第16話

 混雑を避ける為昼食には早い時間にレストランへ入った。フードコートの方が利用しやすくはあったが、せっかくなのできちんとデートらしいことをしてみたかった。

「ハンバーグ……あ、おろしハンバーグにする」

 少しでも大人っぽくと意識した背伸び。モミジの方も思考は同じらしい。意識する部分が間違っている気がするが。

 注文した料理が出てくる頃には入口に人が溜まり始め、二人して勝手にプレッシャーを感じて慌しい昼食になり結局大人っぽさとは無縁に終わった。

 店を出たあとは一階の外に面したフードコートに移動し、先に確保してもらっていたベンチにデザートを届けると、モミジは一目見てプレゼントとわかる包装の箱を持って微笑んでいた。

「これ、私からのプレゼント」

 思わず手放しそうになった両手のジェラートを一先ずベンチに置き、箱を受け取る。

「えっ、なんだよこれ。いつの間に用意してたんだよ」

「今までとちょっと違う、特別なプレゼントだから」

 隣人でもなく、幼馴染でもなく。言われるまでもなくわかっていた。そうでないなら家で渡せば済むことだから。

「タカくん所帯臭い」

 モミジに笑われても側面のシールから包装を解く手は丁寧にならざるを得ない。

 中身はウェストポーチだった。

「色々悩んだんだけど、これからもよろしくっていう意味を込めて選んでみました。今使ってるやつ、傷んでるから気になってたんだ」

 モミジが俺の腰を指差す。けがをした時に備えた救急セット入れ。七年の期間にかなりくたびれてしまっている。

 早速貰いたての新品を腰に巻いて中身を移す。ベルトが固く腰に馴染まないがすぐにこなれてくれるだろう。何よりそんなことは気にならないだけの感動がある。モミジからのプレゼントだ。隣人でも幼馴染でもないなら、恋人としての。

「おっ俺もお前に何か買ってくる! さあ、何がいい? なんでも言え!」

「そんなのいいよう。いつもお世話になってるって理由が私にはあるんだもん」

「けどこれはそういうのとは関係ないだろ」

 宇宙人だから、匿っているから。そういう恩だとか義理だとかは別のところ。そういう気持ちからのプレゼントのはずだ。だからこそ嬉しくてお返しをしたいとも思う。単に一緒にいたくて、単に好きで。突き動かされる行動がその証明だ。恩を着せたいわけでも負い目があるからでもない。

「じゃあ私、それが欲しい」

 モミジが見ているのは役目を失いベンチの上でぐったりと萎んでいる古いウェストポーチだった。

「これか? 汚いぞ。自分で言うのもなんだけど」

 何しろ洗う暇もなく毎日使ってきたものなので汚れていてほつれも目立つ。こうして新品と並べ改めて見ると酷い。かろうじて繋ぎ止められたぼろキレのようだ。

「タカくんがずっと私を守ってきてくれた証だから、私には大事な物なの」

 すっかり色のぼけた生地を愛しそうに撫でるのを見て胸が痛んだ。俺はモミジを守っている。本当にそれだけならよかった。

「そうか。じゃあやる。大事に……しなくてもいいか」

「そんなことないよ、大事にするよ」

 ずっとほったらかしにしていたデザートに取り掛かる。溶けかかったジェラートは舌に感じる甘味を増していたが器を持つ手は痺れさえ感じるほどに冷やされる。

「これからどうしよっか。映画観たりする? 今何やってるか全然チェックしてないけど」

 結局、モミジ自身の用事は初めからなかったらしい。

「それじゃあ絶頂タワーに行ってみないか」

 いつだったか種田が学校に持ち込んでいたタウン誌で見た記事を思い出した。磐石海浜公園に新設されたタワーの展望台が人気のデートスポットになっているらしい。感涙湾に沈む夕日は一見の価値有りだそうだ。

 磐石海浜公園はここから路面電車で十分程度。日没には時間が遠いが、モミジとならいくらでも時間は潰せる。これまで一緒に過ごしてきた時間の中、良くも悪くも退屈は少しもなかった。

「夕日、一緒に見たいんだけど、遅くなるから怒られるな」

 五時までに帰る、そういう約束で出ていた。まだ夏ほど日没は遅くないがそれから帰っていたのではとても間に合わない。そろそろおじさんが帰って来ているだろうからそれも不安だ。モミジと二人で出ていることを知ったらどんな行動に出るかわからない。即爆死、そんな展開もあり得るのかもしれない。

 空になったカップを脇に置き、膝の上に置いていた手にモミジの手が重なった。ジェラートで冷やされていた指先はどちらかの体温であっという間に温められ感覚が戻っていく。

 掌を反転させて指を組んで手を繋ぐ。体温が上がって汗ばんでも湿り気は不快なんかじゃない。

「モミジ……?」

 直面した未体験はモミジの顔を真っ赤にして黙り込ませていた。握り返す力が強い。

 この状況に戸惑っているのは俺だけじゃないと思えば喉はどうにか柔らかさを取り戻した。

「行こう」

 自然に出た言葉と一緒に立ち上がって移動を始めた。

 手を繋いだままモミジと二人、大通りの中央分離帯、停車場で路面電車の到着を待つ。このままでも充分に満足ではあるが、ずっと黙り合っているわけにもいかない。かといって何を話すべきか、思いつかない。

 気詰まりになって視線を横へ転じて、近づいてくる路面電車を見る。残念ながら目的とは違う路線だ。持ち上げ式の窓が開いていてそこから小さな男の子が身を乗り出していた。手に持った風車により風を当てようと外へ外へ手を伸ばしている。

「あ」

 危ない。思わず声が出てしまった。つられて同じ方向を見たのか、逆側にいるモミジが息を飲む音が聞こえた。

 案の定枠に置いた手を滑らせ、子供は窓から転げ落ちた。

 だから、そいつは俺の前に現れた。

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