第15話「禁断の力」

 勲操イサオシミサオの肉体は今、熱く燃えていた。

 逆立つ髪は長く伸びて、まるで燃え盛る炎だ。

 薄布うすぬので飾られた肌は露出もあらわで、高揚感と緊張感が火照りと震えを走らせる。

 レヴィール・ファルトゥリムと合一ごういつし、重魂エンゲージャーとして融合ユニゾンした身が熱い。祖銀しろがねの魔女、シリアル・オーナインと呼ばれた最強の魔法処女ウォーメイデン……それは自分であり、自分達だ。

 脳裏に響くレヴィールの声が、操を宙へといざなう。


『操、心せよ……今までのようにはいかぬ。ワシがいかに最強であろうとも、シングル・ナンバーズとの戦い、容易たやすくは勝てぬ』

「レヴィールさん……でも僕、やってみます!」


 空中で操は、不敵な笑みを浮かべるセイスに対峙たいじする。

 彼女は、鼻で笑って肩をすくめた。


「おいおい、おふくろよぉ……まさか融合してその強さとか、マジでありえねーんだけど。でもっ、オレは手を抜かねえ! 手加減無用……来いっ! 我が魂の下僕げぼくよ!」


 セイスが振り上げた両手が、中空に巨大な魔法陣を浮かび上がらせる。

 複雑怪奇ふくざつかいき幾何学模様きかがくもよう明滅めいめつする、その中から……巨大なけものが現れた。雄々しい羽撃はばたきで空気を切り裂き、すぐにセイスのかたわらへとやってくるそれは――


「レヴィールさんっ! あ、あれは……ゲームや漫画で見たことありますっ! あれは!」

猛禽獣もうきんじゅう……グリフォン! 前にも言うたが、操。融合後に真の力を発揮する魔法処女は、ついとなる重魂によって大きく変わる。言うまでもなく』

「わかってるよ、レヴィールさん。僕はただの人間で、あれはきっと伝説の魔獣……でも!」


 不機嫌そうにうなるグリフォンに対して、威圧的な視線で手を伸べるセイス。彼女は殺気立つ己の重魂に触れ、徐々にその中へと入り込もうとしていた。

 巨大な翼を広げる、猛禽頭イーグルヘッド獰猛どうもうな獣は……震えながら声を張り上げる。

 それは操には、どこか悲鳴のようにも聴こえた。


「るせぇな、さっさとオレを受け入れな! おう、ナナ! 邪魔が入らねえように見張ってな……オレは今日こそ、おふくろを超えるっ! いくぜっ、融合……オラァ!」


 まばゆい光と共に、身をよじって暴れるグリフォンの中へセイスは消えた。

 同時に、グリフォンの姿が震えて全身の毛を逆立てる。もう一人のシングル・ナンバーズ、ナナが見守る中で……雄々おおしき猛禽獣の姿が異形の化物ばけものへと変化していった。

 グリフォンの首が徐々に、姿を変えてゆく。

 そこには、裸体を羽毛でおおったセイスの上半身が生えてきた。

 上はセイス、下はグリフォン……まるで神話の時代のスフィンクスである。


「ハッ! みなぎるぜぇ……覚悟はいいな? おふくろ、そして雑魚ざこ重魂!」

「なんて人だ、凄い悪役っぽい……それも、よくある2クールアニメの中盤で出て来る、訳知り顔な四天王とか五人衆とかの脳筋のうきんタイプ!」

「……なに言ってるかわかんねえが、バカにしてんのは感じるぜ。覚悟しやがれっ!」


 セイスがたちまち風となる。

 目に追えぬその影が、まるで点から点への瞬間移動のようにせた。

 当然だが、操は全くその動きについていけない。

 追いかけ空を飛ぶことでやっとなのだ。その身に招いた強大な魔力を、全く使い切れていない。制御するので手一杯である。帝国の王宮上空で戦った時もそうだった。だが、あの時は内なるレヴィールと共にあふれ出る力を振るうだけでよかった。

 今は違う……本当に力を結集し、それを使う技と知恵が必要だった。


『イメージじゃ、操! ワシとおぬしは一心同体、今のお主こそが祖銀の魔女。己の強さをイメージしてぶつけよ!』

「イメージ……想像して……レヴィールさん!」

『なんじゃ!』

「やっぱり、スタイル抜群です! 胸もお尻も、こんなに」

『このっ、あほう! 当たり前のことを言うでない。来るぞっ!』


 鋭い真空の刃が、無数に放たれた。

 魔法の烈風れっぷうが、二度三度と操を擦過さっかする。

 ギリギリで避けるも、遅れてたなびく髪の毛先が細切れになる。

 圧倒的な機動力と攻撃力に翻弄ほんろうされつつ、操は必死で思考をめぐらせた。


「レヴィールさんっ! 魔法処女は確か、高い魔法防御力を持っていると」

『そうじゃ、そして高レベルの者ほど強力な結界けっかいで守られておる。……む、お主まさか』

「レヴィールさんの力、伝説……その結界! 信じてみますっ!」


 先日、日常で触れ合うおりに話してもらった記憶が蘇る。

 操は見えない大地を蹴るようにして、光の尾を引きセイスを追った。

 勿論もちろん、目に見えぬ速さで行き交うその影を捕捉ほそくすることはできない。そして、相手は撹乱かくらんするように自在な動きから三次元的に飽和攻撃を仕掛けてくる。

 たちまち操は、鋭い風の刃を無数に浴びた。

 周囲で結界の光が魔法と打ち消し合う。

 だが、自ら飛び込むことで徐々にセイスへと肉薄してゆく。


「へえ、バカじゃねえんだな。おふくろの結界はかてぇぜ、相変わらず」

「常に攻撃に向かっていけば、その先にお前がいるはず……今度はこっちの番だ!」


 操が突き出す両手から、紅蓮ぐれんの炎が矢となってほとばしる。

 セイスが避けた背後へ突き抜け、そのまま遠くで雲が消し飛んだ。

 威力を解放しても、当たらない。

 ならばと操は、頭の中で叫ぶレヴィールの言葉に従う。

 威力を絞って、速射力をあげた火炎が無数にバラかれた。

 だが、面での波状攻撃はじょうこうげきを浴びたセイスの周囲が、光の壁を顕現けんげんさせた。太古の文字列が無数に入り交じる中で、結界が操の攻撃を全て無効化する。

 だが、セイスは退屈そうに天空に止まると、操を見下ろし笑った。


「そんな威力じゃ、オレの結界は抜けねえ! 威力を上げると数は撃てないよなあ? それがお前の重魂の弱さ、キャパシティの小ささなんだよ」

「そうか……つまり、水量と蛇口じゃぐちみたいなものか。僕という蛇口は小さ過ぎて、レヴィールさんの膨大な水量を出し切れない。セイスさんのグリフォンは、大きい蛇口なんだ」

「そういうこった。でも、まあ……高レベルの魔法処女同士が一騎打いっきうちを行うと、昔よくあった千日決闘エンドレスデュエルになっちまう。このまま手前ぇを削り殺してもいいが、つまらねえ!」


 セイスはゆっくり、操の前に降りてくる。

 そして、ニヤリと口元をゆがめた。


「おふくろよぉ……ここは一つ、神代禁術エイシェントドーン同士で勝負といこうぜ!」

「神代……禁術?」


 すぐにレヴィールの言葉がささやかれる。

 説明してくれる声は、わずかに震えていた。


『神代禁術とは、高レベルの魔法処女だけが使える太古の魔法……旧世紀の言語を圧縮した呪文の詠唱えいしょうによって励起れいきする、人ならざる者の力を借りた殲滅用禁忌魔法攻撃せんめつようきんきまほうこうげきじゃ』

「強過ぎる禁じ手ってこと?」

『ワシが生まれてより六百年、未だに実戦では数十回しか使用されておらん。そして、神代禁術同士をぶつければ、どちらかは必ずこの世から消滅する。そういう魔法じゃ』


 魔法処女同士の一騎打ちでは、時として力が拮抗きっこうするあまり手詰てづまりになることがある。そうした場合、互いに相手を殺しきれる禁断の魔法を使うのだ。

 それは、選ばれし者のみが行使できる最強魔法。

 魔法処女が魔力を振るうのとは、全く違う破壊の力だ。

 かつてこの世を支配した神々が残した、巨大なシステム……万象ユニバースつかさど因果律いんがりつを管理するネットワークに、呪文のプロトコルでアクセスして強力な一撃を放つ。

 高い魔力を持つ魔法処女が、同じく高レベルの重魂を得て初めて可能になる必殺技である。


「っしゃあ、行くぜっ! オレの象素マナは風、その陽理ようりとして大気を自在に操り……今また、陰理いんりたる稲妻いなずま雷撃らいげきをも行使する! お別れだ、おふくろっ!」


 周囲の空気が一変して、あっという間に異界のような雰囲気に飲み込まれてゆく。

 セイスを中心に、肌を震わす波動はどうが渦巻き広がっていった。

 操は自分の中で叫ぶレヴィールの言葉をそのまま口にする。

 遠くに浮いている人影は、操の言葉にビクリと固くなった。


「えっと、ナナさん!」

「はっ、はいぃ! ……な、なんでしょうかぁ」

「レヴィールさんが、神代禁術を使うから……この村を結界で守って欲しいって。神代禁術同士をぶつけ合えば、世界の一部が消えてしまうことだってあるから」

「う、うんっ! わかったよぉ、ママ!」


 不気味な鳴動と共に、セイスの全身から発する闘気が満ち満ちてゆく。

 晴れ渡る空でさえ、暗雲が垂れこめる中で光を失っていった。

 操の不安を、心の中のレヴィールが気遣きづかってくれる。

 彼女の力を信じ、その力を表現するために操も気持ちを奮い立たせた。

 そして……神話の時代に全てを滅ぼした、神々の聖戦アポカリュプシスが再現されようとしていた。

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