第4話「愛の祈りが呪いへ堕ちる」
その国の名は、アルシェレイド帝国。
この異世界アスティリアに覇をなす、軍事強国である。そして、世界で最も強力な
世界そのものがアルシェレイド帝国になる日は、目前に迫っているらしい。
そんな中で
左右には、魔法処女の
だが、操は落ち着かない。
「制服が……レヴィールさんとミレーニャさんが着てたから、なんだか……甘い匂いがする」
襟元をつまんで鼻に寄せれば、ふんわりと柔らかな香りが鼻孔をくすぐった。
そのことも気になるが、ちらりと両隣を見て操は無言で気遣う。
レヴィールは退屈そうに長い長い銀髪をいじくりまわしていた。
逆に、ミレーニャは緊張にガチガチで震えている。
ラッパの音色が響き渡ったのは、そんな時だった。
「第251代女皇帝、キルシュレイラ陛下のおなりである! 控えよ! 控えよーっ!」
レヴィールとミレーニャは、それぞれ片膝を突いて
慌てて操も、同じ格好で床へと視線を落とす。
頭の頂点で感じる気配は、目の前の玉座に座った。そして、不遜な声が浴びせられる。それは、まだ年端もゆかぬ同世代の声だった。
「
恐る恐る操が顔をあげると、そこには美しい少女が脚を組んでいた。
ふんぞりかえって玉座にしどけなく座った少女、彼女がこの帝国の主なのだろう。先程の近衛兵は、キルシュレイラと呼んでいた。
だが、そんな彼女の腹部は大きく膨らみ、臨月を思わせる。
妊娠しているのだ。
そのことに操が呆気にとられていると、キルシュレイラは
はなから操もミレーニャも興味がないようで、彼女はレヴィールだけを見ていた。
「フン、久方ぶりの
「お久しゅうございます、キルシュレイラ殿下……いえ、陛下。……なんじゃ、こそばゆいのう! 元気そうではないか、キルシュレイラ。ワシが魔法をアレコレ教えてやった日のこと、覚えておるかや?」
「まあ、それなりには」
「十年前と言えば、アルビオーレ戦役じゃなあ。懐かしいのう」
「そうです、貴女が
「うんうん……で? その腹は世継ぎかや?」
「ええ」
妊娠した少女皇帝と、六百年生きる魔女。
二人は、以前にも会ったことがあるらしい。
だが、不自然なまでににこにこと笑うレヴィールに対して、キルシュレイラの表情は硬い。言葉の節々にも、威厳を保ちつつレヴィールとの間に一線をおいている気持ちがありありと見て取れた。無理もない……相手は一国の指導者なのだ。
それは操にもわかるが、レヴィールは
しかし、穏やかな空気は次の一言で霧散した。
キルシュレイラは咳払いを一つして、事務的に話を進め出した。
「まず、そちらの者……確か、トンターク王国の魔法処女じゃな? 名乗れ」
鋭い視線の矢を射るキルシュレイラは、恐縮に縮こまるミレーニャを射抜いて貫いた。
ミレーニャは震えながら、か細い声を絞り出す。
「トンターク王国の魔法処女、ミレーニャです。シリアルNo.は100384221、です……」
「家名は? 一族の名は」
「ありません……あったとは思うのですが、魔法処女に造り替えられた時点でなくしました」
「左様か。そうじゃな、愚問であった。許せ」
「そ、そんな! もったいなきお言葉で」
「トンターク王国はお主の敗北を確認した後、降伏した。王家は一族郎党全て処刑、領土と民は
酷く一方的で、残忍で野蛮な宣言だった。
操は絶句したが、ミレーニャは自分に言い聞かせるように「ありがたきお言葉」とだけ述べて、押し黙った。なんだか納得がいかない。
そしてつい、そのことが口から漏れ出てしまった。
「なんて言い草だ……まるで、よくあるファンタジー
無礼な言葉だというのはわかっていた。
その証拠に、周囲の近衛兵がざわめき立つ。
キルシュレイラは玉座の肘掛けに身をもたげたまま、片眉をピクリと跳ね上げた。
「そちは……レヴィールが召喚した
「それは――」
「まずは名乗れ。無礼であろう」
「僕は、勲操です。えっと、訳あってレヴィールさんに召喚されました。でも、僕は童貞を守る誓いを立ててます! 未来を分かち合う伴侶に出会うまで、貞操を守りたいんです」
「左様か。……レヴィール、少しよいか?」
つい、と視線を滑らせキルシュレイラはレヴィールを見た。
この厳粛なムードの中でも、我関せずとばかりにレヴィールはゆうゆうと立っている。なにものも恐れぬ美貌は女皇帝の視線を受けても、全く動じた様子がない。
「なんじゃ? ワシは封印凍結を解除され覚醒し、言われるままに敵の魔法処女を打ち破った。……まあ、重魂として召喚した少年は、これは誤算であったがの」
「誤算……ええ、誤算でしょう。やはり、将軍たちの噂は本当でしたか。レヴィール……貴女は
空気が凍った。
レヴィールは悪びれた様子もなく、堂々と胸を張っている。
薄布で構成されて優美な魔法処女の戦衣は、透き通る紅色だ。それが、白過ぎるレヴィールの柔肌をほんのりと飾っている。
祖銀の魔女は揺るがず
「いかにも、ワシは敗北を得るために少年を、操を召喚した。望んだのじゃ……ワシのような最強の魔法処女でも負けることができる、最弱の重魂の召喚を」
「愚かな。シリアル・オーナイン、始まりの魔法処女……レヴィール。栄えある帝国の最強戦力である貴女が、何故に敗北を望むのです?」
「知れたこと、この六百年でとうに飽きたわ! 自らは死すら望めず、初恋は忘れ、誰とも心を通わせられぬ!
操は戸惑った。
最弱の重魂? 自分が? ……レヴィールがわざとミレーニャに負けようとした? 全く話が読めず、それは隣のミレーニャも同じようだ。
だが、キルシュレイラは溜息を零すと、そっと右手をかざす。
人払いの意を汲んで、全ての近衛兵が席を外した。
そして、ようやくキルシュレイラは女皇帝の仮面を外す。彼女は己の膨らんだ腹を撫でながら、悲しげに表情を曇らせた。
「レヴィール……我が師、レヴィール。この子の父親が誰か、知っていますか?」
「知らぬ。ずっと眠らされていたのじゃ。ワシには、先生と呼んで懐く小さなキルシュレイラしか知らん。自分も立派な魔法処女になるんだ、帝国のために戦うんだと言っていおった……そういう小さな女の子だったのう」
「昔の話です。兄皇子たちを蹴落とし玉座について、帝国の更なる繁栄のために子を宿しました。実は、私にも父親が誰なのかわからないのです。ですが、この子は次代の皇帝として、帝国を治めるでしょう。そのことが私には、なによりの幸せなのです」
キルシュレイラは、言葉を続ける。
ようやく操には、その姿が年相応の少女に見えた。僅かに優しげな視線を、彼女はレヴィールに注いでいる。レヴィールもまた、バツが悪そうに目を背けた。
「レヴィール・ファルトゥリム。六百年前、帝国の祖たる
「やめい! それ以上さえずるでない……ワシとて忍耐には限界がある!」
「貴女は始原帝と愛を育み子をなすより、当時小さな弱小国であった帝国を守る刃となることを選んだのです。そのことを今、歴代皇帝と臣民に代わって、私は感謝していますよ」
「……あの男がワシに願った、望んだのじゃ。正室と無数の側室、寵姫に囲まれながらも、あの男はワシを愛してくれた。ワシは、報いる方法を力しか持たなんだ」
「私が小さい頃、貴女は……先生は教えてくれましたね。気高き始原帝の鉄の意志、鋼の情愛を……なにものにも負けぬ、気高きその生き様を。そして、それを引き継ぐ全ての皇帝を、その血筋を守ると言ってくれました」
操はその時、初めて察した。
魔法処女……祖銀の魔女、レヴィールと。
始まりの魔法処女、シリアル・オーナインの伝説の幕開けだ。
そのことを懐かしむように、レヴィールが遠い視線で外を見る。
そんな彼女の横顔を見て、キルシュレイラは大きな溜息を零して、言い放った。
「そちらの重魂、操に関しては……元の世界に帰還の意志がなければ、最大限の便宜を図りましょう。ミレーニャに関しても、一般的な魔法処女として遇し、我が帝国の戦力となってもらいます。そして……レヴィール。先生、ごめんなさい……先生は、再び眠りについてもらいます。その力は、一人で数か国の全戦力に匹敵するのです。明日の深夜十二時、帝国の未来のために……再び封印凍結処置を行います」
レヴィールはなにも言わなかった。
キルシュレイラは、深夜十二時までレヴィールにあらゆる自由を許すと言い残して、玉座を立つ。その背が去ったあとも、レヴィールは黙って外の景色を見ていた。
そこには……昔から変わらぬのではと思える帝都の町並みと、豊かな自然が広がっていた。
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