第18話「最強の刺客」

 風に乗って空をせる。

 ミサオは全身の力が抜けたかのような虚脱感で、レヴィールの魔力に浮かされるままに飛んでいた。魔法処女ウォーメイデン融合ユニゾンする重魂エンゲージャーとして戦い、レヴィールと共に最強の力を振るった。その疲労で今、身体がなまりのように重い。

 しかし、前を飛ぶレヴィールはつかれた様子も見せなかった。

 周囲にナナをじゃれつかせて飛ぶ姿を、操は背後から呼ぶ。


「ねえ、レヴィール」

「なんじゃ! ……こ、これは、その……あれじゃ! 見せておるのじゃ!」

「いや、誰もぱんつ見えてるなんて言ってないんだけど」

「……違うのかや?」


 前を飛ぶレヴィールは、スカートの中が丸見えだった。

 知っててそのまま飛んでたのかと思ったら、急に操も恥ずかしくなる。

 レヴィールが指をクイと動かすと、すぐに操が彼女の隣に並ぶ。そっと手を伸べ、操はすべやかなレヴィールの頬に触れた。


「な、何じゃ……操、何を」

「疲れてる、よね? レヴィール」

「ハッ! 何を言うか、たわけめ。ワシはシリアル・オーナイン! 祖銀しろがねの魔女と恐れられた魔法処女じゃ。そうであろ? あれしきの戦いで――」

神代禁術エンシェントドーンを使って、消耗してるんじゃないかと思って」

「……ばれておったか」

「あ、やっぱりそうなんだ?」

「ッ! 操っ、お主という男は!」


 怒ったレヴィールが、空中で操を逆さまに釣り上げる。

 見えない魔法の力で吊るされたが、内心操は安心した。

 まだ怒って見せる余裕があるなら大丈夫だ。

 そんな二人のやり取りを見ていたナナが、指をくわえながら目をまばたかせていた。


「えっと、ママは操が好きなの?」

「なっ、なな、な、何をぅ! ……そ、それはぁ」

「だってだって、さっきセイスに言ったよ? 男女の付き合いをするーって。それってつまり――」

「ま、待て、待つのじゃナナ! 言うでない、それ以上言うでなーいっ!」


 真っ赤になったレヴィールは、今にも湯気を吹き出しそうだ。

 だが、ふわふわと太陽の周りを回る星のように、ナナはにっこり笑って言い放った。


「ナナ、知ってるよー! 男女の付き合いってー、! それでね、それでね、一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりするの!」

「やっ、やめーっ! これナナ、それ以上言うでない!」

「……あれぇ? よく考えたら、ナナもママとチュッチュしてたよ? それに、一緒にお風呂にも入ったし、一緒に寝てもらったし! そっか、ナナも男女の仲だった!」

「……いや、そういうのとは違うのじゃが」


 逆さまで飛びながら、操は言葉を挟んでいいものかどうか悩んだ。

 ナナもまた、レヴィールより生み出されたシングル・ナンバーズの一人である。その力はレヴィールに次ぐ、恐るべき魔法処女なのだ。

 だが、操にはナナがあどけない子供に見えた。

 レヴィールを母としたうシングル・ナンバーズの中でも、彼女は特別なのかもしれない。

 純真で無垢むくなナナに、先程からレヴィールも振り回されっぱなしだった。

 だが、レヴィールは不意に真面目な表情を作る。


「ナナ、それはそうと……よく聞くのじゃ。心して答えよ」

「はーいっ! なになに? なーにっ!」

「ミレーニャという名の魔法処女がおるはずじゃ。ワシと操を逃がすために戦ってくれた……魔力こそ強くはないが、心強き乙女ぞ? その者のことについて、知ってる話を聞かせよ」


 操も先程から気になっていた。

 レヴィールを探しに来た魔法処女達が、教えてくれた。ミレーニャの身が危ないと。あのレヴィールと戦い生き残ったばかりか、操の意向もあって魔法処女の力を失っていない。

 この世で数少ない、レヴィールとの戦闘経験値を持つ魔法処女。

 それは、持って生まれた力が弱くとも貴重な存在だった。

 ナナは難しい顔で腕組みして、うんうん唸りながら思い出そうとする。


「えっとぉ、ミレーニャちゃんは……そだ! 処分するって言ってたよぉ!」

「チィ、やはりのう……帝国め! 操、ちと飛ばずぞ!」

「わかった! まず、ミレーニャさんを救おう。助けなきゃ!」


 不思議そうな顔をするナナを他所に、操はどうにかレヴィールに元の位置に戻してもらう。そして、加速する中で手を繋いだ。

 レヴィールの魔力が守ってくれているので、空気の抵抗や圧迫を感じない。

 だが、納得しない様子でナナはついてきた。


「ママー! 帝国に戻るの? 危ないよぅ。その、ミレーニャちゃんって……どうしても助けなきゃ、駄目?」

「当然じゃ」

「……なんで? あんまし強くないよ?」

「だからじゃ。助けてやらねば殺されてしまう。……と言っても、お主にはわからぬかのう。ナナ、ちとこっちに来ませい」


 呼ばれるままに並んだナナを真っ直ぐ見て、レヴィールは言葉を選んだ。


「ワシとナナ、そしてシングル・ナンバーズは強い。それぞれが魔法処女の一個師団に匹敵する力を持っておる」

「うんっ! その中でもママが一番っ! ナナはぁ……エヘヘ、ママと一緒なら何番でもいいやぁ」

「ワシ等の無敵の力は、今まで国家のため、権力者のために使われてきた……そのことに今までワシは疑問を感じなかった。じゃが……操と出会った今は違う」


 レヴィールの言わんとするところがわかった気がする。

 それで操も、幼子を諭すように語りかけた。


「レヴィールはね、ナナさん。全ての魔法処女のために戦おうとしてくれてるんだ。それを僕は支えたい。戦いの中で戦争の道具になって、敗北の烙印として純潔を奪われる……そういう世界を、僕は壊す! レヴィールと一緒にね」


 イマイチよくわからなそうにしてたが、ナナが首をひねっていたその時だった。

 不意に殺気が空気を震わせた。

 急停止したレヴィールはすぐに自分の影へと操を下がらせる。

 申し訳ないと思ったが、今の操は守られるだけの消耗した人間でしかなかった。

 そして、凍れる敵意が飛んでくる。

 身構えるレヴィールの表情が険しく美貌を歪めていた。


「この魔力……水の象素マナは、ノーヴェかっ!」


 現れたのは、蒼い戦衣の少女だ。

 ゆっくりと三人の前に浮かび上がる。三つ編みに結った長い長い髪は、まるで深海のような暗い青だ。

 段違いの覇気を漲らせる魔法少女は、うやうやしく操達に一礼する。

 慇懃いんぎんに飾った態度とは裏腹に、憎しみを交えた敵意が肌をひりつかせてきた。


「お久しぶりです、母さん」

「……元気そうじゃな、ノーヴェ」

「今日はシングル・ナンバーズの末妹すえむすめとして、使命を果たしに来ました。……


 操はレヴィールの横顔を盗み見た。

 心なしか、普段の唯我独尊ゆいがどくそんを地でゆく強気が感じられない。

 あの祖銀の魔女に、天敵が存在する?

 それが、シングル・ナンバーズの九人目、ノーヴェなのか?

 操の視線を感じ取ったのか、ノーヴェを見詰めながらレヴィールは説明してくれた。


「我ら魔法処女には、それぞれに持った属性……象素というものがある。ざっくり言って、地水火風の四元素じゃ」

「そういえば、セイスさんもそんなことを」

「セイスは風じゃ。その陽理ようりの属性は、実力次第では陰理いんりたる雷を生む。普通の魔法処女程度では、象素に属性を宿すことはできん……ただ魔力を放出するだけがせいぜいよ」


 確かに、ミレーニャや他の魔法処女はそうした属性の攻撃をしてこなかった。風を起こしたり熱戦を浴びせたりは、単純な魔力の励起れいきで起こる物理現象に過ぎない。

 そして、残酷な真実をノーヴェが語った。


「そうです、そして私の象素は水……表裏一体、陰理は氷。これがどういう意味か、母さんにはわかっている筈」

「そうじゃ……お主はワシの天敵。シングル・ナンバーズの最後として作られた、ワシへのカウンター。ワシを倒すためだけに作られた特殊な魔法処女」

「ええ……母さんの象素は、火。四大元素の中で、。単純な破壊の力でしかない、最もシンプルにして強力な炎の使い手……それが母さん」


 操は漠然とだが理解した。

 恐らく、地水火風の四大元素がある種の四すくみになっているのだ。

 そして、水は火に強い。

 それでも今までなら、レヴィールは苦戦しなかった筈だ。如何いかに象素の相性があっても、百や二百の水では……数千とも数万ともとれるレヴィールの火には敵わない。

 では、その強さの値に大きな差のない魔法処女同士では?

 その答えは、汗をにじませるレヴィールの表情だった。


「……フッ、よかろう。ワシを倒すためだけに作られた力、見せてみよっ!」

「望むところです、母さん。皇帝陛下からは、生きてさえいれば構わないと言われています。呼吸と鼓動以外の全てを……殺します」


 だが、一触即発の空気が叫びに切り裂かれた。

 二人の間に割って入ったのは、ナナだ。


「ダメーッ! ノーヴェ、駄目だよぅ! ママ、死んじゃう!」

「殺すと明言しましたが? ナナ、手伝わないのなら貴女も敵です」

「……いいの? ナナの象素、忘れた? なら、思い出させてあげる……ママのためにナナが振るう、力の根源をっ! ナナ、すっごく怒ってるんだから!」


 ナナの髪が逆巻き天を衝いた。

 あの、おっとりとした甘えん坊の表情が一変している。

 操は今、目の前でシングル・ナンバーズ同士が戦う光景に直面していた。そして、両者を止めようとするレヴィールを、気付けばかばうようにして止めていた。

 レヴィールはやはり、消耗しているのだ。

 戦いの中であんな弱気な顔など、今まで見せなかった。

 加えて、ノーヴェとは相性が悪いとわかった。


「ナナ、ごめんっ! レヴィールは僕が守る、守ってみせる! だから――」

「わかったよぅ、まっかせて! えっと、操……ううん、パパ! ナナ、頑張るね!」

「へっ? いや、待って! パパじゃないよ、僕は、僕はっ……童貞なんだから!」


 操の言葉を置き去りに、ナナは飛び出していった。

 そして、空気中の温度が下がってゆくなかで……湿度が全て凍って結晶となる。極寒の空に今、二人の魔法処女が対決の時を迎えていたのだった。

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