三人に退くという選択肢はないのだ。

 恐らく彼女たちは、ミレーニャがそうだったように近衛このえの魔法処女だろう。ミレーニャが暴れ始めたばかりか、レヴィールが脱走したので急遽きゅうきょ飛び出してきたのだ。

 操は彼女たちの気持ちを察した。

 恐ろしいだろうし、できれば逃げ出したいだろう。

 何故なら、今の操は最強の魔法処女と融合しているのだから。重魂と融合して、レヴィールは正真正銘の最強の力を振るえるのだから。

 その証拠に、レヴィールが脳裏に囁くままに操は言葉を紡ぐ。


「あのっ! 行かせてください。追わなければなにもしないって、レヴィールさんも言ってます。えっと……ワシには絶対に勝てん、って。無駄な血は流さぬとも」


 だが、返答は悲壮感を帯びて叫ばれる。

 三人の中央、長い杖を持った少女が前に出た。


「私たちに退く通りはありません! ……そんな選択肢、ないです」

「でも」

「レヴィール様をお止めできなければ、どんな仕打ちが待っているか。例え敗れて力を失おうとも、万に一つも勝ち目がなくとも……私たちには、戦うしか道はありません!」


 次の瞬間、三人は操へと襲い掛かってくる。

 咄嗟とっさに動こうとしたミレーニャを手で制して、操は自分を前へと押し出した。

 まるで最初からそうであるように、自在に空を飛ぶ。飛翔する自分が当然のように、レヴィールの宿った全身が燃えていた。

 無防備に両手を広げる操へと、三人の攻撃が集中する。


「私が補佐します! 古の神の加護を……我ら三人に!」

「っしゃあ、ミンの祈りの力だ! こいつでオレの拳はっ、無敵だぜっ!」

「背後に回り込むっ! あたしのスピードなら……やれるっ!」


 だが、三人の攻撃が光に阻まれた。

 操は今、波紋を広げて輝く銀色の光に守られていた。

 それは叩きつけられた巨大な拳をあっさりと阻み、背後から放たれた無数の羽根の弾丸を叩き落とす。

 そして、脳裏でレヴィールが鼻を鳴らした。

 今の操は、レヴィールと融合した最強の魔法処女……その戦衣は、纏う者の魔力が顕現けんげんした見えない鎧で固められているのだ。数百もの結界を張り巡らせ、それを無意識に操ることができる。故に今、操は魔法は勿論、物理的な攻撃に対しても無敵である。


「あ、えと、その……すみません、やめませんか? あと、レヴィールさんが皆さんの名前を知りたいそうです」


 操が辛うじて声を振り絞ると、三人は警戒しつつ小さく下る。


「私はミン、シリアルNo.は100384511です」

「ファンだ……シリアルNo.100384101!」

「ヨ、ヨンです。えと、シリアルNo.は……100383947」


 操の記憶では、確かミレーニャと近い年代の魔法処女だ。そのことは、ロット数がどうとか言ってる頭の中のレヴィールも裏付けてくれる。

 彼女たちは恐らく、封印凍結ふういんとうけつされる程でもない常駐の魔法処女だ。

 そして、レヴィールの力を操る操には、その程度もよくわかった。

 きっと、勝ててしまう。

 戦えば、鎧袖一触がいしゅういっしょくで勝負にすらならないだろう。

 そのことを目の前の三人は、自分たちでもはっきりとわかっていた。しかし、彼女たちには退くという選択肢がない……国家の財産として管理され、兵器として使役される魔法処女だから。魔法処女を倒すためだけに生まれた、究極にして絶対の戦闘マシーンだから。

 それが操には、痛いほどにわかった。

 そして、脳裏で切なげにささやくレヴィールの言葉に頷く。


「ミンさん、ファンさん、そしてヨンさん。僕は貴女たちとは戦えない。それでも……レヴィールさんを冷たい眠りに引きずり込むというなら! 僕はっ!」


 たける操の気迫を体現するように、銀の長髪が逆巻き天をく。

 夜空を煌々こうこうと照らして、操の全身から炎が吹き荒れる。

 それは全て、レヴィールの力の何万分の一だ。僅かに漏れ出る、余剰魔力……膨大過ぎる力が、操という最弱の器からあふれ出てしまうのだ。

 戦衣がゆらゆらと揺れる中、炎そのものと化して操は目元鋭く少女たちを睨む。

 気圧されながらも、最初に飛び出してきたのはファンだ。彼女の両腕は、筋骨隆々とした獣のものへと変化している。握って振りかぶられる拳は、まるでハンマーだ。


「下がってな、ミン! ヨン! オレがっ、すきを作る! だからっ――」


 だが、操は静かに手を伸べる。

 開かれた手の平から炎がほとばしり、あっという間にファンを包んで燃え盛った。

 耳をつんざく悲鳴すらもいて焦がすように、ごう! とぜて炎が集束する。

 戦衣を全て焼かれたファンの身から、巨大な豪腕の巨猿おおざるが浮かび上がった。その姿はあっという間に、闇夜の中へと消えてしまう。あれが恐らく、ファンの重魂……そして、負けた重魂の末路だ。今はそのことをレヴィールに聞くより、操にはやることがあった。

 力なく落ち始めたファンを、すかさず飛んで抱き上げる。

 その瞬間には、翼に風を生みながらヨンが飛びかかってきた。


「ミン! 他のみんなに知らせて! あたしが足止めを!」

「待ってください、僕は……話を聞いてくださいっ!」


 すかさず目を見開く操の中で、瞳を輝かせるレヴィールの気配。

 二人の重なる視線を交えて放たれた眼力が、あっという間にヨンの羽根を灼いた。羽根だけを燃やすつもりで最小限、最も小さく火力を絞ったが……燃え盛る業火があっという間に彼女の戦衣に燃え広がる。

 直ぐに操は、ヨンをも拾って両手に少女を抱える。

 ヨンから浮き出た巨大な猛禽もうきんも、あっという間に溶けて消えた。

 残るミンは、杖を両手で握って震えながら瞳に涙を溢れさせる。

 そんな彼女に近付くと、操はファンとヨンをそっと受け渡した。


「あ、あの……レヴィール、様?」

「僕、魔法処女のおきては知ってます。。魔法処女の力を奪われる。……そんなことはでもっ、僕には関係ない! それは許せない!」

「で、でも……貴方は、元の世界へは」

「帰る、必ず帰る! でもっ、それを理由に女性の純潔を奪うことはできない。それは許されない……僕の童貞は、誰かを悲しませるために捧げられるものじゃない! 僕の童貞は、僕自身のもので、僕の愛する人のものだ!」


 だが、騒がしくなる地上からは既に、多くの気配が感じられた。

 そして、背後にミレーニャが近付いてくる。

 周囲を警戒するように唸る竜は、いつもの優しい声で耳元に囁いた。


「操さん、レヴィール様も……行ってください。あとはわたしが」

「ミレーニャさん? 一緒に逃げなきゃ」

「それでは追いつかれます。そうすれば、操さんはまた魔法処女と戦うことになる。わたし、わかります……処女を奪うどころか、戦うことだって操さんは嫌な筈」

「そ、それは」

「操さんには、笑顔でいて欲しいから。レヴィール様と笑っててほしいから。だから、ここはわたしが食い止めます! 行ってください!」


 ミレーニャと話す操をよそに、二人の仲間を抱き寄せミンが下がってゆく。

 同時に、地上からは無数の魔法処女が飛んでこようとしていた。

 頭の中でレヴィールが叫んでいる。

 絶対にミレーニャも連れていくと、泣いている。

 初めて聞く声は、涙にかすれていた。泣き顔が見えなくても、レヴィールは操の中で泣いていた。だが、彼女は同じ魔法処女として、ミレーニャの覚悟も知っていた。


『愚かな娘じゃ……ワシなんぞのために』

「レヴィールさん、駄目だよ。そんなこと言っちゃ」

『愚かであろう! まだ若いミレーニャが、近衛に取り立てられれば暮らしに困らん。大きな戦いがなければ、天寿も全うできよう。それを』

「だからです、レヴィールさん! ミレーニャさんが守りたい、ミレーニャさんの大好きな人を……なんて言っちゃ駄目です。貴女は、僕とミレーニャさんが守りたい、それだけの価値がある女の子なんです!」


 それだけ言うと、操はそっと竜の頬に唇を寄せた。

 冷たく光る鱗にキスして、そして全力でその場を飛び去る。

 背後ですさぶ竜の叫びが、どこまで飛んでも聴こえてて耳に残った。

 あっという間に帝都の明かりは飛び去り、星しか明かりのない新月を操は飛ぶ。自分の中で泣きじゃくるレヴィールは、ずっと膝を抱えて丸くなっていた。

 涙に濡れる彼女が、自分の中に操ははっきりと見えるのだった。

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