第23話

 自宅のある地区から駅を挟んで新興の住宅地との中間くらいにある、ゆるゆると山へ続く坂道。その始まりにぽつんと建つ県営アパートへやって来た。この古ぼけた建物に薔薇の二人が住んでいるらしい。

 モミジのことは話せなくとも他に聞きたいことはいくらでもある。そう思ってここへ来た。

 部屋番号を確かめてインターホンを押すとドアはすぐに開いた。塗装の剥げ目に錆びの浮いた印象に似合う蝶番の軋みをかき消し、元気の良い声を出して誰かが飛び出してくる。

「おかえりなさーい」

「うわあ! お助けぇ!」

 誰かは、朝露キラキだった。俺とわかると飛び上がりそうだった勢いの踏み切る足はぴたりと止まり、満面の笑みは急速に温度を下げ険しくなり、広げていた両腕は下がった。

「なんだ……あんたか」

「がっかりさせて悪かったな。誰を待ってたんだよ」

 冷や汗を拭い廊下へ復帰する。思わず柵を乗り越えて逃げ空中へ乗り出してしまっていた。怖かったのは急接近されたことより笑顔と花柄のエプロンだ。本性を知ったならこいつほどその二つが似合わない奴はいない。最初の印象とえらい違いだ。

「ブンブンに決まってんでしょ。用があるなら上がっていきなさいよ」

 つまらないことを聞くなとでも言いたげな疎ましい目つき。相当心待ちにしているようだ。

「へえ、随分仲がいいんだな」

 ドアが開いた時に生まれかかった放物線の着地点がブンブンなら、キョウダイには不似合いな行為のように思える。それが宇宙人の感覚だとするなら何も言えないが、少なくともおじさんにそうした意識は見られない。

「あー、うん。そうなの、仲良いの。今取り込んでるから勝手にくつろいでて。お茶は出さないからね。それから用事が済んだら催促されなくても進んで帰ること。長居するならたたき出すから。今すぐ帰るって言うんでも止めないわよ」

「おーじゃーまーしーまーすー」

 嫌というほど歓迎しない空気を浴びながら中に入る。靴を脱ぐとまずキッチンで、部屋には揚げ物の薫りが充満していた。テーブルを見るとサラダやコーンスープが並んでいて、そこへ油が弾けるほど作りたてのから揚げが加わる。

「食べたら殺す」

 キラキの腰の後ろにある蝶々結びを見た。二人分の食事と並べてみれば、若過ぎるにしても亭主の帰りを待つ若妻のようだ。慣れない料理に悪戦苦闘、といった手際と見栄えの悪さも含めて。

 今のキラキには気取った作り笑いも強烈な戦闘力もない。どれが彼女の本当の姿なのだろうか。

「あんたのせいでブンブンが機嫌悪くなってるんだから、少しは協力しなさいよ」

「ははあ、それで食欲を満たして機嫌を取るつもりか。本能に訴えかけるしか手はないのかよ、浅はかな奴だ。それにどうせならもっとうまそうなものを作れよ。あーあ、盛り付けも雑だなあ。第一もっとマシな皿は――」

「あーうるさい! ……うるさい!」

 アドバイスを撥ね付けて癇癪を起こしたキラキから逃げて奥のリビングへと進む。片付いた部屋だ。というより極端に物が少ない。住人の実生活の主体がヒーロー活動にあって必要ないからだろうか、テレビの無いリビングというのはそれだけで異様に見える。2DKらしくもう一部屋、閉じ切られた部屋はおそらく寝室だろう。

「頑張って作ったのに」

 そこだけ異様に生活感を漂わせる散らかったキッチンの前で、キラキが涙目でテーブルの料理を眺めている。

「どうせ私は、あの金髪の子みたいにうまくできないさ……そんなに酷いかな」

 悩んでいるキラキを見て、宇宙人だヒーローだといったところで十五の女に過ぎないことに思い当たった。ならば料理一つに苦戦するのもそう不自然ではない。

「口出してもいいか?」

「参考までに聞いてやる」

 不機嫌そうに鼻を鳴らす。意地を張る仕草がなにやらかわいく思えた。きっとこの室内に気の迷いを起こす毒電波か何かが出ているに違いない。

「とにかく豪快過ぎるんだよ。全部を分けるな。大皿のサラダを平たく敷いてだな、そこにから揚げを盛ってみろ、ぐっと良くなる。コーンスープのバジルは混ぜるな、最後に上へ振りかけろ。そこの料理本の調理例見ればわかるだろ。材料に含まれてるからってなんでもかんでも一緒に煮るんじゃない」

「お、おお……」

 手を加えるとテーブルの上は随分すっきりして盛り付けも人間の食事らしくなった。

「あんた、なんでこんなことわかるわけ」

「ずっと見てきたからな。それよりラップかけてろ」

 口出しが済んだのでリビングに戻って直に床へ座る。しばらくすると、キラキがお茶を出してきた。ようやく歓迎する気になったらしい。

「あのさ、ありがとう……それで、何の用?」

「色々わからないことがあるから、教えてもらいに来た」

「そうね。じゃあ何を聞きたい?」

 邪気のない顔で見つめられる。えらく素直になった。なんでも親切にしてみるものだ。

「まずは先代赤仮面のことを聞きたい」

 おじさんの口が最も堅くなるのは自分のことについてだ。俺を宇宙ヒーローとしての跡目に据えたかったのなら最初からそう言えばよかった。一体なぜこんな回りくどいやり方を選んだのか。キラキから話を聞くことでわかるかもしれない。

「はいはい、わかったわ。五十九代赤仮面はこの星で普通に暮らしていて、移送中の浄鬼源と接触したことがきっかけで赤仮面になったの。その時が十八歳ってことだから、宇宙ヒーローとしては異例の高齢ね。普通なら引退考える頃だわ」

 十八歳、大学に進学した時。とすると今のおじさんが間違いなく照山久士ということだ。父との友情は本物で、隣家には何代も前から宇宙人が住んでいたことになる。

「十八で高齢ってのはどういうことだ?」

「浄鬼源の原動力は起動キーが分泌するココロゲンによって増幅された強い想い。一番心の高まりが激しい十歳から十八歳くらいの間が、ヒーローとしての強さのピークになるわけ」

「つまり思春期か」

「そういうこと。私にはまだわからないけど、心っていうのは経験によって鈍くなっていくんだってさ。色々体験する度にヒーローとしての寿命は削られていくわけね」

「この間は正義の心がどうとか言ってなかったか?」

「一説にはくくれないのよ。私がこんなこと言うのはよくないんだけど、浄鬼源を動かすのは必ずしも正義の心でなくてもいいっていうのが現代では有力だわ」

 利己的な理由で活動している俺はその証明になるだろう。正義なんて考えたこともない。

「それから四年の間五十九代目は活動を続けるわけ。短く思うかもしれないけど、その間に彼が拓いた宇宙は広大で貢献度はここ数年のヒーロー史でも目立つわね」

 四年。大学生活の全てを宇宙で過ごしたのなら親の死に目に会えなかったのも納得だ。それと大学は卒業できていないのかもしれない。

「彼の活動の中でも凄いのは――」

「星喰い戦」

 のっそりと、キラキの後ろにブンブンが現れた。陰気な顔をしていて、怒っているというよりは悲しそうだ。

「あ、おかえり! ご飯作ってあるよ」

「食べる」

「おいちょっと待て、話の続きをだな」

「黙ってな」

「はい」

 凄まれて大人しく引き下がる。無理に聞き出そうとしてもうまくいかないとわかっているからだ。どうせ逃げはしない。けして怖気づいたわけではない。

「ほら、どう?」

「うまい」

 キラキは食事をするブンブンの僅かな表情の変化で飛び上がって喜んでいる。キョウダイという割に仲が良過ぎはしないだろうか。ブラコンというやつに違いない。

「赤仮面の話なら」

 食事を中断したブンブンが立ち上がり、キラキの物足りなさそうな視線も意に介さず奥の部屋に通じる戸へ手をかけた。得意の話題だからか少々声が弾んでいる。これなら不機嫌を作った原因としてキラキに責められることもないだろうとほっとしていると、信じられないものが目に入った。

 戸が滑って見えた部屋の中、ショッキングピンクに染め上げられたインテリアを見て気が遠くなる。ブンブンはその中へ入り、開け放した戸にキラキが飛びついて乱暴に閉めた。

「よその家の寝室をじろじろ見るな!」

「そうだよな、寝室だよな。なんでどピンクなんだ酷い趣味だな。魔界か!」

「うるさい! 言うな! ほっとけ!」

 泣き出しそうなキラキの後ろでまた戸が開いた。ブンブンが出てきて、二人の間から部屋を覗こうとするとキラキから顔に膝をもらって星が飛んだ。

「あんた真面目に聞く気あんの」

「すいませんでした」

 魔界から出てきたブンブンは手に皿のようなものを持っていて、それを床に置くと室内が暗闇になった。動転してうろたえているとキラキに笑われる。

「立体映像。落ち着いて見てなさい」

 言われてみると暗闇のところどころに光っているのはどうやら星で、縮小された宇宙空間のようだった。その中を光線が瞬き闇を切り裂いている。思わずよけようとしたらまた笑われた。

「五十九代赤仮面最後の戦い。救難信号を受けた彼は現場に急行。相手は星喰いだった」

「星喰いってのはなんだ?」

「私たちより進んだ文明を持った種で、銀河を圧縮してエネルギー化する技術を持ってることから星喰いって呼んでるわけ。接触した文明を全て抹消しようとするから、連中の本当の名前はわからないわ。全天平和維持機構にとって最大の敵はこいつらね」

 途方もない話だ。そんな危険な敵を相手に戦っていたヒーローが隣の家に住んでいるとは、様々な真実を知った今でも信じ難い。

「この日星喰いの船団は一艇の宇宙船を狙っていたの。救難信号を出していたのはその船ね」

 無数の光線が一つの小さな光を追い回しているのがわかる。光線の出所は宇宙の闇に溶け込む無数の黒い宇宙船。広範囲を見ているせいで相対的に小さく見えるが、正しくガス雲に見える星比較して縮尺を考えれば相当に巨大だ。よく見ると驚くほどたくさんの数がゆっくりと動いている。部分的には宇宙の闇というよりもその船の黒だ。

「船の大きさはバラつきあるけど、大きいものだとこの惑星の半分くらいはあるわね」

「来た、赤仮面」

 ブンブンが呟くと、突然外側から一筋の光が流れて中心に届いた。速すぎて目で追えずどの方向から来たかもわからなかった。続いて瞬く間に幾つかの大きな黒い塊が火を噴いて砕けて散る。

「原初浄鬼源なら、このくらいできるのは珍しくないけど、凄いのはこのあと」

 小さな爆発を最後に、光線が飛ぶだけでしばらく争いは静かになった。逃げ回っていた船の光が見当たらない。

「あれ――っておわっ」

 突然光が広がって目が眩んだ。宇宙空間が映し出されているはずが目の前が白い。光は一瞬でも、回復するにはたっぷり十秒近くかかった。キラキとブンブンの二人はちゃっかり防いでいたらしく平然としている。

「これで三桁に達する星喰いの船団が全滅ってわけ。何が起きたかはエネルギー量に負けて映像解析もできないわ。映像がやたら遠いのは、これより近い観測所の機械がいかれたからよ。赤仮面本人を元に作成された公式記録では救難信号を出していた宇宙船は破壊され保護対象が死亡し近域に星喰い以外の生態反応がなかったから最後の手段を使ったってことになってる。私たちも知らない浄鬼源の秘密があるのは確かなようね。浄鬼源はまだ研究の余地があるから全天平和維持機構だって全部は把握してないんだけど」

「おじさんは今のから生きて帰ったのか?」

 まだ痛む眼を押さえながら尋ねる。

「あんた本人が生きてるの知ってるじゃない」

 馬鹿な質問だったが、とても信じられない。これが俺と同じ赤仮面だろうか。

「これを最後に五十九代は引退してこの星に帰ったってわけ。公式に知らされてはいなかったけど、赤色彗星の浄鬼源を持ってね。そのあとそれがあんたに託されたってわけ」

 立体映像が消え視界が元の部屋に戻った。ついさっき強い光を浴びたばかりだというのに、今は蛍光灯の光がまた辛い。目を細めて眉間にしわを寄せ、思案はそこに隠した。

 モミジの母親はおじさんがヒーロー時代に知り合った女性、ということでよさそうだ。よく考えてみたら宇宙人なので女性なのかどうかもよくわからないが、モミジが地球人の女とほとんど変わらないので心配はないだろう。

 宇宙に行っている間に知り合って別れて、子供だけを引き取った。今はそういう風に理解するしかなさそうだ。それ以上のことをこの二人が知るはずもない。

「質問変えるけど、俺にその、マフラーがどうとかってのはどういうことだ?」

 気にかかってはいた。この二人、花弁と茨の薔薇仮面にはそれぞれマフラーがある。そして俺、赤仮面には無い。そういえばモミジが貰った赤仮面フィギュアには付いていた。あれがおじさんをモデルにしたものなら、やはりマフラーを含めて完全な姿なのだろう。

「マフラーは宇宙ヒーローの証みたいなもんでさ。浄鬼源には付きもののはずなんだけど、どうしてあんたに無いのかは私らにもわかんないわ」

「資格、ないから」

 今初めて、ブンブンの目がしっかりとして厳しい。どうやら俺は本当に認められていないようだ。

「ばか。資格ならこいつが浄鬼源を使える時点で満たしてるはずでしょ」

「魂の在り方」

「んなもんどうでもいいわよ」

「よくない」

「お前ら落ち着け、喧嘩するな。それより資格ってのはなんのことだ」

 口論を始めた二人を諌めて話を続ける。赤仮面スーツを受け取るに当たって、試験を受けさせられた憶えはない。

「改造されたくらいだがそれのことか?」

「改造? なんでそんなことされたってのよ」

「待て待て待て、落ち着け。わけがわからん」

 順を追って説明する必要がありそうだ。モミジのことは省いて、五歳の時に犬歯を植え込まれたこと、十歳の時赤仮面になる為改造手術を受けたことを説明した。

「あー……あんたすっごい騙されてるわ。浄鬼源の装着に改造手術なんて必要ないもの。あんたはインプラント型の起動キーを植えつけられただけってのが本当。他はそのまんま、元の人間のままよ。前にも言ったけど体が強くなるのはココロゲンの副次的な作用だから」

 唖然とする。おじさんは一体どこまで俺を騙していたのだろう。ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

「くそう、なんだ。まだ他にもあるのか。資格ってのもそうか」

「ここで怒らないでよ鬱陶しい。浄鬼源にはそれぞれ適性があるの。起動キーがあれば誰でも扱えるもんじゃないわけ。赤色彗星の着用条件は〝違う星に生まれた誰かを愛していること〟」

「え」

「あんたの場合はあの金髪の子でしょ?」

「え?」

「いい子ねあの子。私には恐いけど」

「おいちょっと待て、考えを整理するから時間をくれ!」

「めんどくさい奴」

 苦い顔のキラキの前で今聞いたばかりの話を思い出す。ヒーロースーツを着用するには起動キーと条件を満たす必要がある。俺が持つ赤仮面スーツ、赤色彗星の浄鬼源の着用条件は。

 そうだ。疑う必要のない事実が一つ。嘘で固められた日常の中心。俺はモミジを愛している。七年前傷口を光らせたモミジを見て悪趣味にも「キレー」と見とれてから、いやその前からずっと。それが俺の真実だ。

「……なに? 急にさっぱりした顔して」

「気にするな。プライベートなことだ」

「何よ気取っちゃって、気持ち悪い」

 気分が良いので今は何を言われようと今は腹も立たない。

「そうか。そうだよなあ……ところでお前たち薔薇仮面の着用条件ってのはなんだ?」

「私たちのは、その……」

「互いに愛し合っていること」

「言わなくていい!」

 キラキが言いよどんだ内容をブンブンがあっさり口にした。後頭部をはたかれているのを見ながら、首を傾げる。

「お前らキョーダイだろ?」

「あー、金髪の子の手前さ……混乱するといけないから」

 キラキの顔が見る間に赤くなっていく。

 ふと、さっき見たショッキングピンクの悪趣味な寝室が思い浮かんだ。万が一あれが魔界でないとしたら。

「ああっ! お前ら夫婦か! そういや全然似てねえ!」

「うるさい! 騒ぐな! 別にいいだろ!」

 照れ隠しで殴られながら、宇宙の結婚年齢が地球よりも下であることを少し羨ましく思った。いつから認められるのか知らないが仮に十五歳なら俺とモミジも三年待つだけで済む。

 二人の愛の巣であると理解すると急にこの部屋がい辛く感じてきた。

「あー……邪魔したな。俺もう帰るわ」

「何に気を使ってるつもりなわけ? ああいやいい、言わなくていい!」

 そそくさと玄関へ移動して靴につま先を差し込む。さあドアを開けて帰ろうというところで唐突に、割とどうでもいい疑問を思いついた。ついでなので聞いておこう。

「お前らの血の色は何色だ?」

「はぁ?」

 キラキは思い切り眉を歪めて怪訝な顔をしている。

「あ、変な言い方になったか。お前らも宇宙人なんだから、どんな血の色をしてるのか気になっただけなんだけど」

「何意味わかんないこと言ってるわけ? 血に決まった色があるわけないでしょうが」

 ぽかん。固まっていると、キラキはしばらくして閃き顔で何度も頷いた。

「人類ってのがどういうもんか、そこから説明しとかないといけなかったわね。えーと、何度も言いたくないから一度で聞くのよ」

 キラキの、長い長い説明が始まった。俺にとってはとても重大な話だ。

 宇宙で暮らす人類の起源は、実を言うと正確なところはわかっていない。記録された歴史は別の宇宙生命の奴隷として扱われているところから記録が始まる。人類が繁栄しかけていたどこかの惑星から連れ去られ奴隷となり、様々な時代様々な宇宙で捨てられた奴隷が各惑星で適応した。地球もそんな惑星の一つだ。

 人類が奴隷という弱い立場から脱却する、その時が宇宙ヒーローの誕生の瞬間になった。

 虐げられる人類に手を差し伸べる宇宙生命種が現れ、彼らは人類に浄鬼源と起動キーを託した。それにより人類は革命を起こすことに成功した。

 人類に力を貸したその種も現在ではもう絶えてしまっている。高度に発達した文化の果て、極端に生存本能が薄くなってしまったことが原因だった。また彼らも浄鬼源を作ったわけではなく、滅んだ文明の遺産として発見したに過ぎなかった。

 その後人類は浄鬼源を用い宇宙を旅し奴隷として虐げられている人類を解放していった。そうして組織化されたのが今日の全天平和維持機構である。

「その最初に託された浄鬼源が無限白天を中心に置いた原初浄鬼源で――」

「その辺の話はもういい! じゃあ俺と――宇宙人は、俺はおじさんやお前らと元々同じ生き物だって言うのか?」

「そういうわけ。環境によって突然変異した連中もいるけどね。私らの感覚としては、あんたたちみたいにずっと同じ星で生きてる奴らは同胞っていうよりご先祖様感覚だけどね」

 こともなげに頷く。まさか、そんなはずがあるものか。

「じゃあなんで血の色が違うんだ? 同じ生き物ならおかしいだろ」

「宇宙じゃこの星での常識や物理法則なんて絶対じゃないの。あんたらが言う赤血球が赤いのもこの辺りの宙域だけでの話よ。私らも――こないだまでは何色だったっけ?」

「茶色」

「そうそう茶色。必要な時間は地域によってまちまちだったりするけど、同じ環境にいたらその宙域で決まった色に変化するってわけ。納得した?」

 足元から頭の先へ、ぞわぞわと鳥肌が駆け抜けた。

 俺はこの時を待っていた。モミジがなんの心配もなく、この町で暮らしていく方法。血の色しか違いのないモミジが、今はまだ白いモミジの血の色がこの辺りの宇宙で決まった血の色に、赤く変わるのならそれでもう何も問題は残らない。こんな大切なことを黙っていたおじさんをどうするかはあとで考えよう。

「お前らありがとう。恩に着る。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ」

「赤色彗星返上しろ」

「その話はまた今度な。それじゃあまた」

 呆れ顔を最後に振り返り部屋を飛び出す。階段を駆け下りるのももどかしく、塀を越えて地上まで飛び降りたい衝動に駆られた。

 早くモミジに報せたい。いつかはわからないがもうすぐお前の血は赤くなる。何も心配しなくていい。俺たちは最初から別の生き物なんかじゃなかったんだから。

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