第17話「目覚めし者達の名」
戦いは終わった。
まさに死闘、
そして、今は裸のセイスが腕の中で目を背けている。
「なんでオレがこんな奴に……しかも、おふくろに手加減までされて」
「えっと、セイスさん? あの――」
「わーってる! オレも
地面へ降りると、セイスに言われるままに操は彼女を立たせた。
そして、レヴィールとの
途端に強力な疲労感が襲って、操はその場に
不思議に思って見上げると、セイスはまた赤くなって視線を
甘ったるい声が響いたのは、そんな時だった。
「ママーッ! ママ、ママ、レヴィールママーッ! ナナね、言いつけ通り村を守ったよ?
魔法処女の
「ふむ、まあ、えっと……言いつけを守ったのう、ナナ。偉いぞ?」
「でしょ! でしょでしょ! ママ、もっと褒めて!」
「うむ、ナナは偉い。ナナは賢い。ナナは大きい!」
「わーいっ!」
ナナもまた、シングル・ナンバーズの一人……の、
だが、全く殺気を感じないどころか
ナナが結界で、操達とセイスの
それでも、操達に向けられる村人達の視線は凍っている。
「あの娘……おい
「もっ、もも、もしかして……
「ひいいいっ、消される、殺されるぞ! こんな村なんか、消滅しちまう!」
周囲が騒がしくなってきた。
そして、操は見た。
お世話になった宿屋の女将の、何かを言いかけては口を
そこには驚きと恐怖と、かばってやれない悔しさとを感じることができた。
今、この状況で誰もが
最強クラスの魔法処女同士による、究極の決闘へ。
「レヴィールさん、とりあえずここは」
「うむ、そうじゃな……場所を移すかのう」
操はなんとかよろけながらも立ち上がる。
すると、セイスがさらに身を寄せギュムと肌を押し付けてきた。
「お、おいっ! おふくろの
「は、はい……あ! 怪我とかないですか、セイスさん」
「ったりめーだ! オレを誰だと思ってやがる! それより、そ、それより――」
セイスはもじもじと内股気味に、どんどん操に密着してくる。
そして彼女は、
「おっ、お前を元の世界に返してやる。オッ、オオ、オレの処女をくれてやる!」
「ああ、それ」
「なんだこら、
「えーっと、その」
「魔法処女同士の戦いは、勝った方の重魂が敗北者を犯す! オラオラ、オレは逃げも隠れもしねえぜ! だっ、だから……その、お前……強いし、勝ったし……オレの」
その時だった。
突然のことに思わず操は「あっ」と驚きの声をあげてしまった。
ナナに抱きつかれたまま、なんとレヴィールがセイスの尻を蹴っ飛ばした。無様に転んで一回転したセイスは、恥じらいを見せて肌を隠そうとする。それでも、冷淡な瞳で見下ろすレヴィールへ向かって、噛みつかんばかりに吠えかかった。
「なっ、何しやがるおふくろ! オレは……
「知っておるわ、たわけが!」
「だから、魔法処女の掟は守る! さあ、操! 思う存分、好きなだけやろうぜ!」
「かっ、勝手に話を進めるでない! し、しかも……ワシの、操に……」
レヴィールは気色ばむセイスに屈んで、その頬に手を添える。
「それに、震えておるではないか、セイス」
「オッ、オレは怖くねえ! ……い、痛いらしいけどな。血がドバドバ出るって……で、でもっ! オレは魔法処女だ、それだけが誇りだ! やってやる……やってやるぜ!」
「よすのじゃ、セイス。そして操の話を聞けい!」
操もセイスの
立っているのもやっとで、背後で不思議そうに小首を傾げるナナが「だいじょーぶ?」と
「セイスさん。僕はあなたを犯したりしません。女性の純潔というものは、その人の意思で守られ、同じくその人の意思で誰かに
「掟を守る、それはオレの意志だ!」
「違います、それは魔法処女としての義務であり、呪い。呪いに従い呪われても、それではセイスさんが幸せにはなれない」
「……幸せ? オレの、幸せだって?」
操は大きく
ざわつく周囲の村人でさえ、操の尋常ならざる雰囲気に静かになっていった。
操はただ、雑念を払ってセイスに語りかける。
「セイスさん、僕は童貞です! 童貞を守ってるんです!」
「……お、おう」
「僕の童貞は、いつか愛する人に捧げるつもりです。そして、そのためにも今……セイスさんのお母様と清く正しい交際をさせてもらってます! まずは交換日記から、あいたっ!」
立ち上がったレヴィールに殴られた。
酷い、グーで殴った。
だが、レヴィールは頬を赤らめつつ
「そ、そういう訳じゃ。セイス、操の童貞はお主にはやらん」
「お、おふくろ? ……変わったなあ、おふくろ」
「ワシは操と共に、魔法処女のありかたそのものに挑むつもりじゃ。二人で隠れて
「……それ、どういう意味で言ってるかわかってんのか?」
「当然じゃ。帝国に限らず、魔法処女を運用するあらゆる国へとワシは……ワシ等は戦いを挑む」
「
「戦い、勝利する。しかし、その処女を奪ったりはせぬ。それが操の望みで、ワシの望みは操の望みを叶え続けることぞ。それと!」
不意にレヴィールは、操の手を繋いできた。
驚いたが、操も手を握り返す。
「操はワシとこれから、だっ、だだ、男女の付き合いをするのじゃ! ……それでワシの力が失われようと、構わぬ。だが、それは今ではない」
「おふくろ……」
レヴィールは暇そうに見守っているナナを振り返り、周囲の民衆から帝国の魔法処女達を呼ぶ。レヴィールを探しに来ていた彼女達も、あまりに異次元の戦いに驚いてるようだ。
だが、隊長格の女性が静々とこちらへやってきた。
「レヴィール様、そしてナナ様、セイス様……魔法処女同士の究極の戦い、拝見しました。ふ、震えが、止まりません」
「すまぬ、驚かせたな。セイスを頼めるかや? それと、ワシはお主等が懸命に止めたにもかかわらず、村を焼いて逃げようとした……そう皇帝に伝えるがよいぞ」
「そんな! 逆です、それでは……むしろレヴィール様は」
「お主等はセイスとナナと協力し、村を守った。そうしておくのじゃ」
「……は、はい」
レヴィールはシリアル・オーナイン……世界で最初の魔法処女だ。だからだろうか……全ての魔法処女に対して母であり姉、そして師として接しようとする。
その悲痛なまでの気高さが、操は好きだと素直に思った。
そして、彼女が操を支えてくれるように、操もまた彼女を支えたいと思う。
話がまとまりかけたところで、元気のいい声が脳天気に響いた。
「ハイ! ハイハイ! ハーイッ! ナナもママについてく! 一緒にいくー!」
「なぬ!? ま、まてまてナナ。お主、帝国のことはどうするのじゃ」
「んー、わかんない! でも、ママと一緒がいい。今日も、ナナはママに会いたくて来たんだよ? やっとママに会えた……これから、ずっと一緒!」
ナナはどうやら、セイスよりも幼い精神構造をしているらしい。そして、その
困ったような笑顔でレヴィールが頷くと、ナナは「わーい!」と両手をあげて飛び跳ねる。その姿を見て溜息を零しつつ、セイスは呟いた。
「勝てる訳が……逃げ切れる訳がねえ。おふくろ、シングル・ナンバーズの生き残りは6人、その内の4人が覚醒した。残りも順次……それだけの数を相手に、無理だっ! ……タイマン勝負のオレとは違うんだぜ、おふくろ」
「目覚めたのは誰じゃ? 4人とは」
「オレとナナ、ノーヴェ……そして、ユイだ」
「! ……ユイ、か。ふむ……」
その時初めて、レヴィールは難しい表情を見せた。
「ゆくぞ、ナナ。……また会おう、セイス。息災でな」
「おふくろ……いいのか! オレはまたおふくろを追うぞ! どこまでも追いかける! ……オレは、まだ……おふくろに一度も勝ってねえ!」
「ならばワシを、ワシだけを追ってこい。次は手加減せぬ」
それだけ言って帝国の魔法処女達にも目配せすると、レヴィールも空へ飛んできた。
そのままナナと三人で、操は村を離れて飛び去るしかなかった。
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