第8話
「さあ今日はなんですかね。いっそ景気よく隕石とか落ちてくるといいな」
また赤仮面に変身し、急に振り出した強い雨の中夜を舞う。犬歯の導きに従えば今回の現場は山奥だ。活動範囲が町内に限られている以上さほど時間はかからないが、それでも今日は到着が待ち遠しい。
『いやに張り切っているんだね、一体どうしたって言うんだい』
「ちょっとムシャクシャしてまして、運動で発散できたらいいなと。保健体育で習いましたけどこういうの昇華って言うんでしょ」
『健全なのかもしれないけどヒーローの動機としてはどうなんだろうねそれは』
通信でのやりとりに苦笑いしながら現場へ到着した。山間を縫うようにうねって伸びる山越えの道路。その一部が大量の土砂に埋まっている。
「今日は土砂の撤去作業ってわけですか」
ヒーローの出番とは思えないがとにかく日常の妨げとなるもの全てが平和の乱れで、赤仮面の活動対象らしい。今ひとつすかっとしない内容だが、爆死したくなければ従う他なかった。
「じゃ、始めますね」
正義に小手先の道具は似合わないというおじさんのこだわりから赤仮面には武装はおろか一切道具の類が用意されていない。つまり土砂の撤去も素手で行うことになる。非効率ではあるが生半可でない力があるので大して苦にならない。
『ところで、転校生が来たそうだね』
土砂に手を差し込んだところで聞こえた音声は固さの中に苛立ちが潜んで荒れている。
不吉な予感がした。おじさんがこんな声で話す時は大抵、俺とモミジのことで不満に思っている時だ。モミジがうちの両親に認められていても、俺は今のところおじさんの信頼を得ていない。娘の恋人としても、ヒーローとしても。
『夕食の時にモミジから聞いたんだ。どんな子なんだい』
「どんなって、大人しそうな感じですよ」
乳がでかい。という情報はこの状況では余計だ。 モミジとのことで転校生が話題になるということは、やはり俺にとって不利な話のようだ。
『君はもしかしてモミジからその子に乗り換えようとか考えているんじゃないだろうね?』
「モミジがそんなこと言ったんですか?」
疑いがあまりにも飛躍していたので驚いて大きな声を出してしまった。
『夕食の時話したんだが、心変わりについて男心を尋ねられたから、私が勝手にそう思っただけだ。宗くん、言いたいことは色々あるが、一つだけ言っておこう。あの子を悲しませたら殺す』
冗談の気配はなくぞっとするほど真剣な声だった。そんなことは赤仮面五則に含まれてはいないが、おじさんは俺を爆殺するのをためらわないだろう。うまくいっても面白く思わないくせに、勝手な話だ。
死を避ける為だけでなく恋人の親という面からも弁解しておかなければならない。
「あのですね。転校生についてですけど……俺は別にそんな気ないんですけど向こうが妙に構うというか、あと思春期で」
『待ちたまえ宗くん、土砂の様子が妙だ』
おじさんの声にまた別の緊張が宿った。何かに気付いて慌てている。
『崩れた崖を見たまえ。周囲の部分から考えて、道路上にある土砂が不自然に多いんじゃないかい』
赤仮面の視覚情報、つまり俺が見ているものはそのまま司令本部へと転送されおじさんも見ることができる。
「言われてみれば、確かに」
『土砂の中に何かある。撤去よりもその探索を優先したまえ』
止まっていた手を深く差し入れ、両手を広げた状態で土砂の中へと踏み込んでいく。降り続く雨を吸い込んで重くなった土の塊も宇宙ヒーローの妨げにはなり得ない。ぐいぐいと体で押し進み土砂の山を二つに分断するべく進む。
発見はすぐだった。触れた物の感触がスーツに遮られず指先へ伝わる。薄い金属。
「おじさん車です! 車が埋まってます」
『ああ、生体反応が一つある。すぐに救出するんだ』
まず土砂を取り除き、枠が歪んでいるなどの問題があれば車体を切断してドアを取り落とし乗員を外へ出す。一般的な救助ならそうだろう。だがヒーローは違う。
車体を掴み、ぐっと力を入れて土砂の中から車を引きずり出した。よくあるような灰色の普通車だ。乗員は運転手のみ。初老の男がエアバッグに顔を突っ込んだままぐったりとしている。
『外傷はないようだが、意識がなさそうだね。救出を急ごう。病院へ搬送するんだ』
ドアを剥ぎ取りシートベルトを外し、運転手を背中へ担ぐ。こんな時ばかりは道具がないのが不便だ。
「今から病院へ運びますから、目を閉じててください」
うめき声に返事をして、できるだけ振動を与えないよう注意を払いながら地面を蹴っては着地を繰り返す。病院のあては、空き地も多い町外れに最近になってできた総合病院だ。町に不似合いな大きな病院で、夜間診療も受け付けている。
夜間受け入れ口にある建物壁面のインターホンを押してスタッフを呼んだあとはもう、その場に男を座らせて立ち去った。事情を説明するなら自己紹介から始めなくてはならない。それは馬鹿馬鹿しい。人助けをしてそっと姿を消すのは実にヒーローらしいのでおじさんも大いに賛成してくれた。
インターホンに内臓のカメラに姿を晒す羽目になったのが気になる。赤仮面が評判になるのを望んでいるおじさんは喜んでいるようだが。
再び土砂意崩れの現場へ行き、道路の復旧作業に戻った。半分は道路とは逆側の川へ落とそうとしたら、そんなことをすれば生態系を破壊するという本部からのお叱りがあった。ヒーローは常に広い視野で物事を考えなくてはならないらしい。
『生き埋めを助ければいい、道が通れるようになればいい、それじゃあ済まない。全てを丸く治めるから、それを目指すから、ヒーローはヒーローなんだよ』
土砂は崖側に寄せ叩いて固めた。車も道の端へ動かしておく。ドアを壊してしまったので鍵をかけることはできない。貴重品が無いことを祈るばかりだ。。不可能ではないが運転手と同じように担いで病院まで運ぶ気にはなれない。この時間この場所でこの天候ならば、人通りについては心配ないだろう。
あとは夜が明けてからでも役所へ連絡がいって業者が対応するだろう。
『単に道が塞がっているだけと軽んじてはならない。全体からすれば小さなことでも、ひいては様々なことに影響し社会活動を阻害する結果となるのだから』
通信ではおじさんのヒーロー論が続いていた。平和な町に宇宙の技術を持ち込んでの酔狂の割に大変な入れ込みようだ。
既に犬歯は落ち着いている。事件は解決したということだろう。赤仮面スーツの脱ぎ時だ。
犬歯は町内の悪に自動的に反応して疼くと説明されはしたが、実際のところおじさんの任意で作動しているように思える。
モミジと二人きりになると決まって疼いた時期があって、そのせいでモミジが癇癪を起こして以来ぐっと減った。おじさんがやっているとすれば理解しやすい。
町内にある小さな事件の一つ一つを本当に全て解決しているとは思えないのも理由だ。いくら平和な町だからといって本当に何も事件が起きていないかというとそういうわけでもない。自動車の接触事故に夫婦喧嘩。雨漏りの修理にすら駆けつけるヒーローならば、そうした問題にも介在してよさそうなものだ。
もっとも、実際に全ての事件・事故に反応されたら俺の身が持たない。現に今も夜間の出動が縦続いているせいで眠気が酷い。ついあくびが出る。
『おや、辛いのかい。体調管理もヒーローの大事な務めだから今日はもう帰って休みなさい。ご苦労さま』
自分の都合で寝不足に追い込んでおいて何を言うのかと、本音を空笑いに隠した。
体調管理と言われても昔から小さな病気一つしたことはない。どうやらおじさんに何かされているらしいが、そもそもからして改造人間なので何かされたというのも今更だ。
この先ずっと宇宙人と安心して暮らせて、尚且つ俺は元の普通の人間に戻れる未来。本当にそんな希望通りにうまくいくのだろうか。娘を幸せにしたいが為に嘘をつきむしろ問題を複雑化させ、俺をいいように弄んで楽しんでいるおじさんに全てを任せている現状が大いに不安なところではある。
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