第26話 星夜の散歩
「さ・ゆ・か・さまっ! 大丈夫でしたよ~、うふふ」
ぴょん、と跳ねて桔梗が戻ってきた。
そしてそのあとから難しい顔のじいちゃんがやってくる。
「鎮守神さまが言いなさるなら、仕方がない。ただし条件がある」
じいちゃんは仁王立ちをし、腕組みをしたまま俺たちに言う。
「彩友香にフザけた男が近づいたら、勇者さまとそこの2人が護ることを誓っていただきたいのじゃ」
俺はじいちゃんと目線を合わせたまま、言った。
「わかりました。彩友香も桔梗も無事に帰ってこれるよう、護ります」
「おう、男ならとーぜんだ」
「ぼ、ボクもがんばります」
「よし、この
ハリセンじいちゃんは源蔵っていう名前だったのか。今知ったわ。
「で、影っていうのはどんな感じなんだべな?」
久しぶりの夜の散策を、彩友香は堪能している。空は晴天で寒い冬の気候もあって、星がものすごく近くに見える。
彩友香は腰に小刀を差し格好は忍者装束で、俺たちとは違い音を立てずに歩いていた。
「なんつーか黒くてモワモワしてんな」
「うん、モワモワだね」
「モワモワ? そんな適当な言い方じゃわからないべ」
タローにマジックライトの呪文で明かりを出してもらおうとしたのだが、
「そ、それじゃ風情がないですよ。この際簡易松明を作ってですね……」
「あ、俺の車に懐中電灯があったわ。それでいいか」
と雰囲気すら台無しの、ただの夜のお散歩風な田舎道を俺たち一行は進む。
LED照明が、歩く先を照らしてくれている。
「どのへんなら影が割と出やすいんだろうなぁ」
夜8時なのに、あたりはもう真っ暗である。
村の人たちも夜に出歩くのは危険だということで、家に篭っているようだった。
一応忍成村にも繁華街というものがあり、千波医院もその繁華街通りのはずれにあるので、そこから俺たちは役場方面に向かっているとき、影が現れた。
シューッ! シューッ!
かすかに空気が抜けるような音がするのは、影の呼吸なのだろうか。俺とミカゲが戦ったときには気づかなかったが、蛇の威嚇音みたいな音が聞こえる。
「お、お出ましだぜ。彩友香、行けっ」
ミカゲに言われ、彩友香は腰の小刀を抜いて構える。
「彩友香さま、頑張ってください!」
「うんっ、まかせて!」
彩友香は影の後ろに飛んだ。
普通に彩友香は2mぐらいジャンプしたぞ? 龍族トレーニングってすごい。
そして影の首元と思われる場所に小刀を突き刺すと、ボフッと影は霧散した。
「あっけなかったですね! 彩友香さま!」
「えへへへ」
「いいや、まだだっ、彩友香! 後ろ! 後ろ!」
彩友香の忍者装束の後ろ襟のところに、影が手のようなものを入れようとしている。おい、それじゃただの痴漢だろ。
俺はハリセンをふわっと振り、あたりに花びらを撒き散らせる。彩友香の後ろの影は一瞬で花びらの桜色に染まり、そのまま形を崩し消えていった。
「はー、危なかった。でも和ちんありがとう」
「いいよ、取り憑かれたらじいちゃんとの約束を果たせないもんな」
って、和ちんっていうあだ名はどーなのよ!?
と思って彩友香を見ると、桔梗とハイタッチをしはしゃいでいたので、俺はなにも言えなかった。まあいいか……。
「和ちんでしょ、あとはミカゲっち。それとタロー」
俺たちの呼び名を彩友香は考えていたようだ。でもやっぱタローはタローなのね。
そんなことを話しながら彩友香は影を退治していく。練習だから俺たちは極力手を出さないような、そんな戦いであった。
10匹目ぐらいをサクサク倒していったとき、LEDの光は妙なものを照らした。
「うは! おねーちゃんにかわいこちゃん、いるジャーン!」
俺たちの進行方向には黒光りするラメのスーツを着込み、ピカピカの油……いや磨いた靴を履いたサクヤが立っていた。
ミカゲが遠慮なくサクヤの顔を照らすと、髪型は油で固めたどこかのホストのような出で立ちである。丸いけど。
「ちょ、マブシーじゃん。……いくら僕が輝いているからってさ、ヤメてくれよな。アハハッ」
古い蛍光灯の外灯の明かりがそこにあったので、ミカゲは懐中電灯を切り、五芒戡を持つ。そんなミカゲの殺気は、目で見えるぐらいであった。
まじまじとサクヤをみると、ホストの扮装をしたゴキブリっぽかった。キモい。
「……殴っていいか?」
ミカゲが真顔で聞いてくる。俺はそれを止める。なぜならサクヤは数秒後にはミカゲによりミンチにされている未来が見えたからだ。
「おとなしいよね、君たち。そんなダサい奴より僕のほうがたのしー思い、させてあげるよ。おいで!」
そのサクヤの掛け声で、あたりには影が30匹ほど現れる。
ミカゲが一瞬ブレたと思うとサクヤの目の前に現れ、そして五芒戡で殴る。
ドカッ!!
「ゲェーッ!! イテェー! 母さんにも殴られたこと、ナイのにぃっ!」
サクヤは激昂したのか、あたりの影を吸収していき、巨大化する。
そして大きなゴキちゃんへと変身しようとしていた。
「ヤメなさい。まだ時期ではないわよ」
かすれたハスキーボイスが、サクヤを止める。
ひっつめ髪に薄い四角の眼鏡をかけた、40代のおば……女性だった。
「ふん、あなたたちが邪魔モノなのね。まあどうでもいいわ……ってそれは!」
タローの胸元に留めてあるバッジを凝視するおばちゃん。
白い丸のバッジの縁取りにシルバーの☆がぐるりと囲んでいて、中心にはSRGMとアルファベットが刻まれている。
「あ……あの、あなた様は……まさか」
ん? と呑気なタローをそのおばちゃんは乙女のような仕草をし、頬を紅色に染めて見つめる。それはまるで恋する乙女のようだった。おばちゃんだけど。
「い、いえ、こんな格好で来てしまいましたし、また後日……ぽっ」
なにか、とんでもないフラグをタローは立ててしまったんじゃなかろうか。
そのあと、おばちゃんは変身を解いたサクヤを引っ張っていき、俺たちの前から去ったのだった。
なにか俺たちに不穏な空気を残したまま……。
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