第8話 忍成村役場
「こ、これを持っていって!! い、戦になるかもしれないから!」
彩友香が俺に小ぶりのハリセンを渡してくる。ハリセンの持ち手にはガムテープが貼ってあって持ちやすくなっているが、うっすらと『2014年カレンダー』と見えている。……すごくお手製ですね。
「あ、ありがとう……」
必死な顔つきの彩友香に気圧されて、俺はハリセンを受け取ってしまった。
ミカゲは1mぐらいの細長い袋を、車の後部座席から出してきて背負った。袋の脇にはナシックスと入っているから、野球のバットでも持ってきたのかな。
そして俺たちはハリセンじいさんと彩友香に挨拶をし、病院を出る。古びた看板には『
「くっそ、ここから徒歩になるとはなぁ。上着持ってこなかったからさみーぜ」
つなぎの作業着だけのミカゲ。
俺は一番上に来ていたジャンパーを脱ぎ、ミカゲに貸す。
「お、ありがとよ。厚着が役立ってんじゃねーか」
ミカゲが俺の姿を見て感心したように言う。そりゃそうだ、俺はジャンパーの下にダウンジャケットを着ていたんだから。
どやっとした顔になりそうだったが、シアンに「顔がたるんでるぞ」と言われそうだったので、表情も気持ちも引き締めた。
役場へたどり着くまでに、千波医院から歩いて20分近くかかってしまった。
直線距離ならかなり近いはずなのだが、細かい路地が入り組んでいて、途中で道を尋ねる人も居なかったので、無駄に歩き回ってしまった感じである。
「やっとついた……でもやっぱり村の人は誰もいないような感じだよね」
「だなぁ、昼間は農作業なんかで忙しいのかもしれねぇな」
役場の門前で、ミカゲは携帯灰皿に吸っていたタバコを押し込んだ。
「あー、自販機でもあればなー。タフマン成分が足りねぇよ」
「またタフマンかよ。アレは鼻血が出るから刺激が強いよ」
「バカ、それがいいんだよ。力出るだろ?」
とミカゲと軽口を叩きながら、目の前の役場の様子を伺う。
玄関の扉はぴっちりと閉じていて、窓から見える中の様子は真っ暗であり、電気のついていない状態である。
「うーん、まだ庁舎が開いている時間帯なんだけどなぁ」
時計をみると午後3時半。
麻酔で眠ったわりには時間がそんなに経っていなかったのね。
「まあ、玄関まで行ってみようぜ」
うん、と俺は返事をし、庁舎内に入る。
狭い庁舎で駐車場もなく、すぐに玄関に行き当たった。
玄関の扉を押すと、ギギィ、と古びた音がして扉が開く。
「何か、用?」
中には1人の女性が居た。ひっつめ髪で四角く薄い形のメガネをかけている。
年齢はおおよそ40代だろうか、みよちゃんより年上である。
「あ、あの、俺は鈴成和哉って言います。以前に勇者の依頼をされましたよね?」
うん、俺も勇者と名乗るのがうまくなったもんだ。いきなり「勇者ですけどぉ」じゃドン引きされたときのダメージが計り知れないからな。
「あ、そう。なんかあんたんとこの課長……だっけ。寮を用意しろだの、フザけたことを言ってたから、断ったはずだけど?」
う、話が違う。
というかこのおば……女性の見た目は真面目な印象なのに、話すとものすごく不良くさいというか役場職員らしくないというか。
女性は胡散臭い目で俺たちを睨んでいたが、俺たちがなかなか去らないことに呆れたのか目の前のノートパソコンに目を落とし、不満そうにキーボードを叩き始めた。
「おい、どうするよ。ここに立ち尽くしててもしょうがねえ」
小声でミカゲが言ってくる。
じゃあひとまず帰ろうか、と俺がミカゲに言ったところで、奥の部屋から恰幅はいいが、背がタローより小さい球体のような男性が出てきた。
「あれー? ひょっとして勇者さん? マジで来たんだぁ」
脂ぎった頭と脂肪だらけの顔。近づいてきたその男は、なにか酸っぱい匂いを撒き散らしながら俺たちの前に立つ。……タローより数倍汚い男だ。
「どうもはじめまして。僕は
ははは、と死んだような口調で俺はサクヤと言われる男に合わせた。なぜならさっきの女性よりもサクヤのほうが話がわかりそうだったからだ。
ミカゲはサクヤの自己紹介を聞いた時点で、会話をすることを諦めたようだ。
ポケットからマルボロを出し、吸い始める。
「あっ、タバコを吸うなら奥の会議室でお願いしまーす。ついでに僕の話も聞いてもらおうかな、グフッ」
ミカゲを殺しそうな視線で睨んだおば……女性に見送られながら、俺たちは会議室と呼ばれた2帖ほどの狭い部屋に入った。
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