第6話「帝都の街ゆく魔法処女」
アルシェレイド帝国の帝都は、活況に満ちていた。
やはり
そして、往来ではそこかしこで屋台や出店が賑わっている。
今日はどうやら、アルシェレイド帝国がトンターク王国に勝利した、戦勝記念の祝祭のようだ。
ふと、操は隣を見る。
そこには、操と同様に驚きの目で周囲を見渡すミレーニャの姿があった。
「あの、ミレーニャさん?」
「ふぁ……す、凄い大都会です。トンターク王国の首都とは、まるで違う……
「そ、そうなの?」
「ええ」
ミレーニャは帝国の近衛兵の制服を着ている。彼女を見て、行き交う誰もが親しみを込めて頭を下げた。それでも、三つ編みの少女は長い
そんなミレーニャを隣に見ていると、不意に操は背後から声をかけられる。
「なんじゃ、ミレーニャ。操も。そんなに帝都が珍しいかや?」
振り向くとそこには、レヴィール・ファルトゥリムが立っていた。豊かな胸をそらして、ヘソ出しルックのミニスカートにベストを
だが、全く気にした素振りも見せずにレヴィールは堂々と歩く。
「久々の食事じゃ、まずは……酒じゃな!」
「レヴィールさん、朝っぱらからですか?」
「なんじゃ、操……ワシは何年も眠らされておったのだぞ? そして今夜にはまた
「そんな、行き遅れの
「……よくわからんが、馬鹿にしとるな?」
むー、と操に顔を近付け、レヴィールが
目の前に迫る美貌に、思わず操は黙るしかない。
天使か女神か、その両方か。
レヴィールは見た目だけは、完璧に美しい。数多の宝石で飾った、
だが、性格は最悪だ。
どうしてここまで
それが、この世界で最強の
レヴィールはフンと鼻を鳴らすと、二人の前を歩き出す。
苦笑しつつ、操はミレーニャと並んであとを追った。
「なにから飲んだものかのう?
「やらしいですよ、レヴィールさん」
「なにを言う、酒こそが人生の楽しみ、その最たるものぞ? お主は酒の他になにかあるかや? 人生を燃やして生きる糧となり、魂が震えて
そう言われて、ふむと操は腕組み考えた。
そして、真っ先に浮かんだ答えを即座に口に出す。
言ってみてから、あとでしまったと思ったが後の祭りだった。
「恋、ですかね……恋愛。……あっ、いや、一般的な話! 普通に考えての話です!」
だが、レヴィールは目を丸くして、そのあとで背を向けた。
やがて彼女は、真っ白な腹を抱えて爆笑し始めた。
「プッ、ハハッ! こいつは傑作ぞ? く、苦しい……笑わせるでないわ。クッ……ププ」
「あの、レヴィール様……そんなに笑われては、ふふっ、失礼ですよ」
「聞いたかミレーニャ! 恋とか抜かしおったぞ!」
「素敵じゃないですか、でも……真面目なお顔で、操さんったら」
凄く、面白くない。
だが、レヴィールとミレーニャにはおかしくてしょうがないらしい。
道行く誰もが笑顔で振り返って、二人の少女に目を細めた。
操の目にも、それはとても綺麗な、大輪の花が咲くかのような光景に見える。
「笑うことないじゃないですか。レヴィールさんはともかく、ミレーニャさんまで」
「ごめんなさい、操さん。でも、わたし……操さんは普通の男の子なんだなって思ったら」
「そうじゃ、そうじゃぞ操! ……ん? なんでワシはともかく、なんじゃ? どういう意味じゃ!」
レヴィールが唇を尖らせて、操の耳をつねった。そしてそのまま、引っ張りながら歩き出す。痛みに
まだクスクスと笑うミレーニャが、フォローの言葉をくれる。
だが、それがフォローなのかどうかは微妙なところだ。
「操さんは、流石は清い童貞を守られてる方です。人生の
「ミレーニャさん、それちょっと傷つきます」
「あっ、そうでした! 年頃の男の子は、童貞というのは――」
「そっちじゃないです。僕はむしろ、自分の純潔に誇りを持ってますから。でも、恋じゃいけませんか? 女の子だって同じだと思うんだけどなあ」
だが、ミレーニャは優しい
パチン! と引っ張るだけ引っ張って操の耳を手放すと、レヴィールは歓声をあげて走り出した。なにか見つけたようで、その背中が小さくなってゆく。
そして、ミレーニャは心なしかレヴィールを見詰める視線に同情を垣間見せた。
「わたしたち魔法処女は、恋など知りません。……兵器ですから」
「あ、そうか……ご、ごめん」
「いえ、操さんが謝ることでは。強い魔力を持った者は、国のために魔法処女として造り直されるのが
世界最強にして最初の魔法処女、レヴィール・ファルトゥリム。シリアル・オーナイン、
だが、そこにレヴィールの青春を犠牲にした過去がある。
そして、レヴィールが殺した魔法処女は二千万人をくだらない。
圧倒的なキルレシオを誇る、絶対的な力の権化……それは、見目麗しい暴力的な美貌の少女として結晶化している。その輝きが眩しいのは、人の欲望と願望が反射する光だ。レヴィール自身はなにも許されず、祈りも願いも知らない。ただ、人のエゴを写して力とする鏡のようなものだ。
「あれ? そういえば……僕はレヴィールさんの
ふと、思い出して操は
レヴィールもミレーニャも、そして女皇帝のキルシュレイラも言っていた。
操のような重魂を持ってしても、レヴィールの力は絶大だった。
その意味とは?
それを聞こうとしたが、広場で振り返ったレヴィールが笑顔を輝かせて叫ぶ。
「なにをしておる! はようこんか! こっちぞ!」
手を振りピョンピョンと跳ねてから、レヴィールは広場の混雑に消えた。
そして、ミレーニャと続く操は奇妙な光景を見る。
広場には市が立っているらしく、大勢の臣民で混雑していた。その中央には、ぼんやりと光る奇妙な装置が突き立っていた。天を貫く
操は気付いた。
そこで豪勢な朝食を食べているのは、女性ばかりだ。
そのことに違和感を感じた時、レヴィールが塔の前で振り返る。
「うむ、皆の者! 今日も朝から魔力の
すぐに操にミレーニャが耳打ちしてくれる。
これが、どこの国でも行われている魔力発電だ。この小さな塔は、周囲の女性から魔力を吸い上げる。代わりに、体力の消耗や奉仕への感謝として、食事や酒が振る舞われるのだ。純潔の女性のみが持つ魔力は、こうして臣民の中からも吸い出される。
ここでは女性こそが力の全てを
魔力という
だが、レヴィールは機嫌がいいのか、すらりとした身を伸ばして手を掲げる。
「今日は義務など放棄せよ、ワシがおごるぞ! 皆で
レヴィールに力んだ様子はない。彼女は笑顔で、手を塔へと向ける。
すると、塔の輝きは
周囲から驚きの声があがる。
「まあ……なんて魔力なのかしら!?」
「ウソ、今日のノルマが……やだ、これじゃ一月分にだって余る量よ?」
「じゃあ、今日は魔力発電の奉仕は……終わりってこと? 凄いわ!」
「これなら朝食のあとは遊びにいけるわ。それより、あの娘のおごりですって?」
「誰? どこの御令嬢かしら。綺麗……さあ! 男たち、酒と料理を運んで!」
周囲がたちまちお祭り騒ぎになる。
あっという間にテーブルと椅子が運ばれ、
その周囲では既に楽団が慌てて駆け寄って、弾んだ調子の音楽を奏で始める。
気圧されつつ操も、ミレーニャと共にレヴィールの隣に座った。
街の広場はそのまま、巨大な宴会場と化した。
酒を断りミルクを注いでもらい、ミレーニャが取り分けてくれたサラダを食べる操。食事は地球とは変わらないが、野菜の彩りは少しばかり操の世界とは違う。並ぶ肉も魚も、初めて見るものばかりだった。
だが、歓声に満ちて盛り上がる中で、突然グラスの割れる音が響く。
誰もがその方向を振り返ると……一人の老婆がレヴィールを見て震えていた。
「あ、ああああ、あっ! あっ、あっ、貴女様は……レヴィール様! 祖銀の魔女レヴィール・ファルトゥリム様! お、おお……お久しゅうございます」
老婆は突然、レヴィールを見て涙を流しながらひれ伏した。
その顔に見覚えがあるのだろうか? レヴィールはすぐに席を立つや、グラスを置いて駆け寄る。そして、操は見る……魔法処女と呼ばれる美しき絶対兵器の残酷な運命を。
レヴィールの名を聴いた周囲の民は、
先程までの歓迎ムードが嘘のように、周囲を冷たい緊張感が包んでいった。
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