第46話 覚えていない、飲み会

 どうやら、タローのリュックにしまっていた天女の羽衣が元の世界へ戻る道になったようだった。

 大殿の中のきらびやかな祭壇はそのままだったけど、両脇に立っている木像のお面が両方とも割れていて、声を発することはなくなっていた。


 大殿を出ると、晴れ晴れとした空と冷涼な空気が流れていた。



「終わったんだね。全部」


 青い空を見上げて、彩友香がポツリと言った。



  *



「和哉ぁ。そろそろ朝飯だぞ。起きろ」


 ミカゲは珍しく俺より早く起きて、俺を呼んでいる。どうやら昨日は任務が終わったあとの気の緩みで、かなり深酒をしてしまったようだった。


「ん――まだ寝てたい……」

「じゃ龍脈に行ってくるけど、和哉だけは留守番な」


 うわあああ! それは勘弁。

 ガバッと起きる俺をニヤニヤと見つめるミカゲとタロー。なんであんなに飲んだのに2人とも平気なんだよ。



 桔梗が黒い龍に体当たりをして、残っていた影は消え去ったけど、同時に桔梗も消えてしまった。それで彩友香は龍の巫女としての力を失ったらしい。

 下山したときに彩友香は自分の力を失ったことに気づき、俺たちにそれを打ち明けたのは千波医院の玄関が見えてきたときだった。


「忍術を使っても、効果が出ないんだべ」

「あ、ボクもリリスたんに変身しようと、先程からトライしているんですが出来ません。ど、どうやら穢を倒してしまうと魔法は封印されてしまうようです。以前のときもそうでしたし」


 俺は以前に魔王を倒したあと、無気力になって魔法を使おうとは思わなかった。でもタローは何度かリリスたんに変身しようとしたらしいが、無理だったようだ。


 それは穢の結界の影響があるのかもしれない。




「あ、和ちんおはよー」


 千波病院の居間へ行くと、ショートカットになった彩友香が挨拶してくる。昨日帰ってからすぐに、近所の元とこやさんのばあちゃんにカットしてもらったらしい。


「昨日はあたし、記憶がなくなっちゃったんだけど、変なことしてなかったよね?」


 ん?

 あれ……? なにかあったようななかったような。

 まったく俺も覚えていなかったので、気にしないことにした。


「さあ、なにかあったとしても俺も忘れてる。だからなかったことにしようぜ」

「ん、りょーかい。そろそろご飯だからさ、ミカゲっちとタロっちも起こしてきて」


 おお、タローがタロっちに変わっている。

 少し彩友香も、タローの魔法がデキるということに気づいたのかな。



 俺はミカゲとタローを呼びに部屋へと戻る。


「おう、彩友香となにか話したか?」


 ニヤニヤとしながらミカゲが言う。


「普通に挨拶したあと起こしてきてって言われただけだけど……昨日なにかあったっけ? さっぱり覚えてない」

「……おい、ひょっとして2人とも覚えてねーのかよ」


 なんてこったい、な格好をミカゲはしている。

 タローに昨日のことを聞いてみるも、


「ボクの口からはそんな……いやらしいことはいえません、はい」


 と断られてしまった。

 くそっ、気になる……特にいやらしいっていうのが気になりまくるが、この2人はこの状態になったら、もう昨日のことはしゃべらないだろう。


「覚えてないことはなかったことにしよう! さー早く行こうぜ」


 やけっぱちになって、俺は放置することにした。どうせ聞き出しても、ものすごく恥ずかしい内容なんだろ? きっとそうだ。




 俺たちはからくり屋敷の隠し部屋に来た。

 彩友香が苦無を持って忍者のポーズを取る。それが合図となり、俺たちは龍脈内に入った。龍脈内ではドラジェさんとジェードさんが待っていた。


「お疲れ様でした。鬼武帝を滅ぼしたのですね」


 ドラジェさんは全て知っていたようで、俺たちをねぎらってくれる。特に彩友香に対して慎重に声をかけているようだった。


「ドラジェ、とりあえずコーヒーでも飲んで話そう」

「あ、そうですね。すみません。流儀を知らなくて……」


 ジェードさんに促され、俺たちはジェードさんのアトリエに場所を移すことになった。ジェードさんがパチンと手を叩くと一瞬でアトリエに移動する。

 そこは以前と変わらず、ごうごうと燃えさかる釜と、簡素なテーブルが置いてある部屋だった。



「久しぶり。ここのアトリエは落ち着きますね」


 ドラジェさんは以前からこの場所が好きで、龍族の長をやる前にはよく遊びに来ていたらしい。


「す、すごいところだべ……」


 キョロキョロとアトリエを見回す彩友香。いろいろな薬剤や鉱石が転がっているこの部屋は、やっぱり不思議と落ち着くところだった。


「まあ部屋を見回すのはそのぐらいにして、コーヒー淹れたから席につきなよ」


 ジェードさんが手際よく俺たちにコーヒーを配る。

 ついでにちょっと顔を赤くしながら「つ、作ってみたんだけど食べて」とチーズケーキを差し出される。その味わいは繊細で、苦味のあるコーヒーによく合っていた。


「お、おしゃれだべ……」


 彩友香は感嘆しながら、恐る恐るチーズケーキを食べて「ん――!!」ととろけるような顔をしていた。


「ジェードは昔から器用で女性らしいですわね。わたしはこういうことは全て捨ててきましたから……少し羨ましいです」


 ドラジェさんもチーズケーキを食べながら美味しいと感想をもらしていた。



「さて、お話ですが」


 と落ち着いたころにドラジェさんは話し出す。


「穢脈に入ってきたとのことですが、どのようなものか教えていただけますか?」


 俺たちはかなり深い地の底に穢脈があったということと、脈とは言うが丸いドーム状だったことを話す。そしてそこには人の悪意が満ち溢れていたということも話した。


「そうですか……」


 少し考えるようにドラジェさんは黙りこくり、その間俺たちはコーヒーを啜っていたのだが、ジェードさんから武器の使い勝手についてあれこれと質問される。


「なかなかフィードバックされないものだからな。非常に君たちの意見は参考になるよ。助かる」


 武器らしい武器を携えるよりも、おもちゃにみえるようなものや日常品を武器にする方法をいろいろと話し合う。


「手裏剣がとても良かったです。アレは普通に持っていたいべ」


 彩友香が物騒な発言をする。

 それに対しジェードさんは、彩友香に折り紙で簡単に手裏剣が作れることを教えていた。面白そうなので、俺たちもそれを覚えることにした。

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