第14話「シングル・ナンバーズと呼ばれた娘達」

 ミサオはすぐに宿屋の食堂を飛び出した。

 彼があわてて追いかけたレヴィールの背中は、目の前の惨劇を前に震えている。

 そして、立ち尽くすレヴィールの目の前に……巨大なクレーターが形成されていた。そこにあったであろう、村の家々は痕跡こんせきすらない。白煙を巻き上げる大地は、そこかしこで高熱で土が硝子ガラスとなって輝いていた。

 その中心で、ゆっくりと人影が立ち上がる。

 それは、全裸の少女だ。

 豊かな起伏の長身とは裏腹に、短く切りそろえたブラウンの髪は少年のようだ。

 明らかに魔法処女ウォーメイデンと思しき女は、不敵な笑みでレヴィールに呼び掛ける。


「よぉ……会いたかったぜえ? !」


 操は耳を疑った。

 レヴィールが、おふくろ……母親?

 だが、肩越しに振り返るレヴィールは口早に説明してくれる。心なしかその顔は赤かった。声音もどこか、弁明と言い訳の色にとがっている。


「操、これは、あれじゃ! その……ええい、七面倒しちめんどうな! 奴はシングル・ナンバーズ、シリアル№000000006のセイスじゃ。おふくろというのは、そうじゃのう」

「ま、まあ……レヴィールさんは六百年も生きてるんだ、娘さんの一人や二人は」

「たわけがっ! ワシはまだ処女じゃ! 魔法処女は皆、純潔の乙女おとめ! ……じゃが、奴はワシにとって娘も同然。最も近い力を与えられた九人の中の一人なのじゃ」


 たわわな胸の実りを揺らして、ゆっくりとセイスは歩み寄ってくる。

 見事に均整きんせいの取れた肉体は、女性らしさを保ったまま筋肉美にいろどられている。まるで鍛え抜かれたアスリートのようだ。

 彼女はクレーターから出てくると、レヴィールの前で肩をすくめる。


「オレ達シングルナンバーズは、全員あんたから……おふくろから生まれた。通常の魔法処女と違って、おふくろの体組織から培養ばいようされたんだ。わかったか? ええと……操だったな」

「なっ、なぜ僕の名を」

「おふくろの重魂エンゲージャー……それも、クソみてぇに弱いカス野郎! よくもまあ、そんな貧弱な力でおふくろの重魂として生きていられるなあ。恥じ入り死ねよ、ったくよぉ」


 粗野そやで下品な言葉が、操の胸に真っ直ぐ突き刺さる。

 操はレヴィールの力を解放させるための重魂……融合ユニゾンして一つとなることで、魔法処女の力を100%引き出す。だが、彼はレヴィールが負けるために召喚したただの人間、異世界に突然引っ張り込まれた男子高校生でしかないのだ。

 だが、すぐにレヴィールが声を張り上げる。


「操への侮辱ぶじょくを取り消すがよいぞ、セイス! うぬは確かにワシから生まれた、ワシと血肉を分けし同族やもしれぬ。じゃが、操への無礼は決して許さぬ!」

「おふくろ、そんなチンチクリンのなにがいいんだぁ?」

「……ワシにもわからぬ」

「ははっ、流石さすがはシリアル・オーナイン! 祖銀しろがねの魔女だ。言うことが違うねえ……貧弱な重魂を連れるのも余興、おたわむれってか? 余裕、見せつけてくれんじゃん」

「違う、ワシはわからぬのじゃ。だが、ワシは操を選んでよいかったと思うておる! れてることだけは確かじゃ」


 操は改めて衝撃を受けた。

 ただ戦って負けるために選ばれた、あらゆる世界で最弱な存在……それが勲操イサオシミサオという少年だ。彼が日頃からこだわり矜持きょうじとして掲げる童貞の誓いが、生殖と繁栄を拒む弱者として認知されたからだ。

 だが、レヴィールはそんな操を受け入れてくれた。

 そして、今は負けるためではなく、二人で生きるために操を重魂として認めてくれている。

 急いで操はレヴィールの隣に駆け寄り、声を張り上げた。


「ええと、セイスさん? レヴィールさんのことは見逃してくださいっ! どうしてもと言うなら……僕はレヴィールさんと一緒に、戦わなければならない!」

「はぁ? お前が? おいおい、冗談きついぜ。……なに、おふくろとマジでデキてんの?」

「まだできません! 健全な男女交際は、!」

「……たりぃな、クソが。おーい、ナナ! さっさと始めようぜ、手伝えよ!」


 不意にセイスは、空を見上げて叫ぶ。

 その視線の先へと首を巡らせ、操は絶句した。

 空には、もう一人の少女が浮かんでいた。

 やたらとレースとフリルが小うるさいエプロンドレスを着ている。間違いなく魔法処女……恐らくシングル・ナンバーズだ。

 彼女を見詰めて、隣のレヴィールも目元を険しくする。


「……シリアル№000000007、ナナ。お主も来ておったか」


 ナナと呼ばれた少女は、不安げな表情で宙をただよっている。

 不思議と敵意は感じない。

 どこかおどおどした表情で、長い長い蒼髪そうはつをツインテールにっていた。


「あっ、ああ、あのね、ママ……えとね、んと……お、おはようございますっ!」


 突然、ナナは上空で見を正すと……ペコリと頭を下げた。

 突然のことに、操は肩透かしを食らったように目を丸くする。

 だが、形良い鼻梁びりょうから溜息ためいきこぼして、レヴィールは少し優しい顔になった。


封印凍結ふういんとうけつから目覚めたようじゃな、ナナ。うむ、おはよう……あまりよろしくない目覚めじゃが、また会えて嬉しい」

「うんっ! ナナもだよ、ママ……それでね、えと……帝都に、帰ろう? 迎えに来たの。ナナが会いに行くって言ったら、セイスがついてきちゃって」


 セイスは露骨ろこつ嫌悪けんおの表情で舌打したうちした。

 やはり、ナナもレヴィールのことを母親と認識しているらしい。

 しかし、セイスと違って戦う意志も態度も見せようとしなかった。

 そして、レヴィールはこの状況でも優雅な余裕を取り戻す。


「わかったわかった、ナナ。しばしそこで待っておれ。して……セイス。ここでなにをした……この村に、なにを。ここにおった者達を、お主まさか」

「ああ? 決まってんじゃん。一瞬だったぜ? 重魂と一つになるまでもねえ」

「……帝国の臣民しんみんじゃぞ。なんの罪もない村人を」

「なに言ってんだ、おふくろが悪いんだぜ? なんでオレ達から、帝国から逃げんだよ。……それはさあ! オレには勝ち逃げなんだよ! ムカつくぜっ!」


 セイスの全身から覇気がみなぎる。

 沸騰ふっとうする空気の中で、気付けば操を手でかばうようにレヴィールが前に出ていた。彼女の顔には今、怒りが浮かんで美貌びぼうを輝かせている。

 強い光を灯す瞳は、まっすぐにセイスを射抜いていた。

 荒れ狂う濁流とかした大気の中で、銀色の髪が乱れて広がる。


「セイス、ワシはもう魔法処女は嫌じゃと思ったし、操の手を借りて負けようと思った。だが、操はそんなワシに女としての生き方を教えてくれるのじゃ」

「……ほんで?」

「ワシはもう、シリアル・オーナインと呼ばれた祖銀の魔女ではいられぬ。じゃが……帝国の臣民を脅かす者に容赦ようしゃはせぬっ!」


 セイスが片眉を跳ね上げ、一歩下がる。

 激昂げきこうに銀髪を逆立てて、操の隣でレヴィールが静かに怒りを解き放った。それは、セイスの荒々しいたかぶりを塗り替えてゆく。激怒にたけるレヴィールからは、凛冽りんれつたる闘気が周囲へと広がっていった。

 操も初めて見る……こんなにもレヴィールが怒るのを。

 すぐに彼女は、空を見上げて叫んだ。


「ナナ! お主の力で村を守れ。ワシはこれからセイスと戦う……周囲に被害が出ぬよう、お主がこの村を力で覆うのじゃ!」

「う、うんっ! わかったよママ。ナナ、頑張るっ! ……それでね、んとね」

「わかっておる、お主のことを怒りはせん。皇帝に、キルシュレイラに言われて来たのであろ? ワシとて帝国の魔法処女、承知のこと。お主がとがめられぬよう、心得ておる」

「ママ……で、でも……ううん、わかったよぉ! 今はこの村、ナナが守るねっ!」


 不意にレヴィールは、操の手を握ってくる。

 操もまた、彼女の手を握り返した。

 本気の力を解放するレヴィールを前に、セイスが歯ぎしりに叫ぶ。


「へへっ、百年前の借りを返してやる……もう手前ぇの時代は終わったんだよ、おふくろ! オレが、オレ達シングルナンバーズが終わらせてやるっ!」

おろか……国と民とを守るが魔法処女の務め。そのせきを忘れた者など、ワシの敵ではない」


 レヴィールは、握る操の手を自らの胸に招く。

 布越しに柔らかな質量のたわわさに触れた時……操は再び融合の時を迎える。最強の魔法処女と、最弱の重魂。その二人が一つになる戦いが始まろうとしていた。

 ゆっくりと操の身体が、レヴィールのように美しい少女へと変貌へんぼうしてゆく。

 レヴィールはどこかはかない笑みを残して操の中へと消えていくのだった。

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