第6話 見習い魔導師の街

 朝起きるとリンは柔らかい光に包まれていた。陽の光とは違うがろうそくやランプとも違う不思議な光だった。そのため起きてしばらくは自分が今どこにいるのかわからなかったが、部屋の内装を見渡しているうちに自分が昨日、塔の安宿に入寮したことを思い出した。

 テオのベッドの方を見るとすでにもぬけの殻だった。リンは布団から出て背伸びをする。

(今何時くらいだろう)

 時計もなく太陽の位置も把握できないので時間が分からなかった。部屋に満ちている柔らかい光は壁が発光しているようだ。ろうそくやランプの光のようにオレンジ色ではなく、白色でほとんど太陽の光と変わらないような気がした。仕組みは分からないけれどこれも魔法の力のようだった。リンはしばらくベッドに腰掛けておとなしくしていたがなんとなくそわそわしてくる。テオはどこに行ってしまったんだろう。自分も外に行ってみようか。しかし下手に外に飛び出せば迷宮のような塔内で迷ってしまうかもしれない。少しだけ外の様子を見てみようかなと思い始めた時、勢いよくドアが開いてテオが帰ってきた。

「リン。起きてるか?起きてるな。それじゃ朝飯がてら協会に登録に行くぞ」

 テオの手にはパンの入ったパスケットが握られている。

 リンはホッとした。このまま夜まですることもなく部屋に居続けることになるのかと思い始めていた頃だった。

 廊下に出るとそこも昨日とは打って変わって明るい光に包まれていた。人気はなくひっそりと静まり返っている。住んでいる人はもうみんな出かけてしまったのかもしれない。

リンはテオにつれられて昨日ドブネズミの巣に来たのと同じエレベーターに辿り着いた。乗り込むとテオは呪文を唱える。

「10階層、魔法都市レンリルへ!」

 リンは動くエレベーターの中でテオから手渡されたパンをかじった。

「助かったよ。てっきりもう仕事場に行ったのかと」

「行ってたよ。とりあえず顔を出して休みをもらってきたんだ。お前を案内しなきゃいけないからさ。お前まだ来たばかりだからこの塔のこと何にも知らないだろ」

「うん、そうなんだよ。何も分からなくって。…なんか悪いね。仕事まで休んでもらっちゃって」

「いいよ。バイト代出るらしいし」

 テオは欠伸をしながら答える。

 あんまり朝には強くないようだった。

 エレベーターの進む通路も白い光で満ち溢れている。その光の強さと柔らかさは朝の陽光と大差なかった。

「明るいね。これも魔法の力なの?」

「いやこれは魔法じゃない。太陽石の光だ」

「太陽石?」

「太陽の光を閉じ込めた石だよ。太陽の動きに合わせて光度が変化するんだ。太陽石のおかげで屋内にいても屋外と同じように陽の光を受けることができるんだ。だから塔の内部では植物も育てられる。塔内の殆どの内壁には太陽石が埋め込まれているんだ」

「そうなんだ」

 エレベーターは白い通路を進んでいく。時に分かれ道に差し掛かるが、その風景は一向に変わらず殺風景だった。どこまでも白い壁が迷路のように続いていく。リンはこの迷路とエレベーターにまだ慣れることができなかった。昨日の暗闇を進むのに比べればまだマシだが、白い壁が延々と続くというのもそれはそれで無機質で不気味な感じがした。

 リンは気を紛らわそうとテオに話しかける。

「あのさ、さっき言ってた協会……だっけ……。これからそこに行くんだよね。どういうところなの?」

「ああ。魔導師協会。塔に在籍する魔導師を登録・管理している。まあ役所みたいなもんかな。魔導師が塔で活動するには必ず協会に名簿を登録しなくちゃいけないけど、いろいろ世話してくれるんだ。何かわからないことがあったときは、協会に聞けば教えてくれるよ。仕事の斡旋もしてくれる」

「へえ〜。便利だねぇ」

 リンは魔導師協会という組織にも感心したが、テオにも感心した。テオの説明は簡潔で分かりやすくすんなり頭の中に入ってくる。

(やっぱり頭のいい子なんだろうな)

「テオはここに来てどのくらい経つの?」

「4ヶ月くらいかな。お前とそんなに変わらない、まだ来たばかりの見習い魔導師だよ」

「でも昨日部屋で見せてもらった魔法すごかったよ。やっぱりあれは師匠に教えてもらったの?」

「いや、あれは講座とか仕事場で習った。師匠は何も教えてくれない」

「……? あれ? そうなの?」

「仕事が休みの土日は俺らみたいな来たばかりの奴のために無料の講座が開かれてるんだよ。塔での生活のルールとか簡単な魔法の使い方とか教えてくれる。あとは独学だな」

「師匠はどうして魔法を教えてくれないの?」

「師匠は……うーん、なんていうか。一応聞いとくけどさ、リンって貴族階級じゃないよな」

「えっ、う、うん」

「だろうな。俺も同じ平民階級。まあお前もそのうちわかると思うよ」

 テオにしては珍しく奥歯に物の詰まった言い方だ。

 それにしても師匠が魔法を教えてくれないというのはどういうことだろう。テオの言い草だと階級や資産が関係しているような口ぶりだがそれと魔法の修行に一体どういう関係があるというのか。

 リンは首を傾げた。

「……もうすぐだな」

ずっと腕を組んでいたテオが周りの空気が変わったのを見て呟く。同時にリンは下方から風が吹いているのを感じた。今エレベーターは下方に向かってまっすぐ降りている。

 突然、狭い通路から開けた場所に出た。

 四方の壁が消えてなくなり見渡す限りの虚空に放り込まれる。

 横風が吹いて檻がガタガタと揺れた。

驚いたリンは檻の隙間から下を覗いてさらに目を見張った。

そこには一つの街があったのだ。二人を乗せたエレベーターは上空から街に向かって下降しており、眼下に10階層・レンリルの全てを見渡すことができた。道路や建物がひしめき合いつつも、一定の区画に沿って整備されていることが一目で分かる。道路には朝早くから人々が行き交っているのが見える。リンは自分が塔の中にいることも忘れた。

「すごい!僕、街を真上から見たのなんて初めてだよ」

 リンは感嘆の声を上げた。周りを見回すとリンとテオを乗せたもの以外にもエレベーターが空中を行き来している。

「魔法都市レンリルだ。塔の中にある都市の一つで、ま、今のところ俺たちが入れる唯一の街だな」

 テオは左手の袖をまくり呪文を唱えだした。すると手首のあたりに紋様が刻まれ始める。円盤と数字、そして針が浮かび上がり時計になる。

「……7時か。協会が開くまでまだ時間があるな。先に他のところ回っとくか」

 リンとテオを乗せた檻は街の中心に建っている、最も背が高く天井のない建物に吸い込まれていった。



                        次回、第7話「魔導師協会」

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