第16話「熱く謳え、禁じられた力を」
徐々に下の村が騒がしくなってくる。
お世話になった宿屋の
レベルの違う二人の対決は、その力を受け止め制御する
だが、頭の中で響く声は優しく冷静で、そして
『落ち着くのじゃ、操!』
「レヴィールさん!? で、でも」
『お主は先程、水の量と
「しかし?」
『お主は異界から召喚されたとはいえ、ただの人間! 加えて言えば、子種を残す意思のない、
それを言われては身も
だが、操は嫌なのだ。
心を通わせた人にこそ、童貞を捧げたい。
そして、ただ戦いの結果として処女を奪うなどは
そのことを改めて説明しようとしたが、頭の中のレヴィールは早口で
『じゃがな、操。そういうお主に
「は、はい!」
『よい返事じゃ。それで……お主は小さい蛇口じゃが、ワシは巨大な
「水量とは別に……水圧……あっ!」
『理解したかや? 水量ではなく、水圧で勝負するのじゃ』
操は、レヴィールの言わんとしていることが少しわかった。
正確には、直感で理解したのだ。
理解というより、
ようするに、自分が全てにおいて劣っている訳ではないと知ったのだ。小さい蛇口を
改めて操が緊張感を巡らせると、目の前で異形が笑った。
「おお? なんだよ、その目……おふくろになにか言われたのか? さあ、やろうぜ!
グリフォンの四肢を支配して宿った、セイスの裸体が両手を広げる。
羽毛で覆われながらも、彼女の豊かな胸の谷間が
だが、セイスを中心に周囲の空気が鳴動して震え出す。まるで沸騰するように逆巻き、その振動は操の肌さえ泡立てた。
頭の中のレヴィールが即座に小さく叫ぶ。
『操、お主は最弱の重魂じゃが、
「わかってる! 頭の中に呪文が……読める、これを?」
『神代禁術は強力な呪文程、
「わかった!」
操もまた、全身の力を振り絞るように両手を突き出す。
セイスの闘気が支配する空間の中で、抗わず流れに溶け込むように呼吸を重ねる。
少女の
レヴィールと操は二人で一つ、
そして操は、カッと見開く瞳でセイスを
セイスもまた、操の視線を受け止め不敵に笑った。
そして、両者は同時に呪文を詠唱し始める。
先手を取ったのはセイスだった。
「我が覇気、闘気、連ねて
我が覇気、闘気、重ねて
海を大地を、貫け
おお我が
セイスの声が高まる中で、彼女の周囲で風が渦巻く。
そう、確かに彼女は言っていた……自分の象素が風だと。そういえば、操はまだ知らない……象素とは? 以前の戦闘では、相手が格下過ぎて聞かれなかった単語だ。
そのことも不安だったが、まずはレヴィールの並べる言葉を拾って叫ぶ。
必死で声に出して呪文を唱えれば、不思議なプレッシャーで口が上手く動かない。それ以上に、唱える呪文のリズムを邪魔するように、セイスの声が高らかに舞い上がる。
『操!
「唱圧!? 主旋律……ようするに、
『そうじゃ、己の声を広げて、己の気持ちを
「処女を!」
『あの
「それはっ、嫌だあああああっ!」
瞬間、操の中で何かが弾ける。
自分の中で力を小さく圧縮してゆく。
レヴィールという巨大過ぎる力を、暴れるままに放つのではない。
研ぎ澄まして、一点突破で貫くように
そして、自然と操は頭の中のレヴィールと一緒に
「燃え上がれ
怒りに燃えて闘志くゆらす、我が
汝は我、我は汝、火と火と
下の村をちらりと操は見て、安全であると確認して安堵した。
レヴィールが言った通り、ナナが結界で守ってくれているのだ。
そして、セイスと操の声は互いに競うようにして空気の震えを奪い合う。初めての神代禁術に、操は
だが、一緒に謳うレヴィールを信じて、その声を追って呪文を組み上げる。
そして、セイスと操は同時に完成させた。
限られた魔法処女にしか扱えぬ、己の象素を出し切る強力な神代禁術を。
「オラァ、消し飛べっ! ――
「僕は、僕達はっ、負けない! ――
無数の風が大気を震わせ、灼熱の
セイスの全身から、数え切れぬ程の刃が襲い来る。それは全て、真空状態の大気が作り出した鋭利な剣となって操を襲った。
目に見える程の衝撃で、高速で処理される結界が術式の文字を散らかしながら切り裂かれる。
永遠にも思える一瞬の中、数多の真空波を
ただ一筋、
「ッアアアア!? この術っ、グッ! おふくろ、手前ェエエエエ!」
「え? なんですか、レヴィールさん。あ、はい……言うままに伝えればいいんですね?」
レヴィールの持つ強固な結果は、その半数ほどを食い破られたが……
一方で、操の放った炎はセイスを
眩い光は全て、
だが、彼女の処理速度を
絶叫と共にセイスは、重魂との融合を維持できなくなった。
骨まで燃え尽き灰になって、グリフォンが燃え尽きた。
そして、力を失ったようにセイスは落ちてゆく。
彼女を追って追いつき、操は抱き上げながらレヴィールの言葉をそのまま口にした。
「えっと、お主程度にはこの神代禁術で十分じゃ。これに懲りたら負けを認めよ……って言ってます。あと、逆らえば殺すって」
「クソォ! また負けた……って、おうコラァ! どこ
「あ、すみません。とりあえず、地面に降りますね」
「……なんでオレが、こんなダセェ重魂のおふくろに。ん? あ、でも……お前、結構カワイイ顔してんな!」
「へ?」
「融合してっから半分はおふくろだけど……まあ、いっか」
その時、操はセイスの口から初めて知らされた。
レヴィールが選んだ神代禁術は、彼女が持つ最も弱いものだった。そうでなければ、初めて詠唱する操に負担があったし、オーバーキルだから。己を小さい蛇口と称した操が、水量ではなく水圧を使うように集中力を高め、圧縮した力の鋭さを発揮したからだ。
死闘の中でさえ、レヴィールは同じ魔法処女のセイスを気遣っていたのだ。
それがわかったからか、操の腕の中でセイスは酷く不機嫌なのだった。
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