第44話 テオ、新しい商売を始める

 太陽石の光が弱まり、アルフルドの街に夜の帳が下りる。

 リンとテオは新しいルームメイトの二人が眠りについたのを確認した後、ひっそりと音を立てずに部屋を出た。

 二人はエレベーターに乗って90階層に向かった後、街の市街地から外れ外郭部の方へと向かっていく。

 夜のアルフルドは昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っている。通りは真っ暗で月明かりすらない。店々は扉を閉め、家々は灯りを落とし、街全体が眠りについているかのようだった。

 この深夜にも灯りがついている建物がちらほらとあるにはあるが、それらはいずれも学院生には似つかわしくないいかがわしい店ばかりだ。店には夜の光に集まる蛾のように街のあぶれ者共が群がっており、怪しげな雰囲気を醸し出していた。

 リンとテオはこれらの店を避けながら、指輪の光を頼りにして闇夜の街を小走りに駆けた。誰かに見つからないよう音を立てずに、しかし急ぎ足で。

「テオ、こんな夜中にどこまで行くんだよ」

 リンが曲がり角に差し掛かった時、小声で聞いた。

「しっ。着けばわかるから」

 リンは仕方なく黙ってテオの後についていった。

 この辺りは寂れて人の気配がしない建物ばかりの場所だった。昔は工場地帯だったらしいが、レンリルで安い労働力が使われるようになってから軒並み廃業に陥った。今では浮浪者とカラスや捨て犬、野良猫の住処になっている。不気味なため堅気の者は誰も近寄りたがらない。

 リンはここの住民達と目を合わせないように注意しながら道を進んだ。



 旧工場地帯の中ほどに来たところでテオは一つの大きな建物の中に入った。

 リンも恐る恐る後についていく。

 工場の中には打ち捨てられた道具や機械が散見され、サビや油のすえた臭いが漂ってくる。

 リンは年季の入った異臭に顔をしかめた。

「ひどい臭いだね」

 リンが思わずつぶやく。

「昼間来た時に消臭しといたはずなんだけれどな。もう一度取っておくか」

 テオがポケットから紙を取り出す。紙には妖精魔法の魔法陣が描かれていた。妖精が宿っている証拠だった。

「妖精よ。ここら一帯に充満している悪臭を取り除け」

 テオが呪文を唱えると妖精が喚起され、臭いを取り払っていく。

 リンは空気が清らかになっていくのを感じてほっとした。

「テオ。そろそろ説明してくれよ。ここに一体何があるんだい?」

「僕達を金持ちにしてくれる打ち出の小槌さ」

 リンは胡散臭げにテオの顔を見る。

「論より証拠だ。この部屋を見てくれ」

 テオが建物の一室にリンを招き寄せる。

「これは……」

 リンが部屋で目にしたのは巨大な穴だった。

 広い部屋の中央に真っ黒な穴が空いている。

 リンは穴の中から風が出ているのを感じた。相当に深い穴だとわかる。試しに指輪の光を当ててみたが、それは穴の縁の方を照らすだけで底は一向に見えそうになかった。

「すごく深い穴だね。一体どこにつながっているの?」

「レンリルだ」

「えっ?」

「ここら一帯が以前工場地帯だったっていうのは知っているよね。昔は坑道として使われていたようだ。ここから魔獣の森付近で産出された大質量の鉱石や木材が一旦レンリルを経由して運び込まれていたらしい。今となっては見ての通り、役目を失い忘れ去られているけれどね」

「よくこんなの見つけたね」

「ここが工場地帯って聞いた時から変だと思っていたんだ。その割にこの辺にエレベーターの数が少なすぎる。廃止された路線があるんじゃないかと思って古い資料とか調べたら案の定さ」

 リンは思わず旧坑道を覗き込む。それは現在塔で主要に使われているエレベーターに比べるとかなり粗っぽく作られたトンネルだった。無造作に掘られ、穴の中の壁は申し訳程度に舗装されている。

 まだエレベーターの魔法が十分に発達していなかった時代に運用するのは大変だったであろう。リンは先人の苦労を偲ばずにはいられなかった。

「この坑道は現在、魔導師協会も管理していない。つまりここを使えば徴税を食らうことなくレンリルで買ったものを好きなだけアルフルドに運び込むことができる。90階まで運べばこっちのもんだ。レンリルからアルフルドに運び込む場合は徴税されるけど、アルフルド内ならいくらエレベーターを使っても徴税されることはない。それはもう実験済み。つまり俺達でこの坑道にエレベーターを作ってここまで運ぶことさえできればアルフルドのどこにでも品物をばら撒くことができる。もちろん俺達の家にだって運び込める」

「エレベーターを作るなんて……そんなことできるの?」

「できる。考えてもみろ。エレベーターはただの檻やら箱やらに質量魔法をかけて動かしているだけだぞ。檻や箱なんてたいした値段でもないし、僕らでも十分購入できる。通り道を確保してきちんと道なりに動かすよう設定すればあとはいつものように呪文で動かすだけさ」

(そうか。それであんなにエレベーターや質量魔法に関する本を読んでいたのか)

 リンはようやくここ数日のテオの行動に合点がいった。

「なるほど確かにそれならエレベーターを作ってレンリルからアルフルドまでモノを輸送することはできそうだね。……でもそんなことして怒られないかな」

「うん。だからこっそりやる」

 次の日から二人の試行錯誤が始まった。

 リンとテオは授業が終わると工場にも行かず、かといって図書館にも行かずいそいそと90階行きのエレベーターに乗り込む。

 そのあと人目につかないように秘密の坑道まで行って品物の輸送実験を行った。

 初めはなかなか上手くいかなかった。

 坑道のレンリル側入り口と思われる場所から檻に魔法をかけてあげてみるが、途中で引っかかったり破損したりしてしまう。

 その度に二人は坑道の中がどうなっているか塔の見取り図と坑道の古い資料を見比べ、図面を描いてあーでもないこーでもないと議論する。

 努力の甲斐あってついに二人は坑道にある障害物をすべて取り除くことに成功する。

 エレベーターを道筋に沿って正しく動かすこともできるようになった。

 こうしてようやく檻がアルフルドの入り口までたどり着いたと思ったら今度は別の問題が発生した。エレベーターの中身が大量の砂砂に埋もれていたり、破損してぐちゃぐちゃになっていたりした。そのため二人は箱を冶金魔法で補強して強くしたり、檻ではなく隙間のない箱を独自に設計して作ったりしなければならなかった。

 こうしていくつもの障害を克服し、何度も試行錯誤して、ついに品物の大量輸送に成功する。

 箱とその中身が無傷でアルフルドまでたどり着いた時、二人は歓喜の声をあげた。

 魔導師協会の徴税官が取り立てに来ることもなかった。

「やったね。これで僕達アルフルドでの生活を続けていけるよ」

 リンはそう言って無邪気に喜んだ。

 しかしテオはそれだけで満足しなかった。

 彼はレンリルで買った日用雑貨や消耗品を自室に運ぶだけでなく、闇取引を始めた。つまりレンリルとアルフルドの物価の差によって生じる利鞘で儲ける。口の堅い人にだけ話を持ちかけ、独自のネットワークを作り、闇市場を作り出した。

 初めは街の外でこっそり売るだけだったが、買い手は予想以上に多かった。そのうち市街地にも闇市場を進出させる。

 当然他の商店から苦情が来た。

「安く売りすぎだぞ。いったい何を考えているんだ」

 しかしテオはこの逆境をむしろチャンスに変えた。

「皆さんの店に僕達の商品を卸売りさせてもらえませんか。きっと今の購入先より安く買えると思うんですが」

 他店はテオのこの提案を歓迎した。二人の売り先は消費者から商店に変わった。

 テオが商店との交渉を担う一方で、リンは秘密の通路から物資を輸送する役割を担った。彼はテオの手となり足となりコキ使われてしまうが、その代わりアルバイトは辞めることができて、以前よりも時間は取れたし収入は上がった。

 テオはこれだけでは終わらなかった。市場に自分の考えが受け入れられると見るや否や、さらに事業を拡大しようと考えた。港から直で商品を輸入し、流通にも手を広げようとしたのだ。それだけではなかった。卸せる商品数とラインナップを増やし、さらには日用雑貨や消耗品以外の商品にも手を伸ばすため、エレベーターの増設を計画し始めたのだ。

(絶対バレる。手を広げすぎだ)

 リンはハラハラした。テオにやめるよう言っても聞かなかった。

「こんな理不尽な規制、徴税システムがあるのが悪いんだ。僕のやっていることは市場から見れば正義なんだ!」

「そんなこと言っても規則を破ったら罰が降りかかってくるよ。ね、もうやめよう。十分な収入ができたじゃないか」

 しかしテオはリンの言うことに耳を貸さなかった。

 むしろより過激な方法を模索し始めた。

 協会の人間と癒着して買収することを思いついたのだ。

(これは僕が育てたビジネスだ。誰にも潰させやしない)

「協会のそういうことを取り締まってる組織に接近するんだ。そいつらに金を握らせる」

 リンはテオの大それた考えに真っ青になる

「これは不当な規制との戦いだ! 絶対に屈するもんか」

 テオは事あるごとにそう息巻いた。

(趣旨変わってるよ……)

 リンはアルフルドで快適に住めさえすればそれで良かった。しかし事態は彼の思惑を大きく超えてあらぬ方へ向かおうとしていた。

 リンの収入は着実に増加していった。

 しかし収入が増えるたびに不安も増えていくのであった。



 次回、第45話「訃報」

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