第13話 シアンとの通話

 夜中、とはいえ夜9時だけど、トイレに行った帰りの診察室に、俺は1人で居た。


 夜は外に出るな、とじいちゃんからのお達しがあったので、1人になりたいときは夜の診察室だろうなと思い、居間から繋がっている診察室へ来たのだが、雰囲気がめちゃくちゃ怖い。


 だが、俺は勇者である。ピカピカに磨かれたメスや鉗子などが古ぼけたガラスの棚に入っているのを眺めながら、気合を入れ直す。


「お、おれは勇者だぜ! ジャスティス!!」


 おもったよりボソっとした声になったことは、キニシナイ!

 診察室のガラスの玄関をみるとカーテンが引かれているけど、真っ暗なその先になにかがいそうで怖い。


 その怖い思いを振り切るように、俺は胸元のペンダントを出し、


「あ――あ――シアン、聞こえますか?」


 と話しかける。

 俺が話しかけたと同時に、ペンダントが柔らかく青い光を放ち始める。


「……スター、こちらシアン」


 よかった。シアンと連絡が取れた。


「シアン、元気だったか?」

「うむ、わたしは元気だ。マスターは大丈夫?」


 俺は役場職員がダメだったことと、千波医院に泊まっていることを話す。そして、ミカゲの車が動かせなくなったことを、恵奈ちゃんに伝えるように指示をする。


「恵奈、マスターとミカゲのことを忘れてる。おかあもあかねもみんなマスターのことを忘れてる。覚えているのはわたしだけ」


 ああ、そうか。

 忘れ去られる結界が張られているから、俺たちのことをみんなは忘れているんだ。



「シアンは俺のこと忘れてないの?」

「わたしは龍だ。龍族にはその結界の効果は現れない。それよりも……」


 シアンはこちらの龍脈の話をする。

 龍脈に入る地点が忍成村には1箇所だけあり、それは明日行く予定のからくり屋敷だそうだ。ただし、とシアンはその説明をしたあとに言った。


「龍脈を開放できるのはその地の勇者だけ。だからマスターが行っても龍脈は開放できない。その勇者が開放したあとなら、マスターも龍脈の中に入れる」


 なんでも、龍脈を開放する条件はその地に住んでいる勇者だけであり、その勇者が龍脈を開放したあとなら、一度龍脈に入ったことのある俺、ミカゲ、タローはドラジェさんやケツプリさんと会えるようだ。


「ってことは、シアンも龍脈に戻れば俺と会える?」

「それは無理だ。わたしが龍脈に戻る条件がマスターと一緒という条件」

「そっかー、残念だなぁ。でも……」


 それなら早くここの土地のトラブルを解決しなきゃな、とシアンに伝える。


「……マスターに早く会いたい」

「うん、俺もシアンに早く会いたい。やっぱりシアンが隣にいないと寂しいなぁ」


 ペンダントの宝石の光が、少しづつ弱まってくる。

 そろそろ通話のタイムリミットなんだろう。


「あ、そろそろ通話が終わるな。シアン、また明日」

「はい、マスター……」


 ふっと光が消える。

 唐突にシアンから『はい』と言われ、ちょっとだけ俺はドキッとしてしまった。

 そんな俺はシアンと会話した後、ほんわりとした暖かい余韻が胸に残っていた。

 そういえば診察室も怖くなくなっていた。シアンパワーすげぇ。




 部屋に戻ると、ミカゲは釘バットの持ち手部分のテープを巻き直していた。


「おう、和哉。長いトイレだったな」

「うん、大きい方だったし。って違うわ!」


 シアンと会話してたんだよ、とミカゲに報告する。

 そしてタローは押入れの中で、ポータブルDVDの中のリリスたんに釘付けであった。


「もともとテレビを見ねーけどよ、やっぱ本格的に見れないってなると見たくなるのはなぜなんだろうなぁ。それに酒もあんまりねーし」


 とはいえ、ミカゲの手には焼酎が握られていた。


「ああ、この焼酎はじいさんからもらったんだよ。寝酒ねーすか? って聞いたらくれた。和哉も飲むか?」


 俺はその申し出を丁重に断った。お酒はたまにしか飲まないし。


「酒よりさ、タバコの在庫は大丈夫なのか?」

「おう、それは大丈夫だ。車ん中に5カートンほど在庫があるからな。ってまあこの前の給料のときにまとめて買ったまま放置してあったから助かったぜ」


 全部で50個か、ミカゲは1日に2箱吸うって聞いてたから、逆算したら……


「一ヶ月持たないじゃん! どうすんのさ?」

「そこはあれだろ、俺たちでなんとか1ヶ月以内に解決する、でいいんじゃねーか?」

「あ、そこなんだけどさ……」


 シアンから貰った情報をミカゲに報告する。

 タローも一応呼んだのだが、リリスたんに釘付けのままだったので、まあいいかとあっさり諦める。

 どうせ「異世界が――!」とか騒ぐに決まってるし。


「うーむ。ってぇと勇者探しから始めなきゃいけねぇってことか。めんどくせーな」

「そうなんだよね。でも俺のときもそうだったけど、勇者は高齢の人じゃない気がするんだよね」


 根拠は非常に薄いけど、父さんは勇者になれずに俺が勇者になった。つまり、子供のいない人が勇者になれる条件なんじゃないかとミカゲに話す。


「てなると青年団の中に居た人か、まだ村内に残っている若い人になるよね」


 うーん、と2人で悩む。


「そういやさ、彩友香が言ってたけどよ、若いヤローどもはみんな村外に出ちまったってよ――――って、そうか」

「うん。それしかない」


 俺とミカゲは1つの結論に行き当たった。

 明日、それを確認しようということで、早めに寝ることにした。

 タローはDVDに夢中だったので、そのまま押入れのふすまを閉めておいた。イヤホンの音漏れもこれで少なくなるだろう。


「タロー、あんまり夜更かししないように。おやすみー」

「…………」


 返事がない。ただのタローのようだ。

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