第1話
「タカシ! もう迎えが来てるよ!」
「ああわかってるって」
寝不足の頭にせっかちな母の声が辛く、こめかみを押さえながら居間の横をすり抜け玄関へ移動する。いつも通り、迎えの姿は見当たらない。玄関は無人だ。
気にせず通学靴に足を通し、踏みつけた靴のかかとに引っかけた指を引き抜きながらケンケンで開け放しの引き戸外へ出た。と、玄関口脇に隠れていた金色の頭に声をかける。
「おはよう、モミジ」
屈んだ姿勢から顔を上げ、目が合うと体から緊張が抜け同時に強張っていた表情も緩んだ。
「タカくん……おはよう」
モミジの母親は俺や娘のモミジも写真ですら見たことがなかった。それに疑問を持つ年頃になっても、なにしろ明るい話題ではないので聞かないまま知らないままになっている。
「お、今日から夏服だったな」
言うとモミジは衣裳を見せ付けるように立ち上がり、見上げる形になった。モミジの背が特別高いわけでも、段の上に立っているわけでもない。第二次成長期の神様が今はまだ俺の方を向いていないだけだ。これ以上の説明は気が乗らない。
「タカくんだって夏服着てるじゃない。あ、いきなり半袖」
「熱がりだからな。袖も邪魔臭いし」
「うん、なんか新鮮だね」
安堵だけでない笑顔が輝いた。今日初めて袖を通すセーラー服の白さと両方、モミジはこうした明るさが似合っている。
しかしそれは長くは続かない。早速目に涙が滲む。
「よかったぁ、今日もちゃんと逢えたね」
「おおげさだな。十二時間も離れてないだろ」
家が隣同士だけあって夕食後を一緒に過ごすことは珍しくない。ほんの何年か前まで育児の都合上モミジは八十八家で暮らしていたくらいだ。
「タカくんわかってない」
共感しなかったのが気に食わないらしく顔つきが険しくなった。
「私たちはいつ当局に見つかって、引き裂かれるか――」
「ダメだモミジ」
興奮し大きくなった声を止める為、大仰なもったいぶった動きであちこちへ視線を飛ばし、人差し指を唇に立てて見せる。モミジはハッとして神妙に口を閉じた。
間は一秒、二秒。わざとらしく汗を拭う振りをする。
「気のせいだったみたいだな。まあ、俺に近づけるほどのエージェントが、そうそういるはずもない、か」
「凄い、さすがタカくんくらいのレベルになると挑戦者を見つけるのも一苦労なんだね」
「ん? んん。ああ……そうだとも。それよりそろそろ学校行こうぜ」
「うん……い、いってきまぁす」
家の中に向かって蚊の鳴くような声で呼びかけるのを見届けてから、表へ出て通学路を歩き出した。
隣に住んでいる幼馴染が迎えに来て学校へ行く。そういうスムーズな流れで済まないのは俺とモミジ、二人の体に流れる血の色が違っているからだ。
七年前、木から落ちてけがをしたあの日。逃げ出したモミジは木の根に足を引っかけ落ち葉を舞い上げながら斜面を転がった。それから起き上がると逃げていたことも忘れ泣きじゃくりながら俺の名を呼んだ。転がるうちあちこちにこさえた擦り傷が、白く光っていた。
血が蛍光素材のように淡く発光する。当然人間、地球人であるはずがない。モミジは宇宙人だった。
「で、どうかな? 夏服。ちょっとでいいから褒めてもらえたらなー、なんて」
「似合ってる。ええと、凄くいい」
実際口に出すのは照れくさいので言葉が出てこないが、本当によく似合っていた。少し気になる短さのスカートと半袖で手足の細さが際立ち、純白が細い金髪を更に輝かせている。丸顔なのでいわゆる美形とは違うが中学生らしい愛らしさのある顔は褒められたことでだらしなく弛み切っている。
「えへへー。タカくんの美的感覚から外れてなくてよかった。ほら、映画だと宇宙人って色々凄いでしょ。ああいうのが当たり前ってタイプもいるんだろうけど、違ってよかった」
「うん。それは本当によかった」
毎朝迎えに来る幼馴染がゲル状だったなら泣ける。
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