魔法処女と童貞王
ながやん
第1話「プロローグ」
いつもと同じ日常、いつも通りの夕暮れ。
いつにもまして
その
全てが溶け消えるような中で、自分の重さが一瞬消えた。
そして今、見知らぬ土地にいる。
目の前には、褐色の肌の少女が震えていた。周囲は草原、
眼前の少女は、全裸だ。
へたりこんで大事な場所を手と手で隠している。
彼女の唇が開かれようとした、その時……背後から声が走った。
「ワシの勝ちじゃな……フン、今の時代の
操が振り向くと、そこには……女体を象る美があった。
絶世の美少女という言葉で形容しきれぬ、冴え冴えとした美貌が笑みをたたえている。彼女も裸だが、優美な曲線と膨らみ、そしてくびれの輪郭を隠そうともしない。堂々と腰に手を当て、たわわな胸を張って立っている。
彼女は再び、よく通る美しい声で言の葉を
まばゆい銀髪は長く長く風に棚引き、大きな瞳は燃える
「これだけ手加減してやっても、圧勝じゃ。では……覚悟せよ。古来より、魔法処女の
銀髪の少女は堂々と、操を指差す。
操を視線で貫き、背後で今にも泣き出しそうなもう一人の少女を指して笑う。
不遜で不敵な笑みは、獰猛で暴力的な程に美しい。
だが、操が
「なんじゃ、なにをしておる」
「え? ぼ、僕?」
「お主以外に誰がいるのじゃ。ほれ、はようせい」
「ほようせい、と言われても」
操には訳がわからない。
理解がおよばない。
ついさっきまで、中学校から帰る路地だったのだ。いつも通り図書館に寄って、少し勉強して、本を借りて。そうして帰路につけば、燃えるような夕日が街を
そのことを口に出してみたが、銀髪の少女はそっけない。
「あ、あの、僕……図書館の帰りに、そういえば光に」
「そうじゃ。ワシが召喚したからの。それで、ワシと一つになったじゃろ?」
「ひっ、一つに!? ま、待って……それは本当なの!?」
「なんじゃ、覚えておらんのか? あの
「重魂……?」
訳がわからない。
それに、ここは
そして、二人の少女……恐らく、勝者と敗者なのかもしれない。全裸の二人は、その態度がまるで違う。最初に見た少女は、
もう一人の少女……
どうやら特殊で特別な、尋常ならざる事態に操は巻き込まれているらしい。
だが……いや、だからこそ。
そういう緊急時だからこそ、操は真っ先に確認せねばならない、とても大事なことがあった。それを迷わず銀髪の少女へと告げる。
「待って、事情はよくわからないけど。一つ、一つだけ確認させて欲しいんだ」
「なんじゃ? ええい、こっちは急いでいるというに……言うてみよ!」
自分にとって、命よりも大事なことを。
「さっき、僕と一つになったと言ったね……本当?」
「そうじゃ。覚えておらなんだか」
「よく、わからない。なんだか、身体が熱くて、燃えるようで……でも、それって」
「魔法処女たるワシの力じゃ」
「そう……じゃあ、一つだけ教えてくれ、ええと……君は」
「レヴィール。ワシはあの有名な、シリアル・オーナイン……
「全然。それより――」
目を点にするレヴィールを前に、操は言い放つ。
命よりも大事な、自分が全身全霊で守ってきたもののために。
「一つになったと言ってた……僕は、僕は童貞を卒業してしまったのか! 教えてくれ、レヴィール!」
静寂、沈黙。
風の音に遠雷だけが虚しく響く。
背後では呆気にとられた青髪の少女の気配。
だが、操は大真面目だった。
「僕にとって
「待て、待て待て待て! ええと、お主は」
「僕の名は勲操、操でいいよ」
「うむ、操……お主、その、童貞かや?」
「勿論! 当然だよ!」
「そ、そうか……で、これから、その――」
「僕は、心から愛し合える女性以外に、童貞を捧げるつもりはない!」
レヴィールは、ぐらりとよろけて顔を片手で
そして、ぷるぷると震えながら深呼吸をして自分を落ち着かせている。
心を通わせておらぬ相手には、義理は立ててもナニは
勲操には決意がある。
童貞を守ること、そして本当に愛し合う女性に捧げること。
それは絶対の誓いだった。
だから、裸であれなんであれ、女性に
そのことを伝えたら、レヴィールは大きな
「……つまり、お主は、あれか。心底好いて将来を約束したおなごとしか……その、え、ええと……ゴニョゴニョせんということか」
「勿論だよ! 僕は愛のある子作りしかしないし、子をなさない子作りなどしない!」
「そ、そうかや、それは立派だのう……はぁ。ううむ、困ったのう」
レヴィールは操を見て、その後ろの褐色の少女を見た。
そして、大きな溜息を一つ。
そのあとに彼女は、心底呆れたような声ではっきりと告げた。
「ここはアスティリアと呼ばれる、お主のいた場所とは
「構いません! 童貞より大事なものなんて……って、え? ええーっ!?」
操は絶句し、レヴィールを見詰める。
レヴィールは真顔で一度、大きく頷いた。
嘘を言っているようには思えない。そして、徐々にだが先程の記憶が脳裏に蘇ってくる。このアスティリアと呼ばれる異世界にへと召喚された、あの瞬間を。そしてそのあと……レヴィールと一つになることで、自分がなにをやらされたかを。
それは、童貞を守る
操は今、重魂として魔法処女に召喚された自分のことを思い出していた。
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