第8話「その夜を超えた先へ」
王宮に戻ってからのレヴィール・ファルトゥリムは、はしゃいでいた。
無理に明るく振る舞って、メイドたちに酒と料理を運ばせるや……
そうして笑う笑顔が、操には切なかった。
そして、最後まで笑ってレヴィールは行ってしまった。
今、アルシェレイド帝国に夜が訪れた。
王宮の一室から見る帝都の夜は、眠りを知らぬ
夜景を眺めていると、背後でドアがノックされた。
「どうぞ」
振り向くと同時にドアが開かれ、操は自分と同じ気持ちを抱えた少女を見やる。
先程別れたばかりのミレーニャは、
レヴィールに半ば無理矢理にお酒を飲まされていたからか、まだ頬が赤かった。
だが、
瞳の中に星の海を広げて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「操さん……わたし、操さんにお願いがあります」
「……うん。もしかして、僕と同じことを考えてる?」
「ごめんなさい、それは……多分、違う、かも。だって……わたしはレヴィール様のことを想っても、レヴィール様に言われた通りにしかできないです」
「ミレーニャさん……」
「わたし、レヴィール様と約束したんです。そのこと、あるから……
不意にミレーニャは、
そのまま衣擦れの音を肌に滑らせながら、
慌てて操は目を手で覆ったが、指の隙間から見てしまった。
スレンダーな肌は痩せていて、触れるだけで壊れてしまいそうにさえ思える。
恥ずかしげに胸と下腹部を手で隠しつつ、ミレーニャは近付いてきた。
「待って、駄目だよミレーニャさん……いけないんだ、それは」
「レヴィール様からの伝言です、操さん。どうか、わたしを」
「駄目だっ! ……そんなの、駄目だ」
ミレーニャが身を差し出してくる、その理由は一つしかない。
すなわち、操の元の世界への帰還。
ミレーニャの純潔に
敗者は犯され力を失う……それが魔法処女の
操がそれを拒んでも、ミレーニャを通してあのレヴィールが望んできた。
そのことをミレーニャは、恥ずかしげに目をそらしつつ語る。
「レヴィール様は、再び決意なさったんです。……やはり、レヴィール様に帝国は
「それは……知ってる。わかった、から……だから、辛くて」
「レヴィール様が次に目覚める時、操さんが元の世界に戻ってないと……戦えないんです。一度の召喚で
「それは! つまり、僕がいると……」
「はい。操さんが帰らない限り、レヴィール様は次の重魂を呼べないんです」
そして、ミレーニャは操の前で見上げてくる。
手を伸ばせば届く距離に、外の街明かりに照らされた裸体があった。
ミレーニャは震えながらも、操にまた一歩近付いた。
もう、彼女の
「レヴィール様は今度は、己の力に相応しい重魂を呼ぶでしょう。
「僕は、最弱の重魂と言ったね。じゃあ」
「わたしのような半端な魔法処女ならまだ……でも、レヴィール様が次に覚醒される時、もっと強い重魂が必要です。次はもう、わざと負けようだなんて……そうしてまで欲しい自由すら、求めることが罪だとあの方は悟ったから」
それだけ言って、そっとミレーニャが操の頬に触れる。
そして、そのまま瞳を閉じた。
だが、操はくちづけを拒んで、代わりに胸の中にミレーニャを抱き締める。驚き目を見開くミレーニャは、やはり震えていた。
彼女の髪を撫でながら、操は強く抱いて耳元に
「僕は……ミレーニャさん、貴方の純潔を奪うことはできない!」
「でも、それでは」
「勿論、レヴィールさんも見捨てない! 再び戦うためだけに眠らされるなんて、女の子にしていい仕打ちなものか!」
操の中に、純然たる怒りがあった。
そして、それは彼が己の純潔、童貞を守る誓いへと火を付ける。
初めて操は、他者に、それも異性に打ち明ける。
己が絶対と心に決めた、童貞を守る男の誓いを。
「ミレーニャさん、聞いて。まず、ミレーニャさんは魅力的な女の子で、とてもかわいくて、こうしてると暖かくて柔らかくて、いい匂いがする。だけど」
「……だけど?」
「僕はミレーニャさんの純潔を奪うことも、ミレーニャさんに純潔を捧げることもできないんだ。何故なら……」
「童貞を守ってるからですか?」
小さく操は頷く。
胸の中で自分を見上げてくるミレーニャは、切なげに目を細めていた。
もう、
「あの、操さん……わたし、操さんになら……いい、です。むしろ、操さんが、いいんです。決して、レヴィール様に言われたからだけじゃ、ないんです、よ?」
「ミ、ミレーにゃさん?」
「わたし、元からレヴィール様に……帝国の魔法処女に勝てるなんて、思ってませんでした。わたしの国は小さかったし、わたし自身も強くは。でも、操さんは……そんなわたしを
「それは……完全に僕の都合だよ」
「だとしても……このときめき、わたしだけのものにしたくな、です」
操は思わず、ミレーニャを再度抱き締める。その草原のような髪を撫でて、胸の中にミレーニャの涙を閉じ込める。
そうして、ついに語り出した。
自分が綺麗な身体で居続ける訳を。
「僕の母は……俗に言う、政略結婚だった。こっちの世界は、多分そういうのは珍しくないだろうけどさ。帝国だ王国だって世界だから。でも、僕の世界は違う」
「違う、とは」
「少なくとも僕の国は、自由な恋愛、男女の気持ちが通わなければ結婚はありえない。……普通はそうだったんだ。でも、母は違った。愛する人と引き裂かれ、父に
こんなこと、操は初めて話す。
母は、それでも操を産んで、育ててくれた。父に取って、母の実家との繋がりをえるための結婚だったが、子をなし父を支えて、母は懸命に生きた。
その母を家に閉じ込めたまま、父は外に無数の女を持ったのだ。
母には、子を産むこと、富と権力の
無論、愛はなかった。
跡取りが必要で、その血の半分が母の一族に連なっている必要があった。
それだけだった。
「母は、僕に言った……言い残してくれた。一生を賭けて、自分の全存在を賭けて恋をしなさい、と。大恋愛をして、本当の愛を
「あの、お母様は」
「ずっと前に……父は、その時も家に帰ってこなかった。僕は……父のような男にはならない。僕のような子供を絶対に増やさない。天国の母に誇れる恋を探したい」
諦めたようにミレーニャが、操の胸に手を当て離れる。
だが、そんな彼女の手を握ると、さらに手を重ねて操は微笑んだ。
「変な話をしちゃったね、ごめん……服を着てくれるかい? ミレーニャさん」
「……はい。でも、わたしの気持ちは……レヴィール様の想いは」
「僕は、決めた。ミレーニャさん、力を貸して欲しい。僕は……レヴィールさんを助ける」
ミレーニャの大きな瞳が、より大きく見開かれる。
だが、静かに操は決意を述べた。
「純潔というのはね、ミレーニャさん……いつか
「はい」
「戦うために眠らされる女の子なんて、悲し過ぎる。それがこの国の、帝国の平和だというのなら……僕はその
それだけ言うと、操はミレーニャの
もうミレーニャは、自分との
「……わたし、振られてしまったんですね。レヴィール様も仰ってくださったのに。想いがあるなら、ぶつけてみろって」
「ごめん、ミレーニャさん」
「ううん、いいんです。わたしも……レヴィール様のことがずっと気がかりで。だから、操さん。そう言ってくれた操さんが、わたしは好きでした」
「ありがとう。……僕に力を貸してくれるかい? ミレーニャさん」
笑顔で頷くミレーニャの頬を、光が伝った。
その涙の
既に時刻は、レヴィールが封印凍結される時間に迫っていた。
自分になにができるとは言わない、だが……なにもせずにはいられない。
操は無自覚に燃えていた。
その先でなにか、自分が伝えたいことがあるような気がしていた。
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