第2話「魔法処女の理」
己の中にある記憶力を総動員する。
そうして思い出されるのは、つい先程の光景。真っ赤な夕焼けより尚も眩い、光の
そう、突然操は見知らぬ空へと放り出されたのだ。
稲光が瞬く曇天の下で、彼は見た。
目の前に浮かぶ全裸の美少女を。
それは、レヴィールだった。
彼女は確かに、あの時こう言った。
『ほう、これはまた……流石にワシが選び抜いた
凛々しく叫んだ彼女の背後に、
そう、ドラゴン……アニメや漫画に出てくるあれだ。
その
だが、肩越しに振り返るレヴィールは動じていない。
そして、はっきりと操は思い出した。
『……では、始めるかの。伝説の魔法処女……シリアル・オーナイン、
決意の眼差しは確かに、寂しげに笑みを浮かべていた。
それは、とても美しくて
だが、次の瞬間にはレヴィールは操の胸に触れてきた。
そして……そのまま彼女は、吸い込まれた。
彼女は光をまとって輝き、光そのものとなって操の中に入ってきたのだ。そして、全身に火が
その筆舌し難い現象を、細部まではっきり思い出す。
もともと女顔の童顔で、よく性別を間違えられる操。
その髪が突然伸びて胸が膨らみ、細い腰がさらにくびれてその下に優美な曲線を描いたのだ。完全に少女の姿になった操は、己とは思えぬ
そのまま襲い来るドラゴンへと手を伸べるや、溢れ出る
そして、気付けば今こうして地面に舞い降り、再び操は男の体を取り戻したのだった。
「おっ、思い出した! 僕、さっき……レヴィールさんと!」
「うむ、一つになったであろう? あれこそ、このアスティリアで最強の絶対戦力、魔法処女の力。そして、その魔法処女の中でも至高にして最高の存在が――」
だが、胸をそらして得意顔のレヴィールを無視して、操は叫んだ。
記憶を整理することで、わかったのだ。
それは、なによりも嬉しく、他のことなど気にならないくらいに安心する。
だから、両手を暗い空へ振り上げ、拳を握って絶叫した。
「よかったああああっ! 僕はっ、まだちゃんと童貞だああああああっ!」
また、空気が凍った。
レヴィールはもちろん、全裸でへたり込む褐色の少女も瞬きを繰り返す。
だが、ガッツポーズを取ってから、操は周囲の違和感に首を傾げる。
そして、思い出したように手を叩いた。
「ああ、そうか! 普通の男の人は、童貞を卒業したがるんでしたね。ええと、説明すると長いんですが、僕は」
「いや、ワシはそんなことどうでもいいんじゃが……お主、帰りたくないのかや?」
「あ、もちろん帰りたいですよ。その、レヴィールさんが僕を召喚したのはわかりました。で、一緒に戦ったんですよね? そ、その、ひっ、ひひ、一つになって!」
「うむ」
「で、この子を……あれ? えっと、一発KOしたのって、大きなドラゴンでしたよね」
それでようやく、震えていた褐色の少女がおずおずと喋り出す。
「あ、あのっ……それ、わたしです。わたし、レヴィール様を倒すように国王陛下に言われて……わたしの故郷は小さな国だから、わたしみたいな魔法処女しかいなくて」
ようやく立ち上がった褐色の少女は、恥ずかしそうに
咄嗟に察したのか、背後からレヴィールが操の目を両手で隠す。
自分の裸は気にしないのに、敵だった少女の裸は気遣ってやれるらしい。
「わたしはミレーニャ、トンターク王国の魔法処女です。シリアル
「ふむ、ごくごく最近のロットじゃな? ワルプルギス条約が改定されたあとの生まれか」
「は、はい……まだ一度も
「左様か」
知らない単語が一度に何個か出て、操は首をひねる。
だが、とりあえず最初に思いついたのは、意外なことだった。
「ちょ、ちょっとごめんね、レヴィールさん。それと、ミレーニャさんも」
視界を閉ざすレヴィールの手から抜け出すと、操は学生服の上を脱ぐ。
そしてそれを、まずミレーニャに渡した。
「ミレーニャさん、とりあえずこれを
「あ、ありがとう、ござい、ます……あの」
「レヴィールさんも、ちょっと待ってね。ワイシャツを」
「……フン、まあよいわ。流石にちと肌寒いしの」
ランニング一枚になって、とりあえず操は視界の中の誘惑を隠してもらった。だが、ミレーニャはともかく、レヴィールはなんだかいかがわしい……なまじスタイル抜群なだけに、ワイシャツ一枚というのはいかがわしい。
そしてつい、操は
「うわあ、レヴィールさん……なんか、年上の男に入れ込んだ挙句、家に泊まりに押しかけてその人のワイシャツだけ羽織って朝を迎えた尻軽な女性みたいに見えますよ!」
「……なんじゃそれは。だが、馬鹿にしとるのは伝わったぞ?」
「す、すみません、そういう意味じゃなくて……普通に萌えるというか」
「燃える? まあ、ワシは炎系の魔法が一番得意じゃがな」
巨大なドラゴンを一撃で
体感したと言ってもいい。
その力を振るったのは、レヴィールと一体化して少女となった操自身なのだから。
だが、そのドラゴンの正体はミレーニャで、彼女自身は無事だ。
なら、召喚された自分も役目を終えたということにならないだろうか。
「で、レヴィールさん……僕、帰りたいんですけど」
「うむ、では存分に犯すがいいぞ」
「は? いや、あの……僕は童貞を守ってるんです。今は誰にも捧げるつもりはありません」
ミレーニャと顔を見合わせ、レヴィールはまた溜息をついた。
そして、真実が語られる。
「よいか、操。お主はミレーニャを犯し、その純潔を奪わねば帰れぬ」
「……は?」
「重魂とは、魔法処女が最強の力を振るうために召喚する触媒じゃ。あらゆる世界から、強き
「はあ、それで」
「魔法処女同士の戦いは、魔法処女の魔力と重魂の力の総合力で決まる。そして、敗者は重魂を殺され、処女を奪われることになっているのじゃ」
「それは嫌ですよ! 僕と同じように、ミレーニャさんだって貞操を守りたいでしょうし」
「当然じゃ。純潔を失えば、魔法処女は魔力を全て失う。男と同じ、ただの人間になるのじゃ」
「……この世界、ひょっとして……女性しか魔法が使えない? とか?」
レヴィールは黙って頷き、さらなる真実を語る。
それは、あまりにも過酷な現実だった。
「勝者の重魂は、敗北した魔法処女の命か純潔を奪う儀式にて、元の世界へ戻れる」
「なるほど……って、ええーっ! じゃ、じゃあ」
「うむ、存分にいたせ。ワシとて、ちと計算外じゃったからな……はぁ、お主みたいな重魂は
レヴィールの言葉も今は頭に入ってこない。
そして、ミレーニャを見ると怯えた様子で身を縮こませるので、いたたまれない。
途方に暮れてしまって、操はその場に崩れ落ちるのだった。
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