第13話「放たれた刺客」

 穏やかな朝への闖入者ちんにゅうしゃ

 アルシェレイド帝国の紋章を背負った少女達は、恐らく魔法処女ウォーメイデンだ。その証拠に、レヴィールは身を強張こわばらせたまま唇を噛み締めている。

 人数は全員で、五人。

 皆、同じマントに軽装の鎧を身に着けている。

 肩当ての色が一人だけ違うのは、彼女が隊長格なのだろう。

 彼女が女将おかみに話しかけようとした、その時だった。

 魔法処女の一人が、レヴィールを見るなり「あっ!」と声をあげた。彼女はそのまま、隊長と思しき少女に耳打ちする。そして、全員の視線がミサオの隣に集まった。

 万事休すか……操がレヴィールをかばうように、半歩踏み出したその時だった。


「ふむ、お前達は外で周囲を警戒しろ。聞き込みに関しては私が行う」

「でもっ、隊長! あれ、あれっ! あの人……ま、間違いないですよ」

「わ、わたしっ、子供の頃に閲兵式えっぺいしきでチラリと見たことがあるんです! あの方、いえ、あれは――」


 宿屋の食堂が騒がしくなる。

 だが、平然といつもの調子で一団へと声をかけたのは意外な人物だった。


「ちょいと、あんた達! ……なにを食べてくんだい? 注文の前にまず、テーブルに座っておくれ。レヴィ、お客様が団体でご到着だ! 五人だよ、さっさと案内おし!」

「えっ、あ、ああ」

「なんだい、要領を得ない子だね! この子は息子にとついできたよめのレヴィだ。あたしの義理の娘だよ! そうだねぇ、レヴィ? ほらっ、グズグズしないで働きなよぉ」


 威勢のいい声を張り上げたのは、宿の女将だった。

 それでレヴィールは、意を決したように操の横から飛び出した。まだ、その華奢きゃしゃな肩は震えている。

 それでも、五人の魔法処女を前に無防備に立った、その時だった。

 隊長らしき少女が、女将へと深々と頭を下げる。


「失礼した、女将。五人で朝食を取らせてもらう。厄介になるが一つ、よろしく頼む」

「はい、いらっしゃいまし! にぎやかなのは大歓迎だねぇ。さ、なんでも食べていっておくれ!」


 レヴィールがぎこちなく、五人を置くのテーブルへと案内する。

 食堂の誰もが、その姿を見て恐れおののき黙った。

 ――魔法処女。

 それは、女性だけが使える魔力を人為的な施術で高められた人間兵器だ。この世界の戦争は全て、魔法処女同士による魔力のぶつけ合いで決まる。魔法処女は異界より己の魔力を増幅させる重魂エンゲージャーを召喚し、一体となることでさらなるパワーを引き出すのだ。

 魔法処女を生きているうちに見る者など、平民ではまれである。

 その姿は時として巨大な魔物であり、異形いぎょうに身をやつした魔女、そしてバケモノだ。

 戦場での遭遇は即、死を意味する。

 和気あいあいとした朝の食堂の空気は、あっという間にこおってしまった。

 だが、テーブルにつくなり魔法処女達の隊長格はメニューを手にした。そして、騒がしくレヴィールを指差す部下達にも聴こえるように話し出す。どうにもわざとらしくて、酷く白々しい声音だった。


「急ぎの任務で飛ばしてきたゆえ、腹が空いている。皆もそうだな? そう、急ぎの任務だったのだ。あのシリアル・オーナイン、祖銀しろがねの魔女と呼ばれた魔法処女が脱走したからだ」

「ちょ、ちょっと隊長! なにを言っ――」

「お前達も料理を選べ。それにしても疲れたなー、この村にも痕跡こんせきはみられないようだ。本当に無駄足だったなー、参った参った。さあ、朝飯を食べたら帝都ていとに戻ろう」

「なに言ってるんですか、隊長! 聴こえてます! ダダ漏れですよ!」


 一瞬だけ、戦慄せんりつに凍った空気がやわらいだ。

 その瞬間、レヴィールはテーブルをバン! と叩いた。

 ビクリと身を震わせ、魔法処女達が立ち上がって身構える。

 だが、例の女隊長は黙ってレヴィールを見上げるだけだった。

 そして、水を打ったような静寂の中で彼女の声が響く。


「これは独り言です。私達は昨夜遅くに覚醒させられ、レヴィール・ファルトゥリムを探して捕らえるよう命じられました。勿論、生け捕りが不可能であれば殺すよう言われています。……まあ、無理なんですけどね」


 どこかあっけらかんとした声色だった。

 恐らく、誰よりも彼女が知っているのだろう。

 この世界で、レヴィールにかなう魔法処女など存在しないのだ。すなわち、彼女達五人は死地へとおもむく覚悟でやってきたのである。

 そして、それだけが見て見ぬふりをする理由ではないらしい。


「そして、これも独り言……私は決して忘れません。帝国暦482年、豊祭ノ月ホウサイノツキ


 レヴィールがはっと息を飲んだ。

 そして、静かに言の葉が零れる。


「帝国暦482年、豊祭ノ月……アイドリーク戦役」

「ええ……忘れられない戦いです。私が初めて魔法処女として従軍した戦いで……初めて貴女にお会いした戦い。覚えておいでですか? 東方十カ国連合軍とうほうじゅっかこくれんごうぐんの大攻勢で、陥落かんらく寸前だった城に貴女は舞い降りた。……たった一人で」

「……もしや、お主。……! 思い出したわ、確かにあの時の」

「そうです。初めての戦争で実力の半分も出せずまごついていた私を、貴女は助けて下さいました。そして、言ってくれた」


 レヴィールはアルシェレイド帝国の建立こんりつと同時に生まれた、世界で最初の魔法処女だ。彼女が六百歳を超えているというから、帝国暦482年は百年以上前ということになる。

 恐らく、隊長を務める魔法処女もまた、封印凍結されていたのだろう。

 現に、昨夜遅くに覚醒させられたと言っていた。

 そして、見守る操の予感は的中する。

 レヴィールは唇を震わせ、俯きながらも声を絞り出した。


「……すまん、許せ。お主の名を覚えておらぬ」

「当然です、名乗る暇などなかったのですから。ですが、貴女が覚えてなくても私は覚えています……絶体絶命の死地、本国からも見限られた城へ貴女はやってきた。たった一人で、敵の魔法処女を殲滅せんめつするために」

「最初からワシが戦っておれば、無駄な犠牲などなかった戦いじゃ。それを皇室は出し惜しみを」

「でも、貴女は来た。来てくれた……そして、私に言ってくれたんです。帝国の魔法処女たる者に絶望など許されぬ、と。立って戦えと励ましてくれた」


 隊長の少女は立ち上がると、レヴィールの手を取った。そして自分の手を重ね、真っ直ぐ見詰める。その瞳には今、敬愛の光が揺れていた。


「失礼をお許し下さい。この四人は皆、封印凍結も未経験の最近のロッド……まだ一度も貴女を、祖銀の魔女の戦いを見たことがないのです。でも、私は知っています。そして忘れない……私と同胞達の為、何万もの軍勢と一人で戦った魔法処女のことを」

「……すまぬ」

「なにも問いません。これは独り言ですから。レヴィール・ファルトゥリムの追跡を私達は引き続き続行しますが、この村については異常なしと報告するしかありませんね。貴女は田舎いなかに嫁いできたあちらの方の花嫁、レヴィということなのでしょう?」


 こちらを向いた隊長と操は目が合った。

 年端もゆかぬ少女は、操より少し年上だろうか? 与えられた重責故か、少しだけ大人びて見える。それでも彼女は、静かに微笑むとレヴィールへ言葉を尽くした。


「ただ、レヴィール様……お気をつけて。本国では、レヴィール様を捕らえるために……

「……ほう? 本気のようじゃな。あの九人……いや、三人減って六人か? ちと厄介じゃのう」


 厄介だと言いつつ、レヴィールは優しい目になった。

 シングル・ナンバーズ? それはどのような脅威なのだろうか。

 操はようやくレヴィールのかたわらに駆け寄る。

 操が隣に立つと、レヴィールはそっと手を握ってきた。

 そして、再度五人の魔法処女達を見渡す。


「皆、よきおさを得たな。この者がおびすくんでへたりこんでおったのが、大昔に感じるのう。こんなに立派になりおって。お主等にも迷惑をかける……すまぬ」


 そう言って頭を下げると、レヴィールは笑顔で再び隊長へと問う。

 その横顔は操には、とても真剣なものに見えた。


「今日は名を聞かせてもらうぞ、我が戦友よ」

「いえ……えて名乗りません。名乗ればもう、貴女についていきたくなりますから。私は帝国の魔法処女……貴女に憧れ、貴女のようにありたいと思うから、だから名乗りません。この命を帝国に捧げ、帝国の敵とのみ戦います」

「よう言うたわ……死ぬな。もし虚偽の報告がばれたら、すぐにこう言うのじゃ。ワシに脅され、殺されそうになった故に嘘をついた、とな」

「レヴィール様……お気遣いに感謝を。あ、ああ、そうでした。お耳に入れたいことがもう一つ。……ミレーニャという魔法処女を知っていますね?」


 その名は、レヴィールと操を逃がすために戦ってくれた魔法処女の名だ。褐色かっしょくの健康的な肉体美が思い出され、同時に少し気弱でおっとりした気性が懐かしい。

 だが、操にはすぐわかった。

 彼女になにかあったのだ。

 それも当然に思える。レヴィールと対決して処女を失わずに済んだのはいいが、帝国の魔法処女、しかも近衛このえに取り立てられたのに……彼女は二人の逃避行とうひこうのために帝国を裏切ったのだ。

 隊長はその時、初めて年相応の表情になった。

 涙をこらえるように唇を噛んで、うつむきながら小さな声をこぼす。


「ミレーニャは、かつて敵だったとはいえ今は帝国の近衛……レヴィール様を思えばこその行動でしたが、帝国と皇室に弓引くことは重罪です」

「しかし、ミレーニャは貴重な魔法処女じゃ。……ま、まさか」

「残念ながら、ミレーニャのランクはそれほど高くありません。いつでも精製可能なレベルと見られています。その上、レヴィール様と戦って唯一生き残った魔法処女として、敵国が情報解析のために狙う恐れが。だから――」


 操が口を挟もうとした、正にその瞬間だった。

 誰もが固唾かたずを飲んで見守る中で、食堂が激震げきしんに揺れる。

 まるで天地がひっくり返ったかのような地震に、思わず操はよろけてしまった。情けないことにレヴィールに支えられ、どうにか転倒をまぬがれる。

 そして、見る……レヴィールの逼迫ひっぱくにひきつる表情を。

 彼女は、敏感な感覚でなにかを感じららしく呟いた。


「……なるほど、本当にシングル・ナンバーズを解き放ったかや? そうまでしてワシを……フッ、是非ぜひもなしじゃのう」


 不敵ふてきに笑うレヴィールの横顔は、どこかさびしさがにじんでいた。

 操はそんな彼女の無事を確かめてから、急いで宿屋の外へと飛び出した。

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