第17話「目覚めし者達の名」

 戦いは終わった。

 ミサオはレヴィールと一緒に、死闘を制して勝利をつかんだのだ。

 まさに死闘、薄氷はくひょうを踏むような勝利だった。

 そして、今は裸のセイスが腕の中で目を背けている。ほおを赤らめ胸と股間を手で隠しつつ……彼女はちらちらと操を見ては歯ぎしりしていた。


「なんでオレがこんな奴に……しかも、おふくろに手加減までされて」

「えっと、セイスさん? あの――」

「わーってる! オレも魔法処女ウォーメイデンだ、おきてには従う!」


 地面へ降りると、セイスに言われるままに操は彼女を立たせた。

 そして、レヴィールとの融合ユニゾンが解除される。

 途端に強力な疲労感が襲って、操はその場にひざを突いた。だが、意外にもピンピンしているセイスが操の腕を抱いて支えてくれる。

 不思議に思って見上げると、セイスはまた赤くなって視線をそらした。

 甘ったるい声が響いたのは、そんな時だった。


「ママーッ! ママ、ママ、レヴィールママーッ! ナナね、言いつけ通り村を守ったよ? めて、ナナのこと褒めてーっ!」


 魔法処女の戦衣せんいをたなびかせ、むちぷりとした美少女が駆け寄ってくる。彼女は「あ、ああ」と真顔になるレヴィールに、押し倒さん勢いで抱きついた。


「ふむ、まあ、えっと……言いつけを守ったのう、ナナ。偉いぞ?」

「でしょ! でしょでしょ! ママ、もっと褒めて!」

「うむ、ナナは偉い。ナナは賢い。ナナは大きい!」

「わーいっ!」


 ナナもまた、シングル・ナンバーズの一人……の、はずだ。

 だが、全く殺気を感じないどころか敵愾心てきがいしんもない。レヴィールより頭半分ほど背が高く、自己主張が激しい豊かな起伏の美少女なのに……どこかあどけなくて童女どうじょのようだ。

 ナナが結界で、操達とセイスの神代禁術エンシェントドーンから村を守ってくれた。

 それでも、操達に向けられる村人達の視線は凍っている。


「あの娘……おい女将おかみ、魔法処女だって! それに、あの銀髪!」

「もっ、もも、もしかして……祖銀しろがねの魔女!?」

「ひいいいっ、消される、殺されるぞ! こんな村なんか、消滅しちまう!」


 周囲が騒がしくなってきた。

 そして、操は見た。

 お世話になった宿屋の女将の、何かを言いかけては口をつぐむ表情を。

 そこには驚きと恐怖と、かばってやれない悔しさとを感じることができた。

 今、この状況で誰もが畏怖いふしたはずだ。

 最強クラスの魔法処女同士による、究極の決闘へ。


「レヴィールさん、とりあえずここは」

「うむ、そうじゃな……場所を移すかのう」


 操はなんとかよろけながらも立ち上がる。

 すると、セイスがさらに身を寄せギュムと肌を押し付けてきた。


「お、おいっ! おふくろの重魂エンゲージャー……確か、操とか言ったな。ええ?」

「は、はい……あ! 怪我とかないですか、セイスさん」

「ったりめーだ! オレを誰だと思ってやがる! それより、そ、それより――」


 セイスはもじもじと内股気味に、どんどん操に密着してくる。

 そして彼女は、うるんだ瞳で顔を近付けてきた。


「おっ、お前を元の世界に返してやる。オッ、オオ、オレの処女をくれてやる!」

「ああ、それ」

「なんだこら、手前てめぇ! もっと感動しろ! オレ様の処女だぞ!」

「えーっと、その」

「魔法処女同士の戦いは、! オラオラ、オレは逃げも隠れもしねえぜ! だっ、だから……その、お前……強いし、勝ったし……オレの」


 その時だった。

 突然のことに思わず操は「あっ」と驚きの声をあげてしまった。

 ナナに抱きつかれたまま、なんとレヴィールがセイスの尻を蹴っ飛ばした。無様に転んで一回転したセイスは、恥じらいを見せて肌を隠そうとする。それでも、冷淡な瞳で見下ろすレヴィールへ向かって、噛みつかんばかりに吠えかかった。


「なっ、何しやがるおふくろ! オレは……せてもれても魔法処女! おふくろに次ぐ力を持ったシングル・ナンバーズの一人だ!」

「知っておるわ、たわけが!」

「だから、魔法処女の掟は守る! さあ、操! 思う存分、好きなだけやろうぜ!」

「かっ、勝手に話を進めるでない! し、しかも……ワシの、操に……」


 レヴィールは気色ばむセイスに屈んで、その頬に手を添える。


「それに、震えておるではないか、セイス」

「オッ、オレは怖くねえ! ……い、痛いらしいけどな。血がドバドバ出るって……で、でもっ! オレは魔法処女だ、それだけが誇りだ! やってやる……やってやるぜ!」

「よすのじゃ、セイス。そして操の話を聞けい!」


 操もセイスのにらむような視線を受けて、両足に力を込める。

 立っているのもやっとで、背後で不思議そうに小首を傾げるナナが「だいじょーぶ?」と気遣きづかってくれた。静かに頷き、操はセイスに歩み寄る。


「セイスさん。僕はあなたを犯したりしません。女性の純潔というものは、その人の意思で守られ、同じくその人の意思で誰かにささげられるべきなんです」

「掟を守る、それはオレの意志だ!」

「違います、それは魔法処女としての義務であり、呪い。呪いに従い呪われても、それではセイスさんが幸せにはなれない」

「……幸せ? オレの、幸せだって?」


 操は大きくうなずくと、しっかりと言葉に気持ちを込める。

 ざわつく周囲の村人でさえ、操の尋常ならざる雰囲気に静かになっていった。

 操はただ、雑念を払ってセイスに語りかける。


「セイスさん、! 童貞を守ってるんです!」

「……お、おう」

「僕の童貞は、いつか愛する人に捧げるつもりです。そして、そのためにも今……セイスさんのお母様と清く正しい交際をさせてもらってます! まずは交換日記から、あいたっ!」


 立ち上がったレヴィールに殴られた。

 酷い、グーで殴った。

 だが、レヴィールは頬を赤らめつつつぶやく。


「そ、そういう訳じゃ。セイス、操の童貞はお主にはやらん」

「お、おふくろ? ……変わったなあ、おふくろ」

「ワシは操と共に、魔法処女のありかたそのものに挑むつもりじゃ。二人で隠れておだやかに過ごす、それもいいじゃろうが……ワシは娘達を、ワシを母としたってくれる者たちを見捨てられぬ」

「……それ、どういう意味で言ってるかわかってんのか?」

「当然じゃ。帝国に限らず、魔法処女を運用するあらゆる国へとワシは……ワシ等は戦いを挑む」


 溜息ためいきをついたセイスが、やれやれと肩をすくめて首を横に振った。


あきれたぜ……いくらおふくろでも、勝てる筈がねえ! オレ達シングル・ナンバーズの全員が敵だぜ? まだ6人も生きてる! 封印凍結ふういんとうけつから4人も覚醒かくせいさせられてんだ」

「戦い、勝利する。しかし、その処女を奪ったりはせぬ。それが操の望みで、ワシの望みは操の望みを叶え続けることぞ。それと!」


 不意にレヴィールは、操の手を繋いできた。

 驚いたが、操も手を握り返す。


「操はワシとこれから、だっ、だだ、男女の付き合いをするのじゃ! ……それでワシの力が失われようと、構わぬ。だが、それは今ではない」

「おふくろ……」


 レヴィールは暇そうに見守っているナナを振り返り、周囲の民衆から帝国の魔法処女達を呼ぶ。レヴィールを探しに来ていた彼女達も、あまりに異次元の戦いに驚いてるようだ。

 だが、隊長格の女性が静々とこちらへやってきた。


「レヴィール様、そしてナナ様、セイス様……魔法処女同士の究極の戦い、拝見しました。ふ、震えが、止まりません」

「すまぬ、驚かせたな。セイスを頼めるかや? それと、ワシはお主等が懸命に止めたにもかかわらず、村を焼いて逃げようとした……そう皇帝に伝えるがよいぞ」

「そんな! 逆です、それでは……むしろレヴィール様は」

「お主等はセイスとナナと協力し、村を守った。そうしておくのじゃ」

「……は、はい」


 レヴィールはシリアル・オーナイン……世界で最初の魔法処女だ。だからだろうか……全ての魔法処女に対して母であり姉、そして師として接しようとする。

 その悲痛なまでの気高さが、操は好きだと素直に思った。

 そして、彼女が操を支えてくれるように、操もまた彼女を支えたいと思う。

 話がまとまりかけたところで、元気のいい声が脳天気に響いた。


「ハイ! ハイハイ! ハーイッ! ナナもママについてく! 一緒にいくー!」

「なぬ!? ま、まてまてナナ。お主、帝国のことはどうするのじゃ」

「んー、わかんない! でも、ママと一緒がいい。今日も、ナナはママに会いたくて来たんだよ? やっとママに会えた……これから、ずっと一緒!」


 ナナはどうやら、セイスよりも幼い精神構造をしているらしい。そして、その無垢むくな気持ちは全てレヴィールに向いているのだ。

 困ったような笑顔でレヴィールが頷くと、ナナは「わーい!」と両手をあげて飛び跳ねる。その姿を見て溜息を零しつつ、セイスは呟いた。


「勝てる訳が……逃げ切れる訳がねえ。おふくろ、シングル・ナンバーズの生き残りは6人、その内の4人が覚醒した。残りも順次……それだけの数を相手に、無理だっ! ……タイマン勝負のオレとは違うんだぜ、おふくろ」

「目覚めたのは誰じゃ? 4人とは」

「オレとナナ、ノーヴェ……そして、ユイだ」

「! ……ユイ、か。ふむ……」


 その時初めて、レヴィールは難しい表情を見せた。わずかに美貌をかげらせ、しばし思案したかと思うと……指をパチン! と鳴らす。あっという間に操の身体が軽くなって、宙へと浮かび上がった。


「ゆくぞ、ナナ。……また会おう、セイス。息災でな」

「おふくろ……いいのか! オレはまたおふくろを追うぞ! どこまでも追いかける! ……オレは、まだ……おふくろに一度も勝ってねえ!」

「ならばワシを、ワシだけを追ってこい。次は手加減せぬ」


 それだけ言って帝国の魔法処女達にも目配せすると、レヴィールも空へ飛んできた。

 そのままナナと三人で、操は村を離れて飛び去るしかなかった。

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