第47話 叔父の名前はバルク

「あの…………」


 俺たちが手裏剣を真剣に折っているとき、ドラジェさんが声をかけてくる。


「やっと解凍したか。ドラジェ」


 ジェードさんはいつものこと、みたいにドラジェさんに突っ込んでいる。ドラジェさんは思考の渦に陥ってしまうことが多いのかな。


「穢脈の仕組みについてはおおよそのことがわかりました。穢脈全てを滅ぼすことは出来ませんが……」



 そしてドラジェさんは、あっ、と小さく声を出す。


「忘れていました。ジェード。ここにあれを呼ぶことはできますか?」

「うん、いつでも。アンタがいつ気づくか待ってたよ」


 苦笑しながらジェードさんはパチンと手を鳴らす。そこに現れたのは……



「ふんっ! この姿でお前たちに会うのはこの前ぶりだな!! あおっ!」



 ……ケツプリさんであった。

 その姿を見た彩友香は、俺の後ろに隠れる。勇者トレーニングの記憶がまだ新しくて過酷だったことを思い出したのだろう。


「なんだ、おっさんかよ。俺はてっきりよー」


 ミカゲががっかりした声を出す。が、ケツプリさんの後ろから小さなショートカットの子が姿を見せる。



「さ、彩友香さま……っ」

「桔梗?」


 おそろいの髪型になった彩友香と桔梗はぎゅっと再会を喜んで抱きしめ合う。



「穢脈でケツプリ様の叔父……バルク様が殺されたときから、穢脈の存在については知っていました。そして、そこで龍族がダメージを受けてしまうとあっさりと死んでしまうということも。だから……」


 ドラジェさんは桔梗の身体が雌雄同体なのを知っていた。雌の状態では魔力がほとんど無く、雄の状態になったときに爆発的な魔力を発現させることも。


「強い穢が現れるとき、雌雄同体の子が生まれるのです。古い文献から穢を倒す方法を調べていて、この子に行き当たったのです」


 穢脈で消滅したのは、桔梗の片割れ……つまり雄のほうだった。それで残った雌のほうは龍脈へと戻り、怪我を癒やして俺たちを待っていたようだった。

 あれだけ長かった桔梗の髪の毛は、半身がいなくなったときに一緒に持って行かれたらしい。

 龍にとっての魔力の源である髪の毛がなくなるのはしょうがないんだろうな。



「よかった……! あたしはてっきり……」

「大丈夫です。もう魔力はなくなっちゃって、土地神としての役割は果たせませんけど、その分自由ができました。だから」


 彩友香さまをこれからずっと、お守りします。

 と桔梗が言った。


「いいでしょう。龍族の長としてあなたにはその勇者が生きている間の限定ではありますが、自由をあたえましょう。そしてしっかりいろいろな土地を見、勉強してくるのですよ」

「ありがとうございますっ!」



 ドラジェさんの隣で話を聞いていたジェードさんがニヤリとし、


「あんたも随分貫禄が出てきたね。ふふっ」


 そんなドラジェさんはジェードさんをじろりと睨み、


「もう、貫禄ではなくて威厳と言ってください。ジェード」



 そんなやり取りをするドラジェさんとジェードさん。それとケツプリさんに別れを告げ、俺たちはからくり屋敷の隠し部屋へと戻った。



「あの、みんなに話しておきたいことがある」


 彩友香は隠し部屋の中で、彩友香の秘密を話してくれた。

 俺は真っ暗なこの空間では顔がまったく見えないので、スマホを取り出してとりあえずの明かりにする。

 ちょっとした怪談を話すような雰囲気ではあるけど、タローの魔法が使用不可になったのでしょうがないよね。



「鬼武帝との戦闘中に『かよちゃん』って出てきたのを覚えてるべ?」


 かよちゃん……本当に怪談になるのかな。


 俺はそう思って、なぜか背中のさらに後ろがひんやりしてくる感覚を覚えた。なので、ちょっとだけミカゲにくっついた。

 じろりとミカゲに睨まれたけど、怖いものは怖いよ!



「かよちゃんは小学校からの親友だったんだ。中学に上がってからかよちゃんちの親が離婚してさ。それから悪い仲間と付き合うようになった。あたしは止めたんだけど、それがどうもかよちゃんには気に入らなくてさ」


 急速に疎遠になって中学2年になった頃、トラブルを起こしたさよちゃんはそれから1人でいることが多くなったようだった。


「中学校の屋上でかよちゃんを見かけてさ、声をかける勇気があたしにはなくてその姿を見ていたんだけど……」


 言いよどむ彩友香。

 そんな彩友香の背中をそっと撫でる桔梗。



「ごめんね。暗い話で。でもあの頃から異変があったんだ」


 抜けるような青空の屋上が急に真っ暗になり、屋上の柵から下を見ると、穢脈のようなものが渦を巻いていたらしい。

 かよちゃんは「待ってた、わたし……行くね」と彩友香に言い、そのままその黒い渦の中に飛び込んでいったのだった。


 それをつかもうとした彩友香は、間に合わなかった。


 居なくなったかよちゃんは、それからどこかの男に付いて都会にでも行ったんだろうという噂が流れただけだったそうだ。


「だから、あのときの鬼武帝はかよちゃん本人だったんじゃないかな、と思ったんだ。っていうか鬼武帝になったのはかよちゃんなんだろうな、と思ってる」



 ふう、と息を吐いて彩友香は一旦話を区切る。


「かよちゃんと仲良かった男子が、あたしにストーカーするようになったんだ。穢脈でかよちゃんが「わたしがけしかけた」って言ってたけどさ、あの言葉は……嘘だよね。嘘って信じていいんだよね……」


 ポロポロと涙を流す彩友香。

 スマホの明かりだけなので、あまり顔が見えないところで彩友香の泣き顔を直視しなかったのは幸いだった。



「申し上げますが、彩友香さま。あのときの鬼武帝はきっと、彩友香さまの憎しみを引き出すためにわざと言っていたと思いますよ。巫女を憎しみに染めることによって、穢に変容させることは容易いですから」


「うん。俺もそう思うな。それにかよちゃん自身が滅ぼされた場合、悪を一手に引き受けて、彩友香の悩みも一緒に持っていこうと思ったんじゃないかなと思う」



 たぶんかよちゃんは未だに彩友香がストーカーの被害にあっていると思っていたんだろう。だけどもうその被害は終わっていて、次のへんな奴が来たけどさ。


「かよちゃんは優しい人だったんだね」


「ううっ……」


 それから彩友香はひとしきり泣いて、それからすっきりした顔で隠し部屋を出た。


 その目はなにかを決意したような目だった。

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