第103話 事後処理

 クルーガがナウゼとラディアに落とし前をつけさせると言ったのは本当だった。


 彼は二人の犯行についてあるがまま協会に報告した。


 その上で二人が反省していること、それに免じて寛大な処置を望んでいることを伝えた。


 事が事だけに協会は事態を重く見て、すぐに審議が開かれた。


 二人は裁定が下されるまで自宅謹慎を命じられる。


 まだ試合を控えているラディアは事実上の棄権となった。


 クルーガは二人に対して寛大な処置をするよう求めて動き回ったが、そうはならなかった。


 反スピルナ派の者達、その大半がウィンガルド人とラドス人、がここぞとばかりに才能あるスピルナ魔導士の将来を潰そうと画策して積極的に運動した。


 特にヘルドはイリーウィアの命令を受けたのもあって旺盛に行動し、リンに対する同情論をあらゆる場所で吹聴した。


 また一方でイリーウィアの要望を満たすための売り込みも忘れなかった。


「ナウゼが犯行に及んだ理由は他でもありません。彼はリンの才能に嫉妬したのです。イリーウィア様にも見込まれたリンの才能に!」


 この運動に対してスピルナ魔導士達も対抗して、リンへの非難とナウゼへの擁護論を展開した。


 一時アルフルドの街は騒然となったが、流石にナウゼの非が明らかなため押されがちになり、減刑の要求は次第にトーンダウンしていった。


 独立した機関であるはずの審議だが、騒々しい外野の声への配慮せざるをえなくなり、しかしそれによってかえって不公平が是正され、帳尻を合わせたような裁定が下される。


 結局、学院魔導士への傷害罪、殺人未遂、魔導競技の聖性を冒涜した罪により、初犯であること、まだ未成年であること、上級貴族であることを考慮に入れられ追放は避けられたものの、ナウゼには3ヶ月の独房行きと、五年間の魔導競技への参加禁止命令が下された。


 それは実質、彼が魔導競技に参加することが不可能になる年数だった。


 上級士官への道が完全に閉ざされたわけではないものの、卒業後のキャリアへの影響は避けられない。


 学院魔導士のうちに競技で一勝した者に比べて軍人としての出世が遅れることは確実だった。


 ラディアには共犯の科により、一ヶ月の謹慎が命じられた。




 魔導競技が終わってから数週間の間、闇夜の襲撃を恐れながら街を歩いていたリンだが、ナウゼが収監されたと聞いてからは安心して街を歩けるようになっていた。


 そのうち、学院での単位取得に忙殺されるようになってからは襲撃の恐怖よりも落第への焦りが勝るようになり、目の前のことに集中するにつれて事件のことを忘れていった。


 そうしていつの間にか3ヶ月が経過した。


 リンとテオは学院の廊下を小走りで急ぎながら、教室に向かっていた。


「くっそ。教室変更すっかり忘れてたぜ」


「テオ。何もそんなに急がなくても。普通に歩けば間に合うよ」


「バカ。この授業の教授は時間にうるさいんだって。ただでさえ俺は睨まれてるし」


 廊下の角を曲がり、目当ての教室にたどり着く。


 まだ生徒達が教室に入り始めた頃だった。


「よし。間に合ったな」


 リンが教室に駆け込もうとした時、反対方向から来るナウゼとバッタリ鉢合わせになってギョッとした。


 ついついギクシャクしてしまう。


(ナウゼ。釈放されていたのか。すっかり忘れてた。あれからもう三ヶ月経ってたのか)


 ナウゼには、まだ魔導競技でリンが杖で殴った時の傷が残っていた。


 彼の額には包帯が巻かれている。


 リンはそれを見てついドギマギしてしまう。


 ナウゼはリンの方を一瞥しただけで教室に入っていこうとする。


「待てよ、ナウゼ!」


 テオが鋭く叫んだ。


「人のこと襲っといて挨拶もなしか。随分な態度だな」


 テオがナウゼにズイと詰め寄る。


「卑怯なマネしてくれたよなぁ。競技に負けたからって闇討ちなんてしやがって。そんなに負けを認めるのが嫌か!」


 リンはテオとナウゼの間の一触即発の雰囲気にハラハラしながらも、さすがテオだな、と感心していた。


 相変わらず先手を打つのが上手い。


 独房から出たばかりのこの時期ならいくらナウゼといえども公衆の面前で下手なマネはできない。


 みんなの前でどっちが正しいのかはっきりさせて、牽制するつもりなのだ。


「お前らの国ではどうだか知らないけどな。ここは塔の学院なんだよ。ここのやり方に従えないならさっさと自分の国に帰れ!」


「なんだと」


 ナウゼの隣にいるラディアがキッとテオの方を睨む。


 しかしナウゼは気にする風でもなく行こうとする。


「ラディア。気にするな。挑発だ。言わせておけ」


 ナウゼはそれだけ言うとさっさと行こうとする。


「おい、待てよ」


 テオがナウゼの肩を掴んで行かせようとしない。


「もうリンに手出ししないってこの場で約束しろ」


 テオが語気を強めて言った。


 ナウゼの胸ぐらを掴み、鼻先まで顔を突きつける。


 今にも殴り合いを始めかねない勢いだった。


「もしもう一度リンに手出ししてみろ。その時は俺がお前らを闇討ちしてやるよ」


(テオ……)


 リンはテオのこの言葉に感激した。


 ナウゼは観念したようにため息をつく。


「もうしないよ」


 テオの手を鬱陶しそうに振り払ってリンの方を鋭く睨む。


 リンはなんとかナウゼに向き合う。


「次戦うのは学院を卒業してから。100階層でだ」


(100階層……)


 リンの中に100階層の迷宮が思い出される。


 ルシオラと戦ったあの迷宮が。


「今度は競技じゃない。……本当の戦いだ」


 ナウゼはリンの方を真っ直ぐ見据えて言った。


「その時までは僕の負けってことにしといてやるよ。それまでせいぜい力を磨いておくんだな」


 ナウゼはそれだけ言うとさっさと行ってしまう。


「チッ。また戦う気かよ。しかも結局謝らねーし」


 テオは二人が離れて行くのを見ながら不満そうに言った。


 ともあれリンはホッとした。


 とりあえずは休戦協定が結ばれたようだ。


 またいつ再発するかわかったもんじゃないけれど。


「あの野郎。言いたい放題言いやがって」


 ラディアはリンとテオから離れてから面白くなさそうに呟いた。


「ラディア。手を出すなよ」


「?」


「リンは……あいつは俺が殺る」


 ナウゼは決意を込めて杖を持つ拳を握りしめた。


(一から鍛え直す。そして必ずお前を殺すよ。リン)




 ラドスの四人組はテオとナウゼのやり取りを机に座って遠巻きに見ていた。


 彼らは満足気だった。


「リンを追い出すことはできなかったけれど、スピルナの上級貴族を一人潰すことができた。ま、上々じゃないですかねぇ」


 ナタがいつも通りニヤケ顏を浮かべながら言った。


「ナウゼの上級士官への道が完全に閉ざされたというわけではないが、キャリアに傷がついたことは間違いない。スピルナにとっては打撃だろうな」


 レダがしたり顔で言った。


「リンとテオか。スピルナの人間を潰してくれるならあの二人、我々にとっても利用価値がある。投資先としてありかもしれんな」


 チノがしたたかな笑みを受けべて言った。


 他の三人がしてやったりという顔をしているのに比べ、ロークだけ面白くなさそうにしていた。


「ふん。忌々しいネズミめ。あのままナウゼに刺し殺されていればよかったものを」


 それだけ言うとロークは肩をいからせながら教室から出て行く。


「何怒ってんだあいつ。せっかくリンがナウゼを潰してくれたっていうのによ」


 レダは不思議そうにしながら言った。


「レダ君。君はもう黙っていなさい。バカなんだから」


 ナタがため息をつきながら言った。




 次回、第104話「不安な誘い」

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