第12話

 照山モミジ、一票差でタイトルを防衛。そんな記事が速報として教室の後ろの掲示板に張り出されている。何が面白いのかよくわからないが大勢の男子が休み時間の度にやって来てはこれを見て盛り上がっていた。放課後の今静まっているのも既に全員に知れ渡ったからこそかもしれない。

 一方女子には大変な不評で、鍋山は総攻撃を食らって放課後にまた保健室行きとなった。

 ランキングの結果が出たことが何かのきっかけになったのか、昼休みが終わる頃には転校生フィーバーは去ったようだった。朝露の方から絡んでくることもなくなってほっとしたような残念なような、複雑な気持ちで職員室に呼び出されたモミジの帰りを教室で待つ。

 誰もいない教室は静かで、校庭から聞こえてくる運動部の野太い声さえ心地良い。疲労感で机に突っ伏して、夕暮れ時でも高い夏目前の日差しを浴びながら眠りへ誘われる。

 腕にはまだ昼休みに触れたモミジの感触が残っている。柔らかさを思い出していると顔がだらしなく弛むのがわかる。今ここに誰もいなくてよかった。

 うとうとと夢と現を行き来していると、ふと、悪寒のようなものを感じて体を起こした。死神が首を撫でていった。そんな気がする。

「幸せそうで羨ましいわ」

 教卓に腰かけた朝露がこっちを見ていた。誰もいなかったはずの教室に忽然と出現。たまたま足音を聞き逃した、そんなことではないような、確信めいた疑念が胸を騒がせ、戦慄が緩んでいた神経をぎりぎりと締め上げ張り詰めさせる。この女はどこか妙だ。初めて見た時から、何か気になっていた。

「ふふ、想い合うって、いいわよね。それが二人を活き活きと輝かせるの。どれだけの力があっても光を当ててもらわなければ花は咲かないものよ」

「何だ、何を言ってる」

「でも、花咲く前に手折られてしまったら、全部おしまい」

 意味ありげに微笑むだけで質問は受け流し、教卓を降りて近づいてきた。話しぶりにひどく現実感がない。台本を読んでいるかのように軽薄でありながら顔にぶつけられるかのように凄む。更には微笑んでこちらを見ているようでも俺をすり抜けて遥後ろ、まったく別のものを気にしているようにも思える。危なげな印象が急速に膨らんだ。

 細かな挙動に注意しながら後退り距離を取る。モミジに対する後ろめたさやクラスメイトの嫉妬に対する恐れとは違う。もっと本能的に警戒を呼び起こすものがこの女にはある。

「その手で、何をするつもりなの?」

 問われ、拳を握って身構えていたことに気がつく。

 その驚きで硬直している間に、朝露は素早く踏み込んで距離を詰めていた。伸ばした手がまっすぐ迫る。狙いは胸倉、違う。ペンダントだ。鳥肌が直感を運び、片足を下げ半身にかわしながら腕を捕まえた。

 ペンダント、赤仮面スーツを奪われたら爆死。危ないところだった。どっと汗が吹き出る。

「あ、悪い」

 握る手に力加減を忘れていて、慌てて離しながらまた距離を取る。

「ううん、こちらこそごめんなさい。アクセサリで飾るタイプに見えないから、気になっちゃって」

 笑顔は取り繕う不自然さも邪気もない。ないはずなのに、あるように疑ってしまう。勝手に苦手意識を積み上げて自分を正当化する為に相手を悪者にしてしまっているのか。

「タカくん……」

 か細い声に振り向くと教室の入口にモミジがいた。不安げな表情で俺と朝露を見比べている。

 俺は改造人間で、着れば敵無しのヒーロースーツも持っている。なのになぜ俺は追い詰められて助けを求めるようにモミジを見つめているのか。これではあべこべだ。

 やがてモミジは頷いて、力強い視線を朝露へ放った。

「貴方が何を考えてるのかは知らない。けど私の大切なものは絶対渡さない。タカくんは私が守る」

 これは明確な敵対宣言だ。しかし朝露はまるで聞こえていないかのように平然としている。

「誤解があったみたいでごめんなさいね。ちょっと気になってたんだけど、思ってたのとは違ったみたいだから」

 微笑を崩さず朝露がゆっくりと離れていく。安堵の最中にもらった一瞥が笑顔の形だけ造り、それでいてまったく笑っていなかったように思えて体が凍りついた。

「心配しないでいいのよ。そんなチビいらないから」

 一際強めた笑みに余裕をたっぷり乗せてぐさりと胸に来る一言を吐く。

 モミジは無言で、荷物と一緒に俺を引っ手繰ると廊下へ飛び出した。


「あいつタカくんの悪口言った。許せない許せない許せない――」

 ストレスのせいで早足になっている。歩幅の点で不利なのでついて行くのは大変だ。

「でも言っちゃった。タカくん守るって。私もレジスタンスだって思われたかな」

 どうやら朝露は監視役と言う風に妄想が決着したようだ。それで距離を置くようになってくれたらありがたいが、そうもいかなそうで頭が痛い。

「あのなモミジ、あんまり無茶しないでくれ」

 下手をすれば爆死。それとは関係なしに心底そう思う。こんな風にモミジが心を荒れさせてしまうのは忍びない。

 昇降口前で立ち止まり、振り返ってきっと睨まれる。

「じゃあ朝露さんが敵か味方かだけ教えて」

「どっちでもねえって。それより、職員室に呼ばれた理由はなんだったんだ?」

 放課後帰ろうとしていたところへ放送での呼び出し。髪の色で誤解されさえしなければ、モミジは問題視されるような生徒ではない。単独で呼び出されるようなことは今までにもなかった。

「ええっとお……」

 質問にモミジは戸惑っていた。下駄箱から靴を抜き取る指もしばらく迷い、やがて決心したかのように大きく頷く。

「あのね、おじさまから電話だったの」

「父さんから?」

 公務員の父はまだ役場で仕事をしている時間だ。どんな用件かは知らないが学校に連絡を取るならまず息子にとは思わないのだろうか。あまりにもモミジが家族と近しいせいでこうして疎外感に包まれることはままある。

「うん。昨日の夜、っていうか今朝ね、山で土砂崩れがあったんだって」

「ああ、知ってる」

「え……なんで?」

 ついうっかり口が滑ってしまった。新聞やニュースで見たわけでもないのだから、これは失敗だ。

「そりゃあお前……鍋山から言ってたからだよ」

「へえ、鍋山くん流石だね」

 どうにか誤魔化せた。口裏を合わせておく必要が出来たが。

「それでね、その土砂崩れで町長さんが生き埋めになっちゃったんだって――どうしたの?」

 外履きを下ろす動きからそのまま自然と頭を抱えてしまっていた。まさか町長だったとは。つまり父の上司だ。

 しかし今は平静を装わなくてはならない。体を起こし、上履きを靴箱へしまう。

「いや、なんでもない。それで、町長はどうなったんだ?」

 昇降口を外へ出て校門へ向かって歩きながら、モミジはきょろきょろと首を巡らせ辺りに誰もいないことを確かめた。下校もピークを過ぎているので人は散見される程度だ。

「それがね、どうも赤仮面が助けたらしいの。赤い恰好の人が人助けして回ってるって噂は役場の人も聞いたことがあって、町長さんが運ばれた病院のカメラに赤いのが映ってたからそうなんじゃないかって。私が赤仮面を見た人に話聞いて回ってるのおじさまは知ってたから、色々確認したかったんだって」

 面倒なことになってきた。赤仮面は俺の実生活と接点のない別世界でのことだったのに、モミジならともかくまさか父が関わってくるとは。いつか来ることとはいえ、恐れていた事態だ。

「それで今日の夜詳しく話し聞かせてって頼まれちゃった。病院のカメラの画像も持ってきてくれるって」

 家へと帰る足が重くなった。問題は何一つ解決しないまま今後もどんどん複雑化していきそうでうんざりする。

「これってどうなのかな。タカくんと赤仮面にとっていいこと? 悪いこと?」

 真剣に顔を覗きこんでくるモミジに対し、俺はいつも通り曖昧に笑うことしかできなかった。

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