エピローグ

 ひょろひょろと小さな点が空へ登り、拡散して空中へ花を描く。

「たーまやー」

 銀糸の格子模様の袖を揺らし、浴衣を着たモミジがご機嫌で空へ向かって叫ぶ。次々と打ち上がり破裂する花火を見ていると、自分もああなっていた可能性が思い浮かび気分が乗らない。

 あの時、俺とモミジはそれぞれ赤仮面と劣化赤仮面、更に花弁と茨の薔薇仮面スーツを着用してその力を引き出すことに成功した。

 他の三人を抱えて床の大穴から外へ飛び出したあとは二人で協力し宇宙船を力場で完全に消滅させた。〝互いを愛し合っていること〟が着用条件である薔薇仮面スーツを使いこなせることで湧き上がる喜びに包まれた俺に不可能はなく、おじさんの不機嫌は果てしなかった。

 あれから一週間。今夜モミジと一緒に町の夏祭りへとやって来た。毎年モミジが楽しみにしている町内のイベントで、町役場の体育館と公園を繋いで並んだ露店通りに人が賑っている。打ち上げ地点は少し離れた海岸だ。新しく越してきた住人の多いシーサイドの居住区から苦情もあるらしいが、ともかく今年も無事開催されている。

「ねー、タカくんこっちこっち」

「ちょっと待てって。俺まだあちこち痛いんだよ」

「だらしないなあ、私はへっちゃらなのに」

「お前はほんのちょっとだったろ。俺がへなちょこなわけじゃありません」

 モミジの中であの戦いは反宇宙人政府組織同士の対立として片付いているようだ。赤仮面などのヒーローは当番制と思われている。スーツの貸し借りを見たのでは無理もない。仲間に入りたいという希望は断った。

 おじさんや朝露夫妻が俺と同じ反政府主義者だとしても自分のような宇宙人の手を逃れた地球人をどう思っているかを確かめられていないのでモミジはまだ秘密は保ったまま俺に協力的な民間人という立ち位置を守っている。

 妄想まだ継続中で、より複雑さを増している。

 大きな不安材料がなくなると状況を楽しみたくなってくるもので、俺はまだ黙ったままでいた。一体いつ話すか、それとも話さずにおいて先にモミジの血の色が変わるのを待つか。不思議な技術で血の色を変えたなどといっそ新しい妄想を与えるか。後ろ暗い喜びで迷っている。反応が恐いというのもある。母親がどこかで生きていると信じるモミジの期待を潰してしまうことも迷う理由だ。

 宇宙船自体は肉眼や観測器に映らないので安心だったが、繰り返した爆発は隠しようがない。しかしこの日の打ち上げ花火の予行演習だと勘違いされているようだ。暢気な町民だとは思うが、そんなものかもしれない。誰も宇宙人がこの会場に紛れ込んでいるとは知らないのだから。

 かくして、事件は解決した。

「あ、タカくんくじ引きやろうよ。あっ、カタ抜き! 今年こそは!」

「おい、待てって。ああ、イテテ」

 名誉の負傷に苦しむ俺を置いて、モミジは喰らいつく出店を変えながら離れていった。

「いい気なもんね、この星の人間って」

「いいじゃないか平和ボケ。素晴らしいことだ」

 余計なおまけ、おじさんとキラキが後ろをついてくる。いち早くココロゲンを回復させたブンブンは全天平和維持機構への報告とかで宇宙へ帰った。

「お前も早く帰ればいいのに」

「今回の件は別として、独断で行動した謹慎がまだ明けてないのもあるわけ」

「それでバカンスとはいいご身分だな。さっきから通行人が鼻伸ばして見てるぞ。旦那のいぬ間に羽伸ばしてきたらどうだ」

「浮気なんかするか馬鹿!」

 借り物の浴衣の袖を振り回して怒ったキラキが、急に真剣な顔になった。俺とおじさんの顔を順番に見やる。

「それで、あの金髪の子は一体なんなわけ?」

「何って? 血の色が変わるのを待ってる宇宙人だ」

 いつになるかはわからないが、ただ待つだけの楽な目標。

「あんた凄く馬鹿なこと言ってるわよ」

 怪訝な顔をするキラキに不安を呼び起こされる。そろそろと視界の外へ出て行こうとするおじさんの帯を捕まえた。

「おじさん、あんたまさかまだ隠し事してるんじゃないでしょうね。ていうかしてる。吐け」

「隠してなんかないよ! だって僕も知らないんだ!」

「何をです」

「な、なんにもないってば」

 とぼけるおじさんは一時解放して協力的な情報提供者を見る。キラキは髪の毛をいじりながらため息をついた。

「あの子の血、光るじゃない。色が変わるのと光るのじゃ大違いっだつうのよ。大体今現在そうならあの子自身うっすら光るでしょ。目とか爪とか鼻とかもうぴっかぴかのはずよ。なのにあの子普通じゃない。どういうことよ」

「えーと……つまり、どういうことだ?」

「つまり! あれは、誰も知らない生き物ってことよ」

 キラキは出店にかじりついてはしゃいでいるモミジを指差す。

「あ、あの。もう一回……お願いします。タカくんタカくん、くじやってよ」

 正体不明が俺を呼んでいる。宇宙人とばかり思っていたら、幼馴染はUMAだった。

 おじさんはうろたえている。

「だから僕も知らないんだって。サラサさんは普通の人間だったし、その子供の血がどうして光るかわからないんだ。僕の苦心がわかったかい? こんなこと打ち明けられるわけないだろう」

 気が遠くなってきた。ようやく見えたと思った俺の人生設計が元通り粉々だ。

「だから宇宙政府にも報告できなかったんだ。研究だなんだってなるに決まってるからね。キラキくん、このこと黙っててくれるよね? 良い答えが聞けないならブンブンくんには申し訳ないことになる」

「危険はなさそうだから別に興味ないですけど」

 このまま暮らしていても血は赤くならない。なったとしても光るかもしれない。ある日突然羽が生えたり。でろでろに溶けたり。ああ、ああ。

 愕然としているとキラキに肘をつつかれた。

「不思議なことは他にもあるわよー。劣式は誰でも無条件にできるからいいんだけど、あの子なんで茨の薔薇仮面にまで変身できたわけ?」

「それは、俺たちが愛し合って――」

「モジモジするな気持ち悪い。そうじゃなくて、起動キーから体内にココロゲンが巡るまでは時間がかかるって説明したでしょ。なのにあの子はすぐに変身できた。あんたは浄鬼源を引き寄せるくらいだったからココロゲンについては除外するとして、でも起動キーは無いから花弁の薔薇仮面に変身できたのはおかしい。バックルに起動キーのナノマシンが入ったブンブンの血が付いてたせいかもと思ってたけど、多分そうじゃない。血は血でもあの子の血の方に理由があるんじゃないかって私は思う」

 直前にモミジとキスをした。その時に血を貰っている。

「ま、能天気なあんたが自分で考えてもしょうがないと思うから、悩むのはよしときなさい。それじゃあね。さあ、私たちはもう帰りましょう」

「ああ、いや僕はまだ一緒に。ほら保護者がついてないと。イテテ、ねえってば!」

 ありがたいことにキラキはおじさんを連れて行ってくれた。気を利かせてくれたらしい。それとも、もしかするとあのまま逮捕なのだろうか。もうこの際どちらでも構わないが。

 離れていく時、キラキに小さく畳んだ紙を渡された。おじさんの前では言えない話題だろうか。

「もー、タカくんなにやってんの。今こうしている間に一等出ちゃうかもしんないでしょ」

 後ろからやってきたモミジに突然腕を取られる。こすれる浴衣の薄さが緊張を招いた。

「ば、ばか。ああいうのは一等は出ないようになってるんだ。って、なにやってんだ?」

 モミジは俺の腰に風船の紐をくくりつけている。それで骨を引っ張り身長を伸ばそうと言うのだろうか。だとしたら興味深い。

「こうすればどこにいてもすぐわかるでしょ。タカくん人ごみに入ったらすぐ見えなくなっちゃうんだもん」

 喉の奥からうめき声が漏れ、閉じた口の中で響いた。

 今、右の犬歯の位置は空だ。歯茎に次の歯が少しだけ顔を出している。キラキの言うように俺は改造されておらず、人工犬歯は生え変わりで抜け落ちる程度のものだったそうだ。つまり俺の成長は何者にも妨げられることなく、自力でこれだ。

「あれ……タカくん背、伸びたんじゃない?」

「なんだって?」

 モミジが俺の頭に掌を合わせ、自分の喉と比べている。にわかには信じがたい情報だ。もう一度、よく聞いてみよう。

「やっぱりちょっとおっきくなってるような気がしないでもないような」

「どっかその辺に身長計ないか? そういう店出てないか?」

「無いよお、そんなの。あー、なんか元気ないから元気付けようと嘘ついたなんて今更言えない」

「諦めないぞ俺は! なにしてるんだ身長計り屋を探しに行くぞモミジ!」

 キラキに渡された紙は〝熱烈歓迎 君が明日のヒーローだ〟という文字が躍っていた。隅に全天平和維持機構の名がある。ヒーロー候補生の募集広告らしい。

 知りたければ宇宙へ。もっともな話だ。

「なあモミジ、二人で旅行に行かないか?」

「行きたーい。でもどこに? それにパパはいいけどおじさまとおばさまが許してくれないよきっと」

「そうだな。でも、行こうな」

「うん!」

 さあ、今度はどんな嘘をつこう。


 完


 ご意見ご感想をお待ちしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ご近所スペースオペラ おとなりエイリアン 福本丸太 @sifu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ