第15話

 こつこつとレールの継ぎ目に叩かれながら絶賛市内へ向かう電車に揺られ、対面する座席の片側にモミジと隣り合って座る。時刻は九時と少し早いが、到着する頃には丁度店も開いている時間になるだろう。

「それで今日はどこ行くの? 映画館、ボウリング、あとカラオケだったっけ」

「おい、からかうなって」

 今朝冷静になって破り捨てた昨晩のノートの内容を挙げ、モミジは悪戯っぽく笑った。いつもはつけない髪留めに、リップまで引いているようだ。ファッションに気合が入っていることはその辺に頓着しない俺にも伝わってくる。

「でも私は」

 言いながら座席から腰を少し浮かせ、肩を擦り合わせてきた。

「二人でどこか出かけられるならなんでもいいよ」

 毛穴が開いて汗が吹き出る。対面の座席へ逃げ出したい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。こういうことを自然にできる関係になりたいと望んでいるのだから、照れは捨てるべきだ。幸い乗客は少なく周りの目は気にならない。

「あのノート見た時はもしかして朝露さんとデートするつもりなのかと思って頭真っ白になったけど、思い留まってよかった」

 なにをだろうか。

「タカくん眠そうだけど大丈夫?」

「おう、全然平気だ」

 一睡もできなかった。犬歯が疼いたわけではない。自力で、眠れなかった。今日が楽しみで興奮して眠れなかった。布団の上で浮かんだ妄想の内容はモミジには言えない。

「眼が血走ってるよ」

「それよりおじさん早く帰ってきたりしないだろうな。このこと知られたら迎えに来そうだ」

「連絡ないし言ってないよ。おばさまは知ってるけど他には誰にも話してないもん」

「それなら安心だ……」

 緊張で神経質になっているのか、時々どこからか見られているような気になってそわそわする。社内に気になる点はないが、おじさんが宇宙の技術でどこからか見ているのならそれも納得だ。しかしもしそうなら今すぐ犬歯が疼くだろう。

「絶賛駅までどれくらいだっけか」

「十五分くらい?」

 電車がトンネルへ入り、窓の外の闇を蛍光灯が通過していく。これで町の区分線を越え喝采町を脱したことになる。たとえおじさんが今の俺たちを見て激しい娘親心を燃やしたとしても手を出せない。赤仮面スーツが使えない町外で、事件・事故に対し直ちに対応することは不可能だからだ。赤仮面五則が初めて俺を守る。

 密かに拳を握って勝利を確信していると、モミジが信じられないことを口にしたので耳を疑い、聞き直した。

「犬小屋とか必要な物はおばさまが知り合いから集めてくれるって。フードとか細かいのはあずまや(近所のスーパー)にも売ってあるし」

 平然と言ってのける。一体どうしたことだ。

「ちょっと待て、じゃあ今日は俺たち一体なにしに行くんだ」

「だから……デートでしょ?」

「あ、そですね」

 隣り合って互いにもじもじする。我ながら何をやっているのかという気はするが、幸せだ。

「でもそうなると、どこ行くかって予定が全く無くなるなあ」

「用事なんかなんでもいいけど、服とか見たいかな」

「ネットで探した方が種類豊富でいいんじゃないか?」

 モミジは基本的な買い物をインターネットに頼っている。日用品等はそれで注文した方がかえって安いこともあるらしく母もよく頼んでいた。市内でもまだまだ田舎の店とインターネットでは品揃えに置いて比べるべくもない。

「実際手に取って見た方がいいから。それとも私とお店回るの嫌なの?」

「そんなこた、ねえけどよ」

 女物の店に入ることは、正直言えば苦痛だ。シャープペンを一つ選ぶだけでもああだこうだと時間をかけるモミジなので、それが身に付ける服となればどれほどのことになるかわからない。

 大きな不安を抱えて絶賛駅に到着。駅前の大型商業ビル、アミュ極上へと入る。地上四階建てだがこれでも市内で一番大きな建物だ。これと同じくらいの規模の建物といえば、他には役所かダムかくらいしか思い当たらない。

 さて、しばらくはレディース行脚になると覚悟した。ところが、モミジは男物の店に俺を誘った。サイズに問題がなければ着られるものなあと思っていたら、棚から取ったシャツを俺に当て始める。

「これのちい……えっと、サイズないかな」

「待て待て、どういうことだ」

「だってこれじゃ大きいし。それともブカブカで着崩す?」

「そうじゃなくて、なんで俺の選んでんだ。自分のが欲しかったんじゃなかったのか」

「え、なんで? 欲しい物はネットで買えるじゃん」

「来る時と言ってることが違ってる気がするんだが」

「違わないもん。二人で出かけられればなんでもいいんだもん。はいこれとこれ、着てみてね」

 押し込まれた試着室の中で密かにため息をつく。覚悟していたように今の状況と逆ならば楽しむこともできた。モミジのファッションショーなら味深いがこれでは居心地が悪いだけだ。

 着替えているとカーテン越しに店員とモミジの会話が聞こえてきた。

「彼氏さんの改造計画?」

「あっ、わわっ。えっと……はい」

「気持ちわかるわ。どこで買ってるんだろうね」

「母さんが買って来るのを……あの、聞こえ……」

 好き勝手に言う声を聞きながら渡された服を眺める。センス云々はわからないが、着ている物とは縫製の細かさなど質に大きな違いがあることはわかる。普段学校であれこれ言われるようにモミジと並ぶと凄まじく見劣りするので、まず服装からというのは悪くないように思えた。

 金の面は心配ない。今朝モミジと出かけると話すと祖父母はすぐさま箪笥からばらばらと大枚を出してきた。我が八十八家において長男一人っ子の俺よりもモミジの方が溺愛されている証拠だ。もちろん必要以上には受け取っていない。

「うん、やっぱり似合う。かっこいい」

 渡された上下に着替え緊張しながら試着室を出るとモミジに満面の笑みで褒められた。気恥ずかしさは消えなくとも悪い気はしない。

「じゃあこれください」

 浮つきながらそれだけ言ってまた試着室に戻ろうとするとカーテンを掴んで阻止された。

「そのままでいいと思う」

 モミジが足元でしわくちゃになっていた服を回収し、店員が今着ている服の値札をハサミで切り取ってレジへと持っていった。見事な連携だがそこまでさせてしまうほど元が酷かったのかと絶望させられてしまう。

「あのな、俺あんまり服とかよくわかんなくてな……そんなに変だったか?」

 着ていた服と他にも選んで貰ったシャツを数点入れた袋を手に店を出てから、やはり気になるので質問してみた。

「あー、変っていうか……。おばさまが買ってくるのってほら、昔からあんまし変わらないじゃない? ちょっと子供っぽいっていうか」

 言い辛そうにしているが、言っていることは正しい。流石に子供服というわけではないが、ここ数年もサイズが変わらないせいで母も意識を切り替える機会がなかったのだろう。そんな母に任せきりにしていたくらいで、俺自身も気にしたことはなかった。

「じゃあ今度からはお前が俺の服選んでくれよ」

 俺の服装が変わって喜ぶのはモミジくらいのものなので、ものぐさな下心から提案すると珍しく上目遣いを返された。上階へ移動中、エスカレーターで二つも下の段に立っているからこそだ。

「でも、通販だとやっぱりほら、感じがわかんないから……」

 不安げで切実な期待を含む眼差し。エスカレーターを上り切り踵を降り口の爪にぶつけるまで見入ってから、その瞳の望む通りの言葉を返した。

「ちょくちょく買い物にくればいいんだろ? あー……一緒に」

「じゃあ毎週来ようね」

 後ろから抱きついて来たモミジの対応に困りながら更に上へのエスカレーターに乗り込む。

「そんなに衣装はいらないって。そうだ、次は俺がモミジのを選んでやるよ」

「それは遠慮しとく」

「なんでだよ。お前のこと一番見てるのは俺なんだから――おい、どうした?」

 毎週出かけられるほどそう度々保護者の許可が下りるかどうか。通ったとして親心から酷い目に遭わされそうだ。

 だがそれでも構わないと、心は躍った。

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