第3話「祖銀の魔女と呼ばれた少女」

 相変わらず天気が悪い中、勲操イサオシミサオは飛んでいた。

 そう、頭上に暗い雲を仰ぎながら、空を飛んでいたのだ。

 もちろん、自分の少し前をレヴィールが飛んでいる。彼女の膨大な魔力は、通常時でも自分のみならず、操までも空へと軽々持ち上げてしまう。

 しかし、操は気が気ではない。

 初めての浮遊感が不安なのではない。

 目の前を飛ぶ、ワイシャツ一枚の肢体を直視できないのだ。


「ちょっと……あの、レヴィールさん!」

「ん? なんじゃ」

「その、み、みっ、見えてます! 丸見えです!」

「眼福じゃろ?」

「なんですか、その無駄な余裕! いかにも年下の若いツバメをコロコロと転がしてそうな遊び人風OLみたいな言い方!」

「……訳がわからんが、なんかイラッとしたぞ?」

「とにかく、隠してください」

「ふん、ワシの肉体は完璧じゃ! 恥じ入るなにものも存在せぬ!」


 ア、ハイ……黙るしかない操だった。

 実際、均整の取れたレヴィールの肉体は完璧な美しさだ。豊満さを十二分に満たしながらも、引き締まってしなやかで細い。

 まさに、神々が宝石から削り出した美の結晶。

 見る者全てを魅了する、魅惑の魔性を体現化した姿だった。

 なるべく見ないようにしていると、隣にミレーニャが飛んでくる。


「あ、あの、ええと……操さん」

「えっと、ミレーニャさん。どうしました?」

「その……服、ありがとうございます。それと……ごめんなさい」

「えっ!? いや、ミレーニャさんは悪くないでしょう。むしろ、危ないとこだったんですよね? もし、僕以外の誰かをレヴィールさんが召喚してたら」

「はい……でも、だから、嬉しくて。魔力がまだあることも、まだ乙女でいられることも」


 褐色の少女ミレーニャは、長い長い翡翠色ジェイドグリーンの三つ編みを棚引かせている。

 はかなげに笑う彼女もまた美少女だが、レヴィールのそれとは大違いだ。どちらかというと、クラスにいてくれたら嬉しいタイプの家庭的な愛らしさを感じる。きっと優しい性根の娘であることが、操には感じられた。

 同時に、否応なしにレヴィールの別格ぶりが際立つ。

 そして、ミレーニャの言葉がそれを裏付けた。


「やはり、レヴィール様は凄いですね。魔法処女ウォーメイデン単独でも、自分はもちろん、操さんまで飛ばしてしまう」

「えっと……魔法処女って、ほら、んと……そう、重魂エンゲージャー。それを召喚して一つにならないといけないんですよね?」

「はい。普段は使える魔力が限られてるんです。真の力を振るうには、重魂と一つにならなければいけません。わたしがいつも、竜を召喚するように」

「結構面倒なんだね」

「そういう風にできてるんです。魔法処女は各国で管理される絶対戦力、最強の兵器……故にシリアルNo.ナンバーと多くの制約で縛られてるんです」

「……そう、なんだ」


 この世界、アスティリアの戦争はほぼ全て、魔法処女同士の戦いで決まる。強い魔法処女を所有する国こそが、世界に覇権を唱える支配者となるのだ。故に魔法処女は国単位で管理され、時には凍結封印されて眠りにつく。戦争のたびに起こされ戦い、終わればまた眠らされるのだ。

 そして、ミレーニャは尊敬の眼差しで先を飛ぶレヴィールを見詰める。


かなわないことはわかってました。でも……流石はシリアル・オーナイン、祖銀しろがねの魔女です。勝負にすらなりませんでした。あの、失礼ですけど……

「え? それって」

「あ、いえ! すみません! それより……さっきから気付きませんか? 息、苦しくありませんよね? レヴィールさんが魔力のフィールドで、自分と操さんを覆ってるんです。単独でこれだけの魔力が使えるのは、やはり別格の強さです」


 そういえばと、操は口に手を当てる。

 今、どこかへ向かって三人は高速で飛んでいる。

 その風圧も感じないし、まるで穏やかな旅だ。

 見えない壁に守られていると知って、ようやく操も理解し始める。レヴィールが自他共に認める、最強の魔法処女だということが。

 自分の話が耳に入ったのか、レヴィウールはスピードを緩めて横に並んだ。


「そういう訳じゃ。どうじゃ? ワシの偉大さがわかったかや?」

「ええ、まあ」

「そうじゃろ、そうじゃろ!」


 上機嫌でレヴィールは、長い銀髪を棚引かせて宙を舞う。

 その無邪気な笑顔は、高飛車で高慢ちきな言動を忘れさせるほどに輝いていた。だが、ミレーニャはその姿に見惚みとれながらも、恐ろしいことを教えてくれる。


「レヴィール様はシリアル・オーナイン……その名の通り、シリアルNo.000000000。始まりの魔法処女なんです。世界で初めて造られ、最も魔法処女を倒した伝説の存在……祖銀の魔女」

「え……じゃあ」

「何度も封印凍結と覚醒を繰り返され、六百年は生きてる筈です」

「六百年!?」

「その間に、レヴィール様お一人だけの戦いで、二千万人もの魔法処女が散ってゆきました。それで、魔法処女の製造に関する各国間の協定……ワルプルギス条約が生まれたんです」

「ちょ、ちょっと待って、魔法処女って」


 ミレーニャが寂しげに笑った。

 その笑顔は、憂いを帯びて翳る中で、操に強烈な言葉を刻みつける。


「わたしたち魔法処女は、生まれながらに魔力素養の高い乙女です。魔力を持つ純潔の少女の中でも、一際強い個体……そうした女性は全て、所属する国家に徴用され、魔法処女へと造り替えられるんです」

「そんな……なんのために!」

「戦争で勝つため、相手の魔法処女を数と質で圧倒するため……」


 ミレーニャはそれ以上、多くを語らなかった。

 魔法処女として造り替えられる……そのことを想像しただけで、操は胸が痛む。

 操がなにか言いかけた時、不意に視界が開けた。

 一面の森を背後へ流していた地表が、小高い丘を経て切り替わる。

 そこには、巨大な都市が広がっていた。

 そして、ふわりとレヴィールが停止する。


「ミレーニャ、と言ったか? お主のことは悪いようにはせん。元より魔法処女は貴重な戦力でもあるしな? ワシが言えば手酷い扱いはされん。……この国は魔法処女に扱いに関しては、どこよりもクレバーじゃ」

「レヴィール様の故国……アルシェレイド帝国、ですね」

「うむ。ワシが六百年以上守ってきた、思い出の眠る国じゃ」


 広がる市街地の中央には、巨大な宮殿が威容を広げている。

 その中へと、レヴィールは操とミレーニャを連れて舞い降りようとしていた。

 心なしか、その目元が優しげに緩められている。

 彼女にとって故郷であり、守って戦うべき母国なのだろう。

 操はこうして、異世界で最初に接触する国家、アルシェレイド帝国へと降り立つのだった。そして知る……レヴィールの真意と、このアスティリアの過酷な現実を。

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