第7話「最強の処女と最弱の童貞」
場の空気が、凍った。
晴れやかな祭の雰囲気が霧散する。
変わって場を支配するのは、
だが、
周囲が後ずさって顔を強張らせ、口々になにかを
ぶるぶる震えて地面にひれ伏す老婆に、レヴィールは歩み寄る。
そうして鏡込み、老婆の手を取り言葉をかけた。
「久しいのう、たしか……アステアじゃな? 第四次ウンディーネ会戦の時、ワシと共に帝国のために戦った
「仰せの通りにございます、レヴィール様。今はその力を失い、
「そうかしこまるな、戦友ではないか」
操はおぼろげにだが、なんとなく状況を察した。
そして、小声で耳打ちしてくれるミレーニャの言葉で、理解する。
昔、あの老婆は若き魔法処女だった。そして、己の力でレヴィールと共に、この国を守って戦ったのだ。だが、シリアル・オーナインにして
ミレーニャは言葉を続けて説明してくれる。
「封印凍結され運用が続けられる魔法処女は、規格外の強い者に限られます。そうでない一般の魔法処女は、基本的に選択の余地があるのですが」
「じゃあ、あのお婆さんは魔法処女をやめれたけど、レヴィールさんは」
「レヴィール様はお一人で列強各国の総合戦力に匹敵する力の持ち主です。レヴィール様の健在こそが、このアルシェレイド帝国の繁栄の
「……それが、ミレーニャさんたち魔法処女の世界、なんだね」
「はい」
だが、感涙に
そしてそれは、半世紀を経て再会した戦友同士に向けられるものではない。
怯えて
それでも、彼女は老婆に親しみを込めて語りかけ、肩を抱く。気取った高慢ちきな印象が、操の中で霧散した。
なんて優しい笑顔なんだろう。
レヴィールは今、何度も眠りを経て君臨する最強の魔法処女には見えない。
そこには、友を懐かしんで
だが、そんな彼女へと吸い込まれる言葉がささくれだつ。
周囲の市民たちは、完全に目の色を変えてしまっていた。
「おい、あれ……レヴィール、レヴィール・ファルトゥリム! あの伝説の」
「祖銀の魔女……ただ一人で無数の国を焼き消した、最強の魔法処女」
「二千万人以上の魔法処女を
「ああ……さっきの魔力発電を見たろ? 一瞬だぜ? 女たちが一日かけて供出する魔力の量を、僅か一瞬で」
「……バケモノよ。私たち帝国臣民のために戦う、血塗れの
「同じ女とは思えないわ。私たちの魔力は民を
なんて言い草だろう。
自然と操は怒りがこみ上げて、手に拳を握る。
手の中に爪が食い込んだが、その痛みさえレヴィールが受ける仕打ちには程遠い。そして、周囲の声が聴こえていても、レヴィールは戦友の老婆アステアに微笑みかけていた。
「懐かしいのう! アステア、覚えておるか? ワシの両翼を固める魔法処女として、お主はワシを支えて戦ってくれた。そのことをワシは忘れはせぬ」
「覚えておりますとも、レヴィール様。私は必死でレヴィール様についていきました。他の者もです。皆、憧れておりました……お強く美しい、レヴィール様」
「よせ、アステア。この国を守ろうと思えばこそじゃ。そして、その決意と覚悟をワシはお主たちにも感じておった。一時の戦場とはいえ、お主たちと共に戦えたことをワシは誇りに思う」
「そんな、レヴィール様! もったいなき、お言葉……」
「老いたのう、アステア。よう長生きした、今後も余生を楽しく豊かに過ごせ。お主が生きて生き抜き、生き終えるであろうこの国……絶対にワシが守り通す故な」
レヴィールは老婆アステアを支えて立ち上がると、周囲を見渡した。
彼女の視線に
だが、レヴィールは怒りを見せるどころか、笑顔で舌を出した。
「すまんのう、皆の者! ワシはレヴィール、あの悪名高き伝説の魔法処女じゃ。そして、こっちが戦友のアステア。アステアは第四次ウンディーネ会戦の折、ワシの右腕となって戦った英雄ぞ。お主らの父母、祖父母のために戦った女じゃ。もてなしてやってくれ」
それだけ言って、最後にレヴィールはアステアと包容を交わす。
周囲の市民たちは我に返ったように、慌てて椅子や料理を用意し始めた。
そんな中で、レヴィールは微笑みアステアを民の輪の中へと送り出す。
「達者で暮らせ、戦友。お主がなした子、その子と孫、さらに続く
「レヴィール様……」
「ワシは今夜、封印凍結されまた眠る。
「孫たちも皆、成人しました。私はレヴィール様のことを語り継ぎましょう……この帝国の礎たる、気高き魔法処女の伝説を」
「よせよせ、恥ずかしいわ! では、の。さらばじゃ。操! ミレーニャも! ちと悪ノリしすぎたわい。王宮に帰ろうぞ」
周囲の者たちが、老婆を迎えてもてなしはじめる。
それを見て、レヴィールは歩き出した。
彼女の唯一の休日が終わろうおとしている。まだ昼前なのに、名が知れた場所ではレヴィールに自由はない。そして、自らが守って戦う帝国の臣民ですら、あまりに強過ぎる彼女を悪魔のように恐れていた。
そのこともレヴィールは
怒りも表さず、嘆きもしない。
ただ、穏やかな笑顔だけが彼女を彩っていた。
立ち去るレヴィールの背中を、慌てて操はミレーニャと共に追う。
追いつき並んで覗き込むと、レヴィールはニコニコと笑っていた。
「レヴィールさん、あの」
「言うな、操。お主とて怖かろう? 何百年も生き、戦の度に起こされ多大な流血を強いる魔女……それがワシじゃ」
「それでも、そんなレヴィールさんをあのお婆さんは。いつかは他の人も」
「ふふ、ワシにはつい先日のことじゃ。第四次ウンディーネ会戦……アステアと共に戦場を舞った日は、ワシにはついこの間のことなのじゃ。じゃが、アステアは子をなし老いて……わはは! これは妙な話じゃのう、うはははは!」
からからと笑うレヴィールは、全く悲しみを見せない。
その気丈な振る舞いが、操には
その時、ミレーニャが手を叩いて前へと飛び出す。操とレヴィールの前で振り返った彼女は、両手を広げて声を弾ませた。
「レヴィール様! まだ夜までは時間があります。戻ったら、とびきりのお酒とお料理を用意させますので……わたし、レヴィール様のお陰で
「おうおう、それは嬉しいのう。……ミレーニャ、お主も妙なおなごじゃのう」
「そうですか?」
「ワシと戦い生きながらえて、その上で何故ワシを恐れぬ」
「そ、それは……ええと」
ちらりとミレーニャは、操を見た。
何故か彼女は、操を見て頬を赤らめ、そしてまた前を向く。
「伝説の魔法処女、レヴィール・ファルトゥリム様……でも、わたしの印象は全然違いました。ううん、その強さは本物、聞いていた以上に絶対でした。操さんみたいな
「でも? なんじゃ、こそばゆいのう」
「操さんが、わたしを犯して儀式を執り行い、自分の世界へ帰ることを拒んだから……何故か、わたしを辱めて魔法処女の力を奪うことを、やめてくれたから。それって、不思議です。変です。なのに、嬉しくて……だから、操さんを重魂に選んだレヴィール様も怖くないです」
微笑むミレーニャから、レヴィールは目を
そして、操はやっぱりミレーニャの言葉が気になった。
「あの……前からチョコチョコ言われてましたけど、僕ってそんなにですか? えっと、重魂? としては」
「ああ、操。そうじゃぞ? お主、最低最弱の重魂じゃ。ワシがそう願って召喚した、この世で最も弱い、使えなくて無力な重魂なのじゃ」
「えっ……だって、ミレーニャさんに勝ちましたよ!?」
「そうじゃ、そうなのじゃ……重魂を招いて一つになった、ワシが強過ぎるのじゃなあ。負けたくてお主のような最低レベルを召喚したが、勝ってしまった」
ミレーニャが申し訳なさそうに
操はようやく合点がいった。
自分の今までの扱いが理解できた。
当たり前だ……例えばミレーニャなど、竜を召喚して
最強の魔法処女が召喚した、最弱の重魂。
それが操の正体なのだった。
そして、その操はレヴィールが負かした魔法処女を犯さぬ限り、帰れない。
操が帰れないので、レヴィールも次の重魂が召喚できないのだった。
だが、疑問は残る。
何故、レヴィールはわざと負けようとしていたのか?
無敗無双の最強魔法処女、シリアル・オーナインと呼ばれす祖銀の魔女は……どうして敗北を望んでいたのか。そのことを聞こうとしたが、言葉が見つからない。
そして、レヴィールは笑顔でミレーニャの肩を抱くと、意気揚々と王宮へ戻り始めたのだった。
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