第35話 続、コネクションの大切さ
リンは自分の塔での暮らしについてイリーウィアに話した。
学院のことはイリーウィアもよく知っているはずなので主に工場やレンリルの街での暮らし向き、住居であるドブネズミの巣のことについて詳しく話した。
彼女はリンの話にいちいちうなずいて興味深げに聞き入り、要所要所で質問を挟んできた。
彼女が熱心に話を聞いてくれるのでリンの方でも話し方に熱が入り自然と饒舌になっていった。
「……と、まあこんな感じですね」
「まあ、それではあなた、毎日お勉強かお仕事ばかりじゃないですか」
「ええ、まあそうなりますね」
「いけませんよ。もっと遊ばないと」
リンは苦笑した。まさかイリーウィアにユヴェンと同じことを言われるとは思っていなかった。
「でも工場も結構楽しいですよ。もちろん仕事なのでノルマはありますが、それも考え方によってはゲームみたいなものですし。一緒に働く友達もいますしね。今こうしてイリーウィアさんと森を散策しているのも授業の一環ではありますが、僕は楽しいですよ」
「それにしたって……。リン、あなたは何かしてみたいことはないのですか?」
「してみたいこと……ですか?」
リンはちょっと考えてみた。自分のしてみたいこととはなんだろう。
「難しい質問ですね。考えたことがなくて」
イリーウィアは少し悲しそうな顔をした。
「けれどもこうしてマグリルヘイムの活動に参加するのは楽しいですよ。未知の冒険に出ているようですし、少しだけ魔導師に近づけたような気がします。何よりイリーウィアさんと話をするのが楽しいですしね」
リンは彼女を元気付けようと慌てて言った。イリーウィアは一応微笑を浮かべてくれた。
「逆にイリーウィアさんは何かしてみたいことはあるんですか。やっぱりマグリルヘイムに入っているくらいですから、何か魔導師として高い志をお持ちなのではないですか」
彼女は困ったように笑う。
「実は もう私、マグリルヘイムを抜けようかどうか迷っているんです」
「えっ?どうしてです?」
「ここの人達はなんというかちょっとノルマに関してガツガツしているでしょう?私はマイペースにするのが好きなのです」
「そうですか。まあ結構速いスピードで森の中を進みますもんね」
「いえ、森の奥に入るくらいは何の問題もないんです。むしろ私単独で入ったほうが早く深く入れるくらいです。ただ規則が多くてあんまり自由にできないんですよ。熱心に誘われましたし、周囲からも一度は入っておいたほうがいいと勧められたので入りましたが、卒業すればウィンガルド王国の魔導師が多く入っているギルドに所属することが決まっていますしね。これ以上所属していても私には大したメリットがないんです」
「そうですか……」
今度はリンの顔が暗くなる番だった。リンはもっと彼女と一緒に話していろいろなことを学びたかった。彼女がマグリルヘイムを辞めてしまえば自分との接点は何一つなくなってしまう。彼女と会う機会は永遠に失われてしまうだろう。
「でも、こうしてリンと一緒に歩くのは楽しいですよ」
イリーウィアはそう言ってにっこりと笑った。リンが話し終わると次はイリーウィアがリンに対して貴族の暮らし向きを教えてくれた。
イリーウィアは話してくれた。宮廷での召使いのいる暮らし、王族の仕事、アルフルドの高級住宅街での生活、師匠による課題、そしてお茶会をはじめとするパーティーなど。
「お茶会はいいですね。僕も行ってみたいです」
「行ってみたいですか?」
イリーウィアが顔を輝かせる。
「ええ。同級生の貴族の女の子がいつもお茶会のことを自慢してくるので、一度どんな風なのか行ってみたいと思っていたんです」
「そうですよね。やはりあなたくらいの年頃ならまだまだ遊びたいですよね」
「いいえ、違います。僕は決して道楽でお茶会に参加したいわけではありません」
「そうなんですか? では何のためにお茶会に参加するのですか?」
「コネクションのためですよ」
彼の口からその年齢に似つかわしくない単語が出てきたので、イリーウィアは顔をキョトンとさせる。
「コネクション……ですか?」
「ええ、そうです。魔導師として成功を収めるためにコネクションが欲しいのです」
リンは以前ユヴェンからコネクションの話を聞いてからずっとそのことについて考えてきた。そして自分なりに考えをまとめていた。
リンはこの機会にイリーウィアに考えを披露してみようと思った。
(イリーウィアさんに話してみよう。僕にも難しい話ができるとわかればきっと驚くに違いない)
彼にはこういうところがあった。つまり綺麗な年上の女性の前で背伸びして見栄を張ろうとするところが。特にイリーウィアはリンの話をなんでも熱心に、しかも肯定的に聞いてくれるため、彼はいつになく気が大きくなっていた。
「どうして? 魔導師になりたいなら魔術を習得するのが先決では?」
「魔導師になるためにもコネクションは大事ですよ。僕の考えをお話ししましょう」
リンは大人ぶった調子でいった。
「ふむ。お願いします」
イリーウィアが調子を合せるように言う。
「人間社会には上下関係があります。奴隷と貴族、部下と上司、政府と国民。そして一般的に言ってより上層に位置する人の方が影響力を発揮することができ、一方で下層に位置する人は自分ではどうにもできないことを解決するために影響力のある人を頼ります。そしてその見返りに上層の人は下層階級の人に賦役や徴税を要求します」
「ふむふむ」
「そうして上層部に位置する人はより一層の蓄財を進め、下層の人との格差はさらに広がります。また上層の人はその財産を利用してより多くの人とつながることができ、多くのモノや情報、さらには新たな仕事やチャンスを取得しやすくなる。このように上層と下層に位置する人の間には訪れる機会やチャンスの数においても差が生まれそれはどんどん広がってきます。社会や組織、そして国家が大きくなればなるほど、そして人がたくさん集まれば集まるほどこの傾向は顕著になります。それはこのたくさんの魔導師が集まる巨大魔導施設、魔導師の塔においても変わりません」
「なるほど」
「階層化と階級格差は巨大な組織を効率よく運営する上でやむをえないことです。これは他人と協力しなければ大きな力を発揮することができない人間の宿命なのです。しかし僕はそれを悲しいとは思いません」
彼は熱弁した。もはやイリーウィアの反応など御構い無しで自分の考えをしゃべることに夢中だった。
「確かに上流階級と下層階級には巡ってくるチャンスの数において埋めがたい格差があります。しかし上層の人といえども全てのチャンスを生かすことはできません。彼らも体は一つしかありませんからね。全てのチャンスに飛びついていては体がいくつあっても足りません」
「その通りですね」
「そこで大切なのがコネクションです。下層に位置する人でも上層の人とコネクションを持っていれば、彼らがまかないきれない仕事を分けてもらう機会を得られます。その仕事の中には上流貴族の人でも気づいていない思わぬチャンスやおいしい儲け話があるかもしれません。そしてそれをこなすことでさらに上流階級とのつながりが密接になり、次の機会にもありつける。こうすることで僕のような身分の低い者でも偉大な仕事をすることができるのです」
「なるほど。だからあなたはコネクションが欲しいというわけですね」
「その通りです。僕が貴族とつながりを持ちたいのは決して爵位や恩賞目当てではありません。もちろんそれもあるに越したことはありませんが、僕が本当に欲しいのは立派な魔導師になるためのお仕事です。だから僕も一度貴族のお茶会に参加して彼らの世界を目の当たりにしてみたいのです。将来魔導師としてキャリアを立てるのに何か役に立つことがあるかもしれません。ですから……」
「ふふ」
イリーウィアは口元に手を当てて上品にクスクス笑う。
「どうかしましたか?」
「いいえ。リン。あなたは面白いですね」
リンは顔を赤くして俯いた。イリーウィアの気を引くためにこうして堂々と持論を展開したものの、いざ褒められるとなると自分が身の丈に合わない大風呂敷を広げているような気がして恥ずかしくなってくる。彼女は自分のことを世間知らずの子供だと思っただろうか。
「受け売りですよ。友達から聞いた話をそのまま話したまでです」
「あら、そうなんですか? でも素晴らしい理論だと思いますよ。大変勉強になりました」
イリーウィアは手でパチパチと拍手する。彼女はよくできた生徒を褒める先生のようだった。リンはますます顔を赤くした。どうも彼女と一緒にいると自分が子供扱いされているように感じてしまう。
(おかしいな。こんなはずじゃないのに)
実際に子供なのでしょうがないのだが、リンは彼女に一人前の男として見てもらいたかった。
(滅多なこと言うんじゃなかったな。貴族のお茶会に参加したいなんて……。どうせ招待されることなんてないのに)
リンは恥ずかしさからうつむいて黙り込んでしまう。イリーウィアはそんなリンの仕草を不思議そうに見ていた。
正午になった頃、リンとイリーウィアは昼食をとった。野営用の簡素な食事だったが、効率よく魔力を蓄えられるよう工夫されている。
「それにしても全然、魔獣に遭遇しませんね」
「そりゃあそうですよ。ブルーエリアでは道なりに進んでも魔獣は出現しませんから」
「そうなんですか?」
「ええ。魔獣に遭遇したいなら茂みに入らなければいけません。ふむ、そうですね」
イリーウィアは口元に手を当てて少し考えるような仕草をした。
「もうあなたも歩き慣れてきた頃でしょう。そろそろ茂みに入ってみますか?」
次回、第36話「魔獣との遭遇」
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