第42話 穢脈

 タローの呪文で俺たちは互いに確認が出来ていたが、次第にそれぞれ全員が薄い金色に光りだした。



「これって……」

「龍族の加護です。もしも加護がなかったらこの世界では自我を保っていられるかどうか……」


 桔梗が言うには、この世界は人の怨嗟で溢れかえっている世界だそうで、この世界に入って闇に飲み込まれたら、村に湧いていた影と同じようになり、元には戻れなくなるらしい。

 村では影に取り憑かれても飲み込まれるというようなことは無かった。でもこの世界では影、つまり欲望や嫉妬、恨みなどの力が強くなっていて人間の自我はあっという間になくなってしまうらしい。


 ビュオオオと暴風が吹いているような音を立てて、真っ暗な中で何かが移動している気配がする。それは大量の影が渦巻いていると桔梗は話したが、俺には真っ黒すぎてなにもわからなかった。


「薄気味悪いところだな、ここはよ。なにも見えないってのが余計にいやになるな」

「方向感覚すらわからなくなってくるね。これだと」


 桔梗があたりを注意深く見回し、話す。


「……わかりました。ここは黄金郷ではなく、龍脈と対をなす『穢脈わいみゃく』と呼ばれるものです。龍族でここに入って戻ってきた者がいませんので、憶測ですが」

「じゃあ、龍族のように穢もここにたくさん潜んでいるのか?」

「いいえ。龍族はまとまって情報交換を事細かにしていますが、穢同士ではやり取りをしないはずです。でも……」


 こんなものがあったなんて……と桔梗はつぶやくように言った。



 俺は思い立って上を見上げる。

 俺の頭上のすぐ上には小さく光る星があり、いつの間にか持っていた針先は一定の方角を指し示している。


「こ、これは……」


 鬼武帝が持っていたと思われる針。そして頭上の星はあのブローチで、天と地を見極めるものなんだろう。

 みんなが俺の手のひらの上に乗っている針を見つめる。


「この方向に奴がいるんだべな?」

「うん。早く倒して……早くここから出よう。みんなで」


 俺たちはなにも見えない真っ暗な空間を、ただ歩き進めた。

 たまに苦しげなうめき声が聞こえてくるのが、地味にストレスがたまるな。


 次第に全員で早歩きになり、駆け足になる。

 幸い、強く龍族の加護がかけられているのか、俺たちは不思議と疲れなかった。



「あ、あそこ……!」


 前方にぼんやりと光が見えた。その光は紅く禍々しいものに見えた。

 近づくとそこには赤い鬼の面をかぶった1人の男性がいた。紅く光っていたのは手に持っている大きな剣。

 その男性は彩友香を見て言った。ちなみに俺たちはスルーである。



「やっと来たな。龍の巫女よ」


 その鬼武帝の言葉に、彩友香は抵抗を見せた。


「お、お前が村を混乱に貶めたんだべ! だから許せない!」


 彩友香の言葉に鬼武帝はフッと笑う。


「お前の気質はどちらかと言うとこちら側の人間なのだ。まあ、そう仕向けたのは俺なんだがな。お前が龍の巫女になる血筋なのは解っていた。だからあのとき影を仕込んだのだ。お前の魂が黒く染まるようにと。だからあのときのお前にはなにも影響がなく、周りだけがおかしくなっただろう?」



 彩友香は鬼武帝から「あのとき」と言われた瞬間、身体を硬直させた。

 そして、さらに彩友香は鬼武帝に追い打ちをかけられる。


「あのときのことは、ここにいる皆には話していないのだろう? また同じことが繰り返されたら、もうお前はダメになってしまうものな」


 愉快そうに笑いながら、鬼武帝は彩友香へと話す。

 対する彩友香は顔色をどんどん失い、手にしていた苦無を落としそうになるが、すぐ握り直して言った。



「ダメになんかならない。だって……」


 俺が彩友香の苦無を固く握った拳の上に手を乗せて包む。

 桔梗が彩友香の肩をポンっとする。

 ミカゲは彩友香の頭をぐしゃぐしゃとし、タローは彩友香のお尻を触ろうとしてミカゲと桔梗からツッコミという名の激しいパンチを受けていた。



「みんなは今ここに、あたしと一緒にいてくれるからっ!」


 きっぱりと強く、彩友香は鬼武帝の言葉を否定した。

 同時に彩友香から黒い影と金色の光が滲み出て、影を光が喰っていくように消えていった。



「あたしの過去も、貴様も……叩き斬る!!」



 そう言って彩友香は俺の手を名残惜しそうに離し、申し訳ない顔を俺に見せる。


「気にするなよ。帰ったら何度でも、誰とだって手を繋げるんだからさ。……今は奴を倒そう」


 彩友香は頬を桜色に染め、大輪の笑顔を見せて俺の言葉に力強く頷く。



「ありがと、和ちん!」


 彩友香はそれだけ言うと、姿がブレて一瞬で鬼武帝の目の前に移動する。そして、鬼武帝の胸を苦無で一突きした。

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