第22話

 ヒーローとは、浄鬼源とは一体何か。

 地下を出て、おじさんの書斎転じ赤仮面司令室でエナメル質の背中に質問を投げかけると、わざとらしい頷きで一拍を置いてから意外にもスムーズに回答があった。薔薇の二人が現れたからか、おじさんも少しは事実を話そうという心持になっているようだ。

「宇宙の歴史をざっくり現代・中世・古代に分けると浄鬼源は古代の遺産だ。当然数は限られている。あの二人の情熱華の浄鬼源のように模造品の開発は進んでいても、今のところオリジナルに比べると随分性能で劣る。浄鬼源を扱うには起動キーが必要になるが、現在発見されている全ての浄鬼源の起動キーが完成しているわけでもない。だから、余計に貴重なんだよ」

「だったらどうしてそんなものを俺に?」

 俺にはブンブンのような確固たる正義もなければ、戦士としての資質もない。

「僕が見込んだからさ」

 あっさりと言われ戸惑う。いい加減なことを言っているように見えるが、目の前にいるこの人はかつて赤仮面として宇宙で活躍していたらしい。だからこそ、その権限で今俺に赤仮面スーツが託されている。

「君には柔軟性と適応力がある。それが宇宙ヒーローにとって最も必要なことなんだよ。宇宙は広いから、地球では当たり前の物理現象が通用しない場合もあるからね」

「俺はおじさんが何を考えてるのかまったくわかりません。おじさんは俺に宇宙へ行ってほしいと思っているんですか?」

 モミジがこの町で暮らしていられるようにする。それが俺の役割だったはずだ。それが今では、遊びだったはずの赤仮面との比重が逆転してしまっている気がする。

「そうだねえ……赤仮面なんだから強くなってほしいとは思ってるよ。でも宇宙へ行かせるとなると、武くんに悪いなあ。君は一人息子だからねえ」

 勝手に人体改造しておいて今更何を言っているのか、真面目な顔で悩んでいる。

「その辺は悪いようにはしないから、任せておいてくれないかな。少なくとも今すぐどうこうなるということはない。君は実戦に投入されるにはまだ弱すぎるからね」

 あのブンブンが憧れるほどであればそれだけおじさんが相当な実力者だったのは間違いない。そう思うと何を言われても反論はできなかった。

「わかりました。おじさんを信じます」

「司令だって言ってるのに」

 不満だけは顔に表して部屋を出て行こうとすると呼び止められた。

「大事なことを忘れていた。あの二人にモミジのことは話さないように。モミジの、特別な事情はね」

「また秘密を増やすんですか?」

「まあ聞きなさい。宇宙航行の経験がある者なら必ず受けなければいけない予防接種があるんだが、実を言うとモミジはそれを受けていない。今から受けるとなると宇宙に行く必要があるから、その段階でモミジは自分の正体を知るだろう。宇宙の医者は凄いぞ、なんでもあっさり告知するからね。あと義務違反で僕は逮捕されてしまうかもしれない。疾病対策機関は全天平和維持機構の影響力から遠いから、元・人気ヒーローでも特別扱いはしてもらえないだろうからね」

 おじさんが逮捕されることにはなんの興味もない。が、モミジが連れて行かれるのは非常に困る。真実を知るのも医者からではなく俺からであってほしい。

「あの二人にはモミジについて詮索しないよう言ってあるから、君が触れなければそれでいい。できるね?」

「わかりました。ややこしい気もしますけど、要は今まで通りですね」

 モミジの秘密は絶対厳守。そこは変わらない。妄想がどう成長するかが気がかりではあるが。

「ああ、これからもよろしく頼むよ」

 満面の笑みにうんざりしながら、部屋が書斎に戻るのを待ってから返事はせずにドアを開け廊下へ出る。少し迷ったが、素通りはできずに隣のドアをノックした。

「タカくん? どうぞー」

 応答を聞いて中に入ると、モミジが手を広げヒーローポーズを取っていてどきりとした。

「うーん……やっぱり最初の形が一番かな」

 どうやら窓辺に飾ってある赤仮面フィギュアのポーズを考えているようだ。

「ねえタカくん、最近のおもちゃって凄いね。見た感じ間接とかわかんないのに全部動くの。どうやってできてるんだろ」

 手に取った赤仮面フィギュアはされるがままに様々な体勢を取る。とてもよくできているせいで自分の体がいじられているように感じてむず痒い。

「あんまり遊ぶなよ」

「もーっ、タカくんてほんとに赤仮面嫌いなんだから」

 モミジは不平を言いながらフィギュアを元の形に戻すと窓辺へ置いた。怒らせたかと思ったら、振り向いた顔は期待で輝いている。

「もしかして妬いてる? 赤仮面に嫉妬?」

「馬鹿お前……」

 なんで俺が、ということも明確にはできないので言葉に詰まる。

「ふ~ん、タカくんも妬いたりするんだ。ちょっと意外かな。ふ~ん、そうなんだ」

 鼻を鳴らすモミジはなにやら嬉しそうにしているのでまた新たに産まれた誤解はそのままに放って置くことにした。

「サラサ」

「え、なに?」

「母親の名前だ。お前の」

 半端に話しても混乱させるだけ。そう考えてだんまりを続けてきた。これからもそうするつもりでいる。しかしやはり、自分を産んだ母親の名前くらい教えてやりたかった。

 モミジはしばらくきょとんと呆けた顔をして、それから目を閉じて大事な物を包むようにそっと胸の前で手を組み祈りの姿勢を取った。

「深く聞いちゃいけないんだよね。タカくん難しい顔してるからわかるよ。それでも教えてくれたんだね、ありがとう」

 一切裏に含むものを感じない純心無垢の笑顔。天使そのものだ。だから、見ていると内側で何かが軋んで胸が痛む。

「ちょっと出かけてくる」

「うん、気をつけてね。また明日……になっちゃうかな」

 別れの挨拶もせず体の向きを変え部屋を出た。早足で玄関に急ぎ靴を履くのももどかしく、かかとを踏みつけたまま外へ駆け出す。

「うああ!」

 ごめんなさい。

 知り合いだらけの近所の耳に届けば聞こえが悪いので具体的なことは心の中で叫び、目的もなく走った。

 俺はモミジに恥じることなく向き合うことができない。合わせる顔が無い。それでも俺がいたい場所はモミジの傍だ。

 勢いを上げ商店通りを突き抜けたところで不自然な速度に達していることに気がつき、こもっていた力みを緩めてスピードを落とした。

(俺は一体、なんの為に生きてるんだ)

 足を止め、正直でいられないもどかしさに頭を抱える。

 母親の名前を明かした。だからどうした。隠し事はまだある。モミジがこの町で普通に暮らせるようにすることという最大の目的に向けて前進したわけでもない。

(だったら……)

 これからすることが単なる現状への言い訳にはならないよう、決意を込めて膝を伸ばし立ち上がった。

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