第41話 大殿

「彩友香を助けるために駆け足でここまできたけどさ、救出は成功したし傷のほうは大丈夫かな?」



 桔梗に彩友香の怪我がないかどうか聞く。



「お怪我はありませんでした。精神的な疲労が蓄積していたようです」

「ん、あの男は最悪だったべ」


 彩友香は散々ナルさんの自慢話を聞かされていたようだ。

 途中でダンゴムシの術を解除すると、彩友香の体中をナルさんがベタベタ触ってくるので、ずっと集中してダンゴムシの術をかけ続けていたらしい。



「あ――! しっかし疲れた。無駄な自慢話ばっか聞かされてるとものすごく疲れるべ。帰って寝たいけど……そうもいかないんだべ」


 彩友香はナルさんから鬼武帝に関することを、自慢話の合間に聞いていたらしい。その内容とは、鬼武帝と会えるのは朝の日が登る前の1時間だけということだった。


 方法は本殿の軒に下がっている板を5回叩き、鬼武帝から入室の許可を得ないと本殿の扉が開かないという仕組みでらしい。


 おおよその必要な情報を手に入れた俺たちは、夜が明ける前にこの社を出ることにした。



「じゃ、俺たちは行くけど、テメェは1人で朝になったら下山するんだな」


 そう言いながらもタローに、おにぎりと魚肉ソーセージをナルさん用に置いておくように指示するミカゲ。


「ま、死なれちゃ後味悪りぃしな。このぐらいでいいだろ」



 俺が着ていたウインドブレーカーを渡し、ナルさんはそのまま古い社に置き去りにしてきた。

 そのコートの下は全裸なので、暗がりの公園に現れる変態を彷彿とさせたが、


「ちょうどいいだろ。腐った根性は変態と一緒だからな」


 とミカゲは言い、服を1枚しかあげなかったわりには手厚い放置をしたのだった。



 山を登っていくと、遠くの空が白み始めた。


「朝から戦闘か。体力はいいとしてもよ集中力が途切れそうだな。一旦戻るにしてもここまで上がってくるのはめんどくせーし」

「俺はもう一回登山するのいやだよ」

「ぼ、僕も嫌です」



 こういうときにいい魔法でもあればいいんだけどなぁ。1時間が8時間ぐらいになる魔法とかさ。龍脈に入れればちょっと休めるのにな。

 ためしに桔梗に聞いてみると、そんな魔法はないと即却下された。


「ここの世界で時間はいじることが出来ないんです。結果如何によっては世界が分裂するって教わりました。龍脈に入ることが出来れば時間の流れはゆっくりになりますが、それもここでは難しいです。鬼武帝の力が強すぎます」


 龍族は時間をいじれる力を、龍脈の時間が緩やかになるように振り当てたので、個人では時間を巻き戻したり進めたりするようなことはできないらしい。



「長く生きて人と土地をしっかり見守るのが役目だって、ドラジェさまがおっしゃってたのです。でも今回の穢、鬼武帝ですが、少々おかしいところがあるんですよね」


 そう言って桔梗は黙ってしまった。



「大丈夫だよ桔梗。あたしが忍術でぱぱっとやっつけて、またもとの……のんびりした生活に戻るべ」


 元気づけたはずの彩友香の口調もなにか、寂しそうなものになっていた。

 多分、元の生活に戻れば、桔梗や俺たちはいなくなるのがわかったのか、彩友香は寂しくてたまらないようだった。



 空の色はまだ濃い紫。


 彩友香と桔梗以外の俺たち3人は、無言で2人の後をついていく。



「あ、あれ……」


 しばらくの間、みんなは無言で歩いていたが、彩友香が指さす先には大きな社、大殿が建っていた。

 社の周りは360度のパノラマビューで、この山の頂と呼べるところはきっと社の屋根のてっぺんだろうと思われるぐらい、山頂を削った上に大殿は建っていた。



 空は青を混ぜた濃いめの薄紫色。

 ……鬼武帝に会うにはちょうどいい時間だ。


 俺たちは頷きあい、彩友香が板をコンコンと5回叩く。



「入れ」



 年を経た男性の声が、大殿の奥から聞こえた。


 ついに鬼武帝との闘いが始まる。


 俺たちは武器を手にする。彩友香は苦無くないを両手に持つ。その苦無は龍脈に入る、つまり彩友香が勇者になるきっかけの青い宝石のついたものであった。



「行くべ! みんな!」


 彩友香の号令で俺たちは大殿に入る。


 大殿の中は玉三郎さんちの本殿と同じようなきらびやかな祭壇が中心にあり、その両脇には鬼の面と藁でできた蓑を着ている像があった。


 2体の像は黒木で出来ていて、かなり年数が経っているようだった。その像が着ている蓑をめくった中は、阿修羅像みたいに筋肉がムキムキに彫られていてリアルである。そして、かぶっている面は右側の像が白い面で、もう片方は黒い面だった。


「なんだ、赤鬼青鬼じゃねーのかよ」

「っていうか誰もいねーべ」


 祭壇と像以外なにも物がないので、ミカゲと彩友香の声は大殿中に響き渡る。

 確認のためにぐるっと見回してみても、祭壇も像にも人や化物が隠れている様子はなかった。



「入れって声はしたのになにもないなんておかしい。あの――誰かいませんかぁ?」


 俺が辺りに呼びかけてみる。

 そのとき、黒い面をつけた左側の像から声が聞こえた。



「騒がしいな。貴様が龍の巫女か。あとは仲間だな」


 静かに鬼武帝だと思われる声が聴こえる。しわがれた声だが、木の像が話しているような感覚はなかった。普通の人の声である。


「我々は世界を繋ぐもの。鬼武帝ではない。鬼武帝の居所までいくには道標となる黒針と星屑が必要なのだが……貴様たちはそれを持っているな」


 像がギロリと睨んだ気がした。でもそれは気のせいだったようで、像は微動だにしていなかった。俺がこっそり鬼武帝だと思ったことがバレて、像に突っ込まれた気分になったからなのかな。


 そして俺が持っている針、桔梗が持っている星屑のブローチを取り出し、きらびやかな祭壇に収める。



「良かろう。これから逝く先は現世ではないところ。黄金郷と言われる世界へと誘うこととしよう。道標はその2つだ。忘れるなよ」


 黒い面がそう言うと、俺たちの周りの景色がなくなり、闇の世界へと変わった。



「全然、黄金っていう感じがしないべ……」


 暗転したあとは、しばらくは鼻先も見えないぐらい真っ暗なままの空間に俺たちは放り出された。



「マジックライト!」


 タローがマジックライトを唱える。

 俺たちのまわりは少しだけ明るくなるものの、互いの顔が確認できるぐらいで、あたりの景色はなにも確認できなかった。


「ちっとも黄金郷って感じじゃねーな。龍脈とも雰囲気が全然違うしなぁ」


 ミカゲは武器を構えたままだった。

 あ、俺も構えとこうかな。っていうかハリセンだからそのまま持ってたわ。

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