第34話 影斬
次の社が近づいてきたのか、そこらじゅうから果物が熟したような甘い匂いが立ち込める。上を見上げると、見慣れない木の枝に細かな黄色の花が付いている。
「なんか酔っちまう匂いだな。発酵してるっていうかよー」
濃密な甘い香りは、腐り落ちる前の果物が発するようなものに似ている。その香りが上の木の花から撒き散らされているようだった。
次の社は、社の建つ広場全体がその花で黄色に染まる中にひっそりと建っていた。
赤い屋根に花と同じ黄色の、うすいベニヤ板で出来た社だった。
壁が両脇にしかなく、正面からみる社は後ろの景色が丸見えなのだが、黄色の花で染められていて、社はすごく大きな家の玄関のように見えた。
「匂いで頭が痛くなってきたよ」
俺が言うと、桔梗は薄目になり魔力を探った。
「この花の匂いは……魔力がうっすらと含まれています。和哉さまたちのステータスを確認してみてください!」
慌てて桔梗が言う。
なので俺たちもスマホを出し、自分のステータスを確認してみる。
『状態異常:エサ』
「エサってなんだよ!」
大声で思いっきり俺はツッコミを入れた。
久々にツッコミをシャウトできたので、とっても気持ちがよかった。
その俺の声に反応したのか、社の裏にある木がガサガサ、と音を立てて、そこから1人の人物が現れた。
「ハハッ! 待っていたよ!」
現れたのはまん丸い脂ギッシュな奴……サクヤだった。
サクヤは以前の、星空のスーツを着ていた。が、この景色の中では果てしなく似合わない。だけど、本人はものすごく満足そうだった。
「僕さぁ、鬼武帝さまと知り合って、本当に良かったと思うよ。だって欲にまみれても、それが悪いことじゃないっていうか、むしろ……鬼武帝さまのちからになるんだからね。サイコーだよ!!」
そうか……。
さっきのウメばあちゃんは性欲のかたまりだった。
そして今回のサクヤは、俺たちのステータス異常や、サクヤの体型からも食欲だとわかる。つまり色欲、食欲、残りは睡眠欲と名誉欲、それと金銭欲だったかな。
たしか仏教の五大欲とかいうやつ。
それになぞられているんだと思う。
「わかったぞ……」
「ハハハッ、なにがわかったんだよ! 貴様らはここで俺のエサになるんだよ!」
そう言うとサクヤはあたりにいる黒い影を吸収し、あの夜にみた……巨大なゴキブリに変身した。
「うへぇ、デカいと気持ち悪いな。だけどやるしかねぇ」
そういってミカゲは肩に担いでいた五芒戡を取り出す。
俺も花酔扇を構え、タローもステッキを持った。
そのとき、俺たち3人は一瞬で社の中に移動してしまった。
「ハハハハッ! 君たちはエサだから、そこの場所に縛られるのさァ!!」
社の中は簡素なつくりを見回す。これは……。
「そうか、こりゃホイホイだろ!」
ミカゲも同時に気づいた。
そうだ、これはゴキブリが好むホイホイである。そして俺たち『エサ』のステータス持ちはここの社の中に閉じ込められる。そんな効果だったのか。
なにげに嫌過ぎるな。
「ソニックアタ――ック!!!」
気持ち悪い大きなゴキちゃんのサクヤが、気持ち悪い声でなにか必殺技の雄叫びをあげる。そして俺たちのいる社の中に高速で飛び込んでくる。
「よっしゃ、いっちょカマシたる!」
ミカゲがバッティングのポーズを取り、そして、巨大ゴキブリが飛び込んできたと同時に思いっきり五芒戡を振り切った。
「ギャアアアアア!! い、痛いよ!! エサの分際でェェェェェ!!」
ミカゲの五芒戡はサクヤにヒットし、そのゴキ顔は若干変形している。ええ、気持ち悪すぎます。だけど、ダメージはあまり受けていなかったようで、羽をひろげ間を開けるサクヤ。
その先には、細マッチョだけど、ガクガクと震えている桔梗が居た。
「わ、技を思い出しました。なので、わ、わたしが倒します!!」
桔梗だけが、俺たちみたいに社の中には閉じ込められていない。なので自由に攻撃が仕掛けられるはずだ。だが、回復と護りしかないんじゃなかったっけ……?
サクヤを目の前にして、目をつぶり妙な呪文を唱える桔梗。右手のあたりが淡くひかったかと思うと、一振りの巨大な鎌が現れた。
「
その鎌に桔梗がなにかお願いすると、サクヤのソニックアタックよりも素早いスピードで移動し、桔梗はサクヤを両断する。
「グ、グエエエエエ!!」
巨大ゴキブリが……吐いた。
「うえ――! ひどい戦いすぎる!!」
俺はエサであるのを忘れ、呟いた。
そして玉ねぎの皮が剥けるように薄くて黒い皮が、巨大ゴキブリからパラパラと落ちて、最後に人間の姿に戻ったサクヤが残った。どうやら倒れていて、気を失っているみたいだけど。
「今、状態異常を解きます。ちょっと待って下さい」
桔梗が影斬を一閃させると、あたりの木に咲いていた黄色の花がパラパラと落ちていく。落ちた花は雪が溶けるように消え、11月の景色に戻った。
「よっこいせ!」
ドカッ!!
ミカゲが社を蹴る。グラグラと軋む社は次第に斜めになり、崩れようとしている。
「ちょっ……!」
「う、うわわわっ!」
ミカゲが一足先にホイホイを抜け、そのあと俺たち2人が出たあと、社は斜めにバタン! と倒れてしまった。
最後まで、ゴキちゃんホイホイのような社だった。
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