第33話 天女

 綺麗に化粧した天女の顔が割れ、現れたのは……老婆の顔だった。


 ボン・キュッ・ボンなピチピチでモチモチボディーに薄衣を着た天女の姿で、顔だけが老婆。悪夢である。


 桔梗は、戦闘自体が初めてのようで、身動きひとつ取れていない。



「だって、怖いですよ……」


 いやあのさ、見た目がちっこい桔梗ならまだしも、魔力チートで細マッチョになってるなら、もうちょい戦えてもいいんじゃね?

 ていうか実践形式で、桔梗とも戦闘の練習をしておけばよかったァ――――!


 そんな後悔をしつつも、俺は老婆天女に向かい合う。



「もう少しで……若い精を吸いまくりだったのにいいいい、うおおおお!」


 俺を素通りし、老婆はタローに飛びかかった。


「き、貴様の精はものすごく強い。だから喰わせろおおお!」


 タローは身動きせずに、うっとりと老婆を抱きしめる。

 嗚呼、此れ以上、見たくなひ。


 タローと老婆から俺が目をそらしたとき、コンパネが組み合わさって、適当に釘が打ってある貧相な社が見えた。



 はっ! そうか!



「なあ、桔梗に頼みがある。早くしないとタローの精が食い尽くされるから、その前に……社を壊す!」

「わ、わかりました……!」


 老婆はタローをいろいろと貪っていて、こちらには気づいていない。

 ミカゲはそんな老婆とタローのやり取りをぼーっと見ているだけだった。


 だから今がチャンスだ。


 俺と桔梗は出来るだけ音を立てずに、社の後ろからコンパネをベキベキと剥がしていく。釘は本当に見た目だけで、俺が小さな声で「トンファーキィーック!」と言って蹴りを食らわすと、あっという間に社は崩れてしまった。



「ギャアアアアア!!」


 社が崩れた直後、タローにのしかかっていた老婆が苦しみだす。

 そしてみるみるうちにボン・キュッ・ボンなわがままボディーは、萎びた干し柿のように変化していく。

 そして、タローの上でいろいろな意味で、果てた……かのように見えた。


 そして老婆から黒いもやのようなものが現れ、そのもやは北の山の頂上あたりに向かってふわふわと流れていった。


 タローの上に覆いかぶさっていたのは、2回りほど小さくなったおばあちゃんだった。たぶん話に聞いていた脅威の肉食系女子(94)のウメばあちゃんだろう。



「……いったい何が起きてたんだ。俺、一瞬だけ薄着のオネーチャンだらけの飲み屋にいたみてーだったけど」


 どうやらミカゲは正気にもどったようだった。



「ちょ、ちょっとボク、どうなってるんですか?」


 モゴモゴと、ウメばあちゃんの下敷きになっているタローが動く。その刺激によりウメばあちゃんも気づいたようで、起き上がりガタガタ震えだしたので、俺のコートを手渡す。

 そりゃ11月の外で、天女の格好はないわー。



「ありがとうな、助かったわい」


 ウメばあちゃんはさっきの黒いもやと一緒に、いままでの激しい肉欲も抜けたようで、普通のいいばあちゃんに戻っていたようだった。


「ここから家まで、戻れますか?」

「うーん。ここはどこなのじゃ? 出来れば家まで送ってもらうと助かるがのう」


 キョロキョロとあたりを見回すウメばあちゃん。

 源蔵じいちゃんぐらいなら1人でも山を降りることはできそうだが、ウメばあちゃん1人だと危ないだろう。


「しゃあねぇ、送ってくるしかねぇな。時間はかかっちまうかもしれないが、俺たちが分散するほうがこえーぜ」

「彩友香が心配だけど、そうするしかないか」


 ウメばあちゃんに歩いてもらうと時間が掛かりすぎるので、ミカゲがウメばあちゃんを背負ってくれた。そして高速で山を下る。


「おうおめーら、おせえよ」

「ハヒ! ハヒ! ハヒ!」


 タローがなにか言いたそうにしているけど、息切れがすごくてなにも言えてない。俺と桔梗は普通に走っているが、それでもミカゲには追いつかない。どうなってるんだ、ミカゲの体力って。


「龍族トレーニングだよ。それと日々の仕事量も違うんだぜ!」


 動いているミカゲはテンションが高くなっていた。やっぱりからだを動かすのは楽しいのかな。



 あっという間に山を降り、からくり屋敷にいたおばあちゃんにウメばあちゃんを頼むことにした。ゴールドパスはなかったけど、快くウメばあちゃんを預かってくれてよかった。


 そのまま、俺たちはさっきの社までとんぼ返りする。

 タローが途中でバテそうになったけど、ミカゲも俺もタローの尻を叩きながら山を登らせる。


 社に戻ったら、社の前にはウメばあちゃんが着ていた布的なものがあった。

 あまり触りたくはなかったけど、


「この布はわたしが持っている魔力とは違うものですが、力が篭っています。なのでなにかに使えるかもしれません」


 桔梗がそんなことを言い出したので、タローに回収してもらうことにした。

 あ、そうか。タローに荷物をもたせてたのをすっかり忘れていた。あんな重たいものを担いだまま山を往復させたのは、悪かったかな。


「い、いえ、いいんですよ。ちょっとボクも体力を上げないといけないと思っていたところですし、り、龍族トレーニングよりはきつくないですから」


 とかっこいいことを言ってくれた。タローなのに。



 社は壊れ、そこから上に行く道が現れた。

 どうやら社の影に道が隠れていたようだった。


「上に、行くようですね。彩友香さまの気がここの道から行ったところにありそうです。それにねっとりとした悪意の固まりのような気が流れてきます」

「……なんか鬼武帝の手の上で転がされている気になるな」

「うん、ペースが相手側で、罠にかかる気がするけど、進むしかない」



 俺たちは壊したウメばあちゃんの社を乗り越え、山を登る道を進むことにした。

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