第20話「打ち破れ!六花水閃のノーヴェ」

 ノーヴェの魔力を乗せた打撃が、ミサオを貫いた。

 吹き飛び風となる中で、頭の中にナナの悲鳴が木霊こだまする。

 そして……蹴られた腹部を手で抑える操は、痛撃をもたらした者の声を背後に聴いた。


「……話になりませんね。弱い……重魂エンゲージャーとしてあまりにも! 弱過ぎます!」


 流星のように飛ぶ操を蹴り飛ばしたノーヴェは、その先にすでにいた。

 恐るべき速度、そして圧倒的な余裕。

 再び操は背から爪の一撃を受ける。

 真っ赤な血が空を舞った。


「グッ! ご、ごめんナナ! 大丈夫?」

『痛いよぉー! んぎぎ……パパ、平気? ナナはね、もーやだぁ! 逃げたいー!』

「う、うん」

『でも、頑張る! ママのためにも、パパのためにも!』


 何とか空中で体勢を立て直す。

 同時に、水晶の剣を構えて周囲へと警戒心を広げた。

 ノーヴェを見失った……そして、圧倒的に優位な彼女に油断は感じられない。

 そして、離れて見守るレヴィールの声が走る。


「操、上じゃ!」


 瞬間的にかざした剣が、粉々に砕ける。

 氷狼フェンリルの化身と化したノーヴェの手には、凍てつく氷の剣が握られていた。

 咄嗟とっさに下がりつつ、再びナナの力を借りて剣を顕現けんげんさせる。

 だが、防戦一方のままで操は乱撃を受け続けた。

 ノーヴェは無表情で、淡々と重い一撃を繰り出し続ける。


「この程度ですか? 貴方が目の前で死に、ナナが陵辱りょうじょくされれば……母さんも本気になるでしょう。改めて重魂を召喚し、魔法処女ウォーメイデンとして私と雌雄しゆうを決する」

「くっ、それはダメだ! レヴィールは絶対に守る……ナナも、ノーヴェ! 君も!」

「私を守る? 笑止しょうし!」


 再び水晶の剣が砕けて割れた。

 同時に、鋭い氷の刃が操を擦過さっかする。

 深く切り裂かれたほおから、真っ赤な血が再び空を染めた。

 だが、今の操に恐れはない。

 恐怖をねじ伏せて、震える己を奮い立たせる。

 後ろに今、レヴィールがいてくれる。

 目をそららさず、自分とナナの戦いを見守ってくれている。

 ノーヴェはまさしく、操がレヴィールと共に破壊したいもの……魔法処女の摂理せつりそのものだ。ノーヴェに勝てない程度では、世界中の魔法処女を残酷なことわりから救うことなどできない。

 そして、それができる力がレヴィールには勿論もちろん、ナナにもあるはずだ。


「ナナッ! 君の属性は、土! だったら、もしかして……ッ!」


 半ばすがるように、ノーヴェへと操は組み付いた。

 そのまま高速で落下し、さらに魔力を込めて大地へとぶ。

 突然のことで、流石さすがのノーヴェも驚きに目を見開いた。

 お互いに魔力の結界を幾重いくえにも巡らせる中……今の操は、己ごと大地へノーヴェを叩きつけようとしているのだ。


「クッ、自分ごと!?」

「僕はもっとナナを知り、かして戦う必要がある!」

「ナナはシングル・ナンバーズの中でも、一番魔力の低い魔法処女! なかば欠陥品であるナナに、私が――」

「女の子は物じゃない! 欠陥があっても、それはあ! チャームポイントなんだあああああっ!」


 ――墜落フォールダウン

 大地はひび割れ土砂が舞い上がる。

 その中で操は、痛みに耐えた。

 自分以上に歯を食い縛るナナが、胸の奥に感じられたから。

 全力全開で自分ごと叩きつけねば、ノーヴェの機動力を殺せない。

 そして……操の思った通り、ノーヴェはそれを嫌った。

 高い知性を感じさせる言動に、冷静沈着で常に合理を好む……それが操の感じたノーヴェの人物像だ。そういうタイプの少女は、得てして予期せぬアクシデントを嫌悪する。


「つまりっ! クールに決めてても、デレると弱いタイプのクラス委員長とかしやってるっ! みたいなもの!」


 崩落する地表の中、操の拘束こうそくを振り切りノーヴェは逃げた。

 そう、

 自分ごと大地へ激突という、ありえない戦術を恐れたのだ。

 そして、再び空へと飛翔するノーヴェの、そのけものそのものの脚を操はつかんだ。

 実際には、接地したナナの力を借りて……意思を込めた魔力が捕まえた。


「何っ!? こ、これは!」

『ハァ、ハァ……掴まえたよっ、パパ! ナナ、頑張った!』

「ナイスだよ、ナナ! さあ……もう離さない!」


 土の象素しょうそを己の属性とするナナの、そのもう一つの力。

 陽理ようりである大地の恵みが、陰理いんりを育む。

 地面から一本の花が芽吹いて伸び、そのつたがノーヴェの脚に絡みついていた。やはり操が思った通り、ナナの力は大地の恩恵があってこそ真価を発揮する。

 だが、動揺もあらわなノーヴェは……氷河のように冷たい笑みを浮かべた。


「……いいでしょう。この蔦は切るのに難儀しそうです。ナナの魔力でもこれくらいは」

「動きは封じたっ! ノーヴェさん、僕の話を聞いてくださいっ!」

「話、とは? ……難儀するとは言いました、が……無理とは言っていませんよ」


 瞬間、操の周囲を覆う不可視の結界が切り裂かれた。

 何が起こったのか、まったくわからなかった。

 そして、肩口がざっくりと切られている。

 ノーヴェは自分を縛る蔦をバラバラに千切ちぎり捨て、再びそっと手を伸べた。


『パパ、水! 水だよっ!』

「水!? そ、そうか、高い水圧を込めて発射された水は……ダイヤモンドさえ切断する!」


 ノーヴェは水と氷の魔法処女……その強力な水撃は、もはや鋭い光線のようなものだ。目で追えぬスピードで、次々と操の肌が切り裂かれる。

 だが、その攻撃がレヴィールの言葉を思い出させてくれた。

 操の力は、これは小さな蛇口じゃぐちだ。

 レヴィールやナナといった大容量の豊富な水源という、魔力のかたまりを活かしきれない。しかし、小さな蛇口でも水圧を高めることならできる。

 一点突破の瞬間最大攻撃力だけならば、操は重魂として巨大な力を振るえるのだ。


「ナナッ! さっきの蔦を! ノーヴェを飛ばせては行けない!」

『りょーかいだよっ! 花さんも草さんも、力を貸して……ナナ、本気出すからっ!』


 水圧の切っ先が荒れ狂う中へと、大地から無数の植物が殺到する。

 その中を飛びながら、ミサオは逃げるノーヴェの頭上を抑えた。

 既に負傷で意識は遠のく中、レヴィールの声だけがハッキリと聴こえる。


「今ぞ、操っ! ナナ、操に全てを委ねるのじゃ……神代禁術エンシェントドーンを使えぃ!」


 そして、頭の中を莫大な情報量が支配する。

 太古の神々が残したプログラムへとアクセスする、高レベルの魔法処女にしか使えない禁じられた古代魔法……それが神代禁術。意識を共有するナナが、瞬時に最適な術を選択した。

 操は最後の力を振り絞って、両手を広げる。

 それは、ノーヴェが身構え叫ぶのと同時だった。


「お前のようなレベルの重魂が、神代禁術など!」

「なら、試してみろっ! 僕は本気だ……!」

「貴様っ! この私を愚弄ぐろうするのですか! ……いいでしょう!」


 無数の花が散る中で、徐々に気圧が変動して気温が下がってゆく。

 ノーヴェの魔力が高まるのを感じながら、操は精神を集中して呪文を詠唱する。レヴィールは手を引き導くような気遣きづかいがあったが、ナナの補助はまるで背をグイグイ押されているようだ。

 そして、それは未熟で貧弱な操にはこの上なくありがたい。


「いくよ、ナナッ! ――グラン・ドゥ・ソル! 我が魂と心よ!」


 グラン・ドゥ・ソル、法と魔との力と変わりて集え。

 グラン・ドゥ・ソル、神秘を知り得ぬ旅路の果てに、今――

 世の全てへと未知なる空間、次元の牢獄を巡らし囚えよ!


「フッ、その呪文は……失態ですね! そんな長い詠唱など、となえきれる訳が! 私の方が速いっ! 」


 ノーヴェの顔に勝ち誇ったかのような笑みが浮かぶ。

 神代禁術はその性質上、高位の存在である神々の遺産にアクセスするため、膨大な量の呪文詠唱が必要になる。そして、強力な神代禁術ほどその詠唱は長くなるのだ。

 操はナナを信じて、信じてくれるレヴィールのためにうたった。

 だが、あとから詠唱を始めたノーヴェの唱圧しょうあつが高まってゆく。


「終わりです、ナナ! ――キン・ル、キン・ル! キン・ドルゥ!」


 漂白されし凍土の果より、其は来たりて影を落とす……我を呼ぶ!

 閉ざされ塞いだ無力な我へと、白き闇を今、教えて伝えん!

 交わり集いて死と死が募れば、通う血と血と、命が凍らん……!


「操っ、ナナ! 何故なぜその術を……そんな長い詠唱など間に合わぬっ! ……そうか! ワシにはわかった、分の悪い賭けをしよる!」


 レヴィールの絶叫が聴こえた。

 そして、それを操は知っていた。

 ノーヴェは以前倒したセイスよりも、さらに強いだろう。そして、迷わず最強の神代禁術をぶつけると判断したナナを信頼していた。

 ノーヴェの声が朗々ろうろうと響く中、集中力を高めて操も声を振り絞る。

 のどが奥から裂けてしまいそうな痛みの中、禁じられた力へ見えない手を伸ばした。

 そして、先に術式を構築して組み上げたのは……ノーヴェだった。


「絶対零度の凍結地獄に墜ちろ! ――キン・ル・ディスカヤー!」


 操の視界が真っ白に染まってゆく。

 ノーヴェの神代禁術が、目にする全てを凍らせていった。ナナが伸ばし続けていた植物も、大地ごと死んでゆく。形はそのまま、まるで時間が停止したかのように凍りついてゆく。

 全ての生命を停止させる究極の冷気が、周囲を銀世界へと飲み込んでいった。

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