第16話「熱く謳え、禁じられた力を」

 徐々に下の村が騒がしくなってくる。

 お世話になった宿屋の女将おかみ、レヴィールをしたってくれている帝国の魔法処女ウォーメイデン達……そして、唖然あぜんとするしかない村人達。誰もが皆、レヴィールとセイスが戦う中では傍観者ぼうかんしゃでしかない。

 レベルの違う二人の対決は、その力を受け止め制御するミサオをも置き去りに加速する。

 だが、頭の中で響く声は優しく冷静で、そしてんでいた。


『落ち着くのじゃ、操!』

「レヴィールさん!? で、でも」

『お主は先程、水の量と蛇口じゃぐちに例えたな……ならば聞け。確かにセイスが召喚した重魂エンゲージャーは強い。グリフォンはこの世界でも滅多めったに見れぬ高レベルの魔獣。しかし』

「しかし?」

『お主は異界から召喚されたとはいえ、ただの人間! 加えて言えば、子種を残す意思のない、劣等個体れっとうこたいぞ。ぜん食わぬはなんとやら、女を求めぬ男があろうか』


 それを言われては身もふたもない。

 だが、操は嫌なのだ。

 心を通わせた人にこそ、童貞を捧げたい。

 そして、ただ戦いの結果として処女を奪うなどは言語道断ごんごどうだんなのだ。

 そのことを改めて説明しようとしたが、頭の中のレヴィールは早口でしゃべる。


『じゃがな、操。そういうお主にれてしもうた。じゃから、この戦い……勝つぞ』

「は、はい!」

『よい返事じゃ。それで……お主は小さい蛇口じゃが、ワシは巨大な水瓶みずがめ……その水量はセイスを上回っておる。……心せよ、た、

「水量とは別に……水圧……あっ!」

『理解したかや? 水量ではなく、水圧で勝負するのじゃ』


 操は、レヴィールの言わんとしていることが少しわかった。

 正確には、直感で理解したのだ。

 理解というより、に落ちたとも言える。

 ようするに、自分が全てにおいて劣っている訳ではないと知ったのだ。小さい蛇口をさらせばめてしぼる……そうすることで、流れる水は次第に水圧を強める。高水圧で噴出される水は、鋼鉄さえも切り裂くという話もあるのだ。

 改めて操が緊張感を巡らせると、目の前で異形が笑った。


「おお? なんだよ、その目……おふくろになにか言われたのか? さあ、やろうぜ! 神代禁術エイシェントドーン同士の熱いバトルをよぉ! 今日こそ消し飛ばしてやんぜ、おふくろっ!」


 グリフォンの四肢を支配して宿った、セイスの裸体が両手を広げる。

 羽毛で覆われながらも、彼女の豊かな胸の谷間がまぶしかった。

 だが、セイスを中心に周囲の空気が鳴動して震え出す。まるで沸騰するように逆巻き、その振動は操の肌さえ泡立てた。

 頭の中のレヴィールが即座に小さく叫ぶ。


『操、お主は最弱の重魂じゃが、まさっている点が一つだけある。そして、心せよ。ワシは最強の魔法処女、シリアル・オーナイン……祖銀しろがねの魔女! お主と二人で一つ!』

「わかってる! 頭の中に呪文が……読める、これを?」

『神代禁術は強力な呪文程、詠唱えいしょうが長い。セイスの最強呪文に対して、ワシが最適なものを選んだ。唱えよ!』

「わかった!」


 操もまた、全身の力を振り絞るように両手を突き出す。

 セイスの闘気が支配する空間の中で、抗わず流れに溶け込むように呼吸を重ねる。

 少女のからだとなった己が熱く、その中でたかぶるレヴィールの吐息といきを感じる。

 レヴィールと操は二人で一つ、融合シンクロを果たした魔法処女だ。

 そして操は、カッと見開く瞳でセイスをにらむ。

 セイスもまた、操の視線を受け止め不敵に笑った。

 そして、両者は同時に呪文を詠唱し始める。

 先手を取ったのはセイスだった。


「我が覇気、闘気、連ねて練気れんき……道開かれて、光を宿さん――」


 我が覇気、闘気、重ねて凛気りんき……高め昂ぶれ翼となりて、天を覆いて羽撃はばたき走る。

 恐懼きょうくをもって恐懼を封じ、悲哀ひあいをもって悲哀を超える。

 海を大地を、貫け疾風しっぷうよ! 切り裂け烈風れっぷう、渦巻け旋風せんぷう

 おお我が象素マナよ、たけき風よ――


 セイスの声が高まる中で、彼女の周囲で風が渦巻く。

 そう、確かに彼女は言っていた……自分の象素が風だと。そういえば、操はまだ知らない……象素とは? 以前の戦闘では、相手が格下過ぎて聞かれなかった単語だ。

 そのことも不安だったが、まずはレヴィールの並べる言葉を拾って叫ぶ。

 必死で声に出して呪文を唱えれば、不思議なプレッシャーで口が上手く動かない。それ以上に、唱える呪文のリズムを邪魔するように、セイスの声が高らかに舞い上がる。


『操! 主旋律しゅせんりつを支配されておる。呪文の唱圧しょうあつを上げよ!』

「唱圧!? 主旋律……ようするに、気圧けおされてる! ならっ!」

『そうじゃ、己の声を広げて、己の気持ちをせるのじゃ。感情のままに唱えよ……術式じゅつしきを組み上げるのじゃ。想像せよ、負ければワシは奴に処女を奪われる』

「処女を!」

『あの雄々おおしきグリフォンに組み敷かれ、獣のごときまぐわいで破瓜はかの時を迎えるのじゃ』

「それはっ、嫌だあああああっ!」


 瞬間、操の中で何かが弾ける。

 自分の中で力を小さく圧縮してゆく。

 レヴィールという巨大過ぎる力を、暴れるままに放つのではない。

 研ぎ澄まして、一点突破で貫くように収斂しゅうれんさせてゆく。

 そして、自然と操は頭の中のレヴィールと一緒にうたった。


「燃え上がれ爆炎ばくえん、燃え上がれ獄炎ごくえん、燃え上がれ灼炎しゃくえん! おお焔王えんおうよ、今こそ叫べ――」


 怒りに燃えて闘志くゆらす、我が激昂げきこうをもって命ず。

 裂帛れっぱくの気迫で今、なんじほむらを我に宿せり。

 汝は我、我は汝、火と火とつむいで炎とぜよ!

 神代かみよの世界をあまねく照らす、原初げんしょの炎を今こそ灯せ!


 下の村をちらりと操は見て、安全であると確認して安堵した。

 レヴィールが言った通り、ナナが結界で守ってくれているのだ。

 そして、セイスと操の声は互いに競うようにして空気の震えを奪い合う。初めての神代禁術に、操はのどが張り裂けそうだった。豊かな胸の奥で、早鐘はやがねのように脈打つ心臓が飛び出しそうである。

 だが、一緒に謳うレヴィールを信じて、その声を追って呪文を組み上げる。

 そして、セイスと操は同時に完成させた。

 限られた魔法処女にしか扱えぬ、己の象素を出し切る強力な神代禁術を。


「オラァ、消し飛べっ! ――砕流殲風刃ダン・ヴァ・イーンッッッッッッ!」

「僕は、僕達はっ、負けない! ――烈火百閃衝ヴァン・ダ・ムーンッ!」


 無数の風が大気を震わせ、灼熱の業火ごうかほとばしる。

 セイスの全身から、数え切れぬ程の刃が襲い来る。それは全て、真空状態の大気が作り出した鋭利な剣となって操を襲った。

 目に見える程の衝撃で、高速で処理される結界が術式の文字を散らかしながら切り裂かれる。幾重いくえにも張り巡らされた結界が破壊される中で、操もまた魔法を解き放っていた。

 永遠にも思える一瞬の中、数多の真空波をさかのぼる、炎。

 ただ一筋、紅蓮ぐれんに燃える炎がセイスを包んで爆ぜ狂った。


「ッアアアア!? この術っ、グッ! おふくろ、手前ェエエエエ!」

「え? なんですか、レヴィールさん。あ、はい……言うままに伝えればいいんですね?」


 レヴィールの持つ強固な結果は、その半数ほどを食い破られたが……相殺そうさつしてセイスの神代禁術に耐え抜いた。

 一方で、操の放った炎はセイスをとらえて結界を焼き尽くす。

 眩い光は全て、耐術レジストにもがくセイスが結界を張り直している輝きだ。

 だが、彼女の処理速度を容易たやす真紅しんくの炎が飲み込んでゆく。

 絶叫と共にセイスは、重魂との融合を維持できなくなった。

 骨まで燃え尽き灰になって、グリフォンが燃え尽きた。

 そして、力を失ったようにセイスは落ちてゆく。

 彼女を追って追いつき、操は抱き上げながらレヴィールの言葉をそのまま口にした。


「えっと、お主程度にはこの神代禁術で十分じゃ。これに懲りたら負けを認めよ……って言ってます。あと、逆らえば殺すって」

「クソォ! また負けた……って、おうコラァ! どこつかんでんだ!」

「あ、すみません。とりあえず、地面に降りますね」

「……なんでオレが、こんなダセェ重魂のおふくろに。ん? あ、でも……お前、結構カワイイ顔してんな!」

「へ?」

「融合してっから半分はおふくろだけど……まあ、いっか」


 その時、操はセイスの口から初めて知らされた。

 レヴィールが選んだ神代禁術は、彼女が持つ最も弱いものだった。そうでなければ、初めて詠唱する操に負担があったし、オーバーキルだから。己を小さい蛇口と称した操が、水量ではなく水圧を使うように集中力を高め、圧縮した力の鋭さを発揮したからだ。

 死闘の中でさえ、

 それがわかったからか、操の腕の中でセイスは酷く不機嫌なのだった。

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