第32話 誘拐
「とりあえず傷を癒やします。癒やせば気がつくでしょう」
診察台の上の源蔵じいちゃんに、桔梗が力を行使する。
暖かな蒼い光があふれ、源蔵じいちゃんの右手と身体中の細かな傷はあっという間に元通りになった。
「彩友香さまを早く助けに行きたいのですが……」
そわそわする桔梗を俺はなだめる。
「今飛び出していっても無駄足になるだけだ。源蔵じいちゃんに話を聞いてからでも彩友香を助けにいくのは遅くないよ」
「だな、それに彩友香も一応武装したままさらわれたわけだし、一方的にやられちまうことはねーだろよ」
あのとき、彩友香の気持ちを考えて1人にしてしまったのはまずかった。
源蔵じいちゃんに怒鳴られてもしょうがない、これは俺の失態だった。
まんじりと源蔵じいちゃんが目覚めるまで待つ。
「おお、お前たちか……彩友香は茶色い髪のストッカーにさらわれたのじゃ。それと手下には大きな黒い虫がおったなぁ」
あぁ、あのポークビッツ君とサクヤか。というかストッカーじゃないが……まあいい。ツッコミを入れている場合じゃねぇっ。
「源蔵さん、彩友香を助けに行くので、どちらの方向にさらわれたのか教えていただけますか?」
力なく源蔵じいさんは言った。
「北の山の方向に向かっていったようじゃ。わしは……」
そう言うと、源蔵じいちゃんはスウッと眠ってしまった。
ミカゲは扉の脇にある鍵を掴み、俺に渡す。
それが、これからの戦闘の合図だった。
「……よし、始めよう!」
俺たちは源蔵さんを寝かせ、きっちりと戸締まりをして千波医院をあとにした。
医院を出ると、手にナタを持ったハンター会長、いや幸一さんに会った。
「おう、なんかえれえことになってんな」
近づく影を鮮やかに幸一さんは斬っていく。斬られた影はぐずぐずに崩れ、足元に溜まって黒いスライム状態になった。
「まあ、この影も一度殴ればしばらく動かなくなるからな。ばあちゃんたちも鍬で参戦して頑張っとるわ」
「源蔵じいちゃんが今医院で寝ています。俺たちは彩友香を助けに行きます」
幸一さんは、源蔵さんがポークビッツに襲われていたところや彩友香が連れ去られたところを一部始終見ていたようで、
「あいつらは影と違って不可思議な技を使うぞ。十分気をつけてくれ」
と猟銃を俺たちに手渡そうとしたが、それは丁重に断っておいた。
だってものすごく物騒だし、扱いに慣れてないし。
その代わり、俺たちは医院の鍵を幸一さんに渡した。
気をつけてください、と幸一さんに言い俺たちはそのあと北の山へと向かう。
「がんばってな」
「みかんでも持っていきなさい」
「フ、俺の愛銃、持っていきな」
「これはホエーじゃ。力がつくから持って行きなさい」
「精のつくジュースじゃ! こりゃたまらんぞ! 持っていけ!」
忍成村のおじいさん、おばあさん総出で、俺たちはいろいろなお供物……いや激励品をもらった。
たぶん、桔梗が鎮守神さまの像にそっくりだったのもあるんだと思う。
これから長期の戦闘になるかもしれないので、この食料品などは非常に助かった。
ちなみにその激励品は、タローがひとまとめで持ってくれるそうだ。
「ぼ、ボクはこうみえても、脱いだらスゴいんですよ」
ああうん、リュックの背負いコブはすごそうだよね。
タローはそのあとに、即売会では40kgの荷物を背負いましたとかなんとか話していたけど、影がやたらといたので適当に相槌を打っておいた。
「鬼武帝の社は全部で5つあります。北の山のふもとに2つ、中腹に2つ、山頂に1つだそうです」
桔梗が詳しく説明してくれる。
北の山から立ち上る鬼武帝の気が、ちょうどその位置にあるそうだ。
魔力チート桔梗、すごいぜ。
「じゃあまずふもとの2つ。さっさと壊していこうぜ」
「だね。そこに彩友香がいるかもしれないし」
以前に玉三郎さんに聞いていた、木材がてきとうに組み上がった社にやってきた。
そこにいたのは、一人の美しい女性だった。
「あんらやだ。もう来ちゃったのかえ」
11月なのに、その女性は天女のような薄衣をまとっていた。寒くないのかな?
俺はそう思ったけど、ミカゲとタローはなぜか目がハートになっていた。
「おい、すげえ色っぺえねえちゃんだな……」
「あ、あんなものすごい格好は、ボクには刺激が強すぎます。で、でも見ちゃうっ」
なぜか俺と桔梗は、その天女さまからはなにも感じられなかった……いや、天女のからだからは、禍々しいどす黒い紫色の気が発せられているのが見えた。
俺と桔梗に誘惑術が効かないのがわかったのか、その禍々しい天女は、唾棄するように俺に向かって言った。
「ふん、あなたたちはホモなの?」
「う、うるせぇ! 人よりちょっと性欲が薄いだけだ!」
つい反応してしまった。……ていうかホモじゃねーよ!
「まあいいわ。ここで2人の可愛い子を弄んで、骨抜きにして……あ☆げ☆る!」
ミカゲとタローが危ない。
俺は花酔扇を思いっきりその天女に振り下ろす。
スパ――――――ン!!!!!
よし、この手応え……決まった、よな?
「痛ったいわねぇぇぇ!」
思いっきり俺を睨む天女。ちょうど花酔扇をぶつけたおでこの辺りから、ピキピキとヒビが入っていく。
「う……ああ! や、やめて!!」
天女の顔が、パキ――――ン! とガラスの割れるような音を立てて割れた。
「ひえっ……!」
俺は、情けないけどその顔を見て、悲鳴を上げてしまった。
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