第12話「これからのこと」
目覚めた朝にまだ、
さえずる鳥の声を聴きながら、ソファに寝転がってぼんやりと目を
少しずつ頭が働くようになって、徐々に思い出す。
昨夜、レヴィール・ファルトゥリムを助けて一緒になった。
一つに
二人の
恋する気持ちは確かにあって、操もそこから始めたいと願ったのだ。
「それから……ああ、そうだ。レヴィールさんにベッドを
少しずつ昨夜の出来事を思い出す。
だが、操の意思は固い。
レヴィールの魔法処女の力を守っている訳ではないのだ。
自分とレヴィールの
そこまで思い出して、操はソファから飛び起きる。
「あっ、レヴィールさんっ! ……やっぱり、いない! もしかして!」
操なりに短い時間で、レヴィールの人となりはわかっているつもりだった。
レヴィール・ファルトゥリムは、
だが、操が知っているのはそれだけではない。
最も強い
孤高、そして孤独の中を生きる少女……それがレヴィールだ。彼女の戦績は散らした命で飾られ、燃やした国は数え切れない。だが、そうした数字だけがレヴィールの全てではないのだ。
操は急いで部屋を出ると、着替えもそこそこに階段を駆け下りた。
酒場になってる一階のフロアに出ると、意外な声が行き交っていた。
「ほらっ、三番テーブルの肉が焼けたよぉ! 持ってっておくれ」
「心得た、女将っ!」
「今度は皿を割るんじゃないよぉ! ふふ、昔を思い出すねぇ……若くて綺麗で、仕事はさっぱりで」
「ワシはそんなに役立たずではない
「なに言ってんだい! 掃除も洗濯もできない、乳やら尻ばかりプリプリとデカい
酒場では今、宿泊客たちへの朝食が振る舞われていた。旅人たちは皆、身支度を整え出されたパンに手を付けている。そして、様々な注文が行き交う中に操は、異様な光景を見た。
そこには、信じられない格好のレヴィールがいた。
見るからに危なっかしい手付きで、彼女はウェイトレスとして懸命に働いていた。
周囲の客達も、美貌の新米ウェイトレスが面白いのか、からかいの声をかける。それは悪意も害意もなく、面白がりながらも不器用な少女を応援しているようだった。
「ようよう、ねーちゃん! そんなへっぺり腰じゃ、また皿を割っちまうぞ!」
「女将の若い頃にそっくりだって? そりゃ災難だ、アンタも今は綺麗だが
「それはいいけど、お茶のおかわりはまだ? さっきから待ってんだけどよ。しっかりしろよ、ねーちゃん!」
笑いが満ちる朝の酒場では、
だが、誰一人として夢にも思うまい。
見目麗しい少女の正体が、魔法処女……それも、祖銀の魔女だということを。
彼女は息を吸って吐く間に、この村を消し飛ばすことさえ可能だ。
操という最弱の
立ち向かってくる全てを、戦いとすら呼べないレベルで
そんなレヴィールは、忙しい中で操の視線に気付いて振り返った。
「おお、操! 起きたかや? ……なんじゃ、ワシの顔になにかついておるか? まだ寝ぼけておるようだのう」
「えっと、おはよう……ござい、ます」
「うむ! よい朝じゃな」
無邪気に笑うレヴィールに、ドキリと操はときめいた。
こんな顔を見せてくれたのは初めてだ。
今、アルシェレイド帝国という
客達もその
そして、操のもっともな疑問にもレヴィールはすぐに答えてくれた。
「
「なに言ってんだい、生意気な娘だねえ! ははっ、そういうのは嫌いじゃないよ」
「であろ? さ、操もそこに座るがよいぞ。ワシが手塩にかけて
「ちょいとレヴィ! あんたは
操はとりあえず、空いてるカウンターの席に言われるままに座った。
レヴィ? レヴィールではなく? そのことに首を傾げていると、レヴィールは唇に人差し指を立てて見せ、ウィンクを投げつけてくる。どうやら彼女なりに
こんなド田舎でも、彼女の素性が知れれば状況は一変してしまう。
レヴィールの名は常に、
だが、見ててハラハラする操の気も知らず、元気よくレヴィールは働いている。気安く声をかける男たちもあしらって、しかしいつもの
ウェイトレスとして働くレヴィールに、気付けば操は頬杖を突いて目を細める。
熱いミルクを出してくれた女将は、そんな操にそっと小声を潜めてきた。
「ちょいと、ボウヤ。いいかい? ……訳ありと見たけどねぇ」
女将の声は緊張感の中に、優しさと気遣いが秘められていた。
操は黙って
それで全てを察したのか、女将は笑顔になった。
「あたしゃ何も聞かないけどねぇ……レヴィちゃんはイイ子じゃない。しばらく居ていいから、ちゃんと将来のこととかを考えるんだよぉ?」
「あ、ありがとうございます。あの、僕も決して考えてない訳では」
「あら、そうかい? どうするつもりかねぇ……あの子はきっと、身分の高い家の娘なんだろう? こんなになーんにもできない子なんて、ここいらにはいないからねぇ」
「ええ、まあ……とりあえず、その。あっ! そ、そうか……すみません、やっぱり考えてるつもりだったけど、考えてませんでした」
ほらみろと言わんばかりに、女将は
操は言い返すこともできず、今までの自分を少し恥じる。
健全な男女の交際をと思い、レヴィールと好意を交わし合う仲でも順序と手段をきっちりさせてゆくつもりでいた。気持ちを確かめ合う仲で距離を縮めて、お互いにわかり合ってから手順を踏むのが当然だと思いってた。
だが、現状はそうしたことなど問題にしていないのだ。
自分とレヴィールは逃避行の真っ最中で、今日も明日も寝床とパンにありつかねばならない。ここにずっとはいれないし、この先のことも考えなければいけないのだ。
それは、交換日記がどうとか、手を繋ぐのは早いとか言う問題じゃない。
互いの純潔の前に、今の操はレヴィールを守り、彼女との生活を守る必要があった。
「……女将さん、僕は馬鹿でした。なにも、考えてなかった……でも、真剣に考えるつもりでいます! そのためにも、僕もここで働かせてください」
「男手があるのは助かるよぉ、旦那はとっくに死んじまったからねぇ。でも、やる気だけじゃどんな仕事も
「はいっ! ここに骨を埋めるなどと、軽々しいことは言えません。僕とレヴィー、ル、ルルル……そう、レヴィは追われる身ですから、女将さんにもご迷惑はかけられませんし。でも、少しだけ……落ち着いて考えがまとまるまで、ここに置いて下さいませんか?」
我ながら身勝手な話だと思ったし、女将の厚意を当てにしすぎている。無力な自分が恥ずかしいが、恥を忍んで操は頭を下げた。レヴィールのためにも、今はなんでもするし、頭くらい下げる。
互いの純潔や清い男女交際ではない……レヴィールをこそ一番に守りたいから。
女将は黙って笑顔で頷いた。
「
「はいっ! ありがとうございます、女将さん」
その時だった。
甲高い音が響いて、誰もがその方向を振り向く。
そこには、立ち尽くすレヴィールがギギギギとぎこちなく振り返る姿があった。彼女の足元では、割れた皿と一緒に料理が散らばっている。
女将はやれやれと肩を
レヴィールは操が寝てる間に、祖銀の魔女に相応しいだけの破壊を尽くしていたらしい。
彼女は珍しく申し訳なさそうに肩を落としつつ、
「そ、その、すまぬ……また割ってしもうたようじゃ」
「……レヴィ、いいからもうお前さんは下んなよぉ。別の仕事を用意してやるからね。片付けは……こっちのボウヤにやってもらうさね。ねえ、ボウヤ? あの娘の
赤面に
操はすぐ、朝食もそこそこに働き出す。
レヴィールのためならなんでもできる、そう思えた。
やっぱり自分は、彼女に恋をしているのかもしれない。
だとしたら、やはりちゃんとした関係性を築かねばならない。そのためにも、今は彼女との生活を守って支え、やりくりしていかなければいけない。衣食住が満ち足りて初めて、人間は思考を巡らし互いを尊重できるのだから。
そんな時、酒場のドアが開いて客が入ってきた。
「邪魔するぞ、女将。……昨夜、この村に若い男女が訪れなかったか?」
操の表情が凍り付いた。
そして、レヴィールの美貌が冷たく冴え渡る。目に鋭さが燃えて、ぞっとするような美しさが来客の女を
そう、女……若い女、少女と言ってもいい。
数はざっと五、六人。
皆、マントにアルシェレイド帝国の紋章が入っていた。
緊張感の中で操は、思わずレヴィールに駆け寄り手を握ってやる。なにも言えないが、手に手を重ねて寄り添う。既に魔法処女の顔になっていたレヴィールは……その白く綺麗な手は、小刻みにだが震えていた。
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