第84話 臨時ギルド

「ルシオラさん。あなたが探している、リンというのは僕のことです」


「えっ? あなたが?」


 ルシオラが目を丸くして仰々しく驚いてみせる。


「教えてください。あなたは一体エリオスさんとどういう関係なんですか。エリオスさんに頼まれたっていうのは一体っ——、僕に用事というのは……」


 二人のかたわらを生徒の一団が騒がしくしながら通って行った。


 リンはハッとして我に返る。


 ここは学院の廊下でルシオラとリンは沢山の本を手に抱えて持っていた。


 ルシオラは困ったような微笑みを浮かべている。


「すみません。仕事中なのに……」


「いえ、そんなことは……」


「場所と時間を改めましょう。お話はその時に」


 二人は後ほど会う約束をして一旦別れた。




 二人はそれぞれ授業と仕事が終わった後、学院の入り口で落ち合いアルフルド内の店に向かった。


「エリオスさんの階層が下がったのは私のせいなんです」


 ルシオラは申し訳なさそうに話し始める。


「当時私はお金に困っていて。にも関わらず差し迫った支払いがあって。もう少しで破産して100階層の魔導師の資格を失うところでしたが、そこをエリオスさんに助けていただいたんです。お金を貸していただいてどうにか私はその場をしのぐことができたんですけれど、代わりにエリオスさんが窮迫して階層を下げることに……」


「そうだったんですか」


 他人のために自分が損をするなんてエリオスらしいな、とリンは思った。


「その後は周知の通りです。資金と魔力が尽きて弱り切ったところをそういうのを狩る連中につけ込まれて……」


 彼女は目を伏せて思い出すのも辛そうにして話した。


「そんな事情が……」


「エリオスさんの危機を知って私が駆けつけたときにはすでに全てが終わっていた時でした。不幸中の幸いと言っていいのかどうか分かりませんが、まだ彼の遺体はその場に残っていて、どうにか私の手で埋葬することだけはできました。私がこんなことをしていいのかとは思いましたが、エリオスさんの知人関係について全く分からなかったものですから」


「あの、それで先ほどルシオラさんが言っていた僕に何か用事があるっていうのは……」


「あっ。そうでした。すみません。実は生前のエリオスさんから伝言をいただいていたんです」


「伝言?」


「ええ、もし自分が死んだ時はあなたに伝えて欲しいと。誰にもバレないようリンさんにだけ伝わるようにして欲しいということです」


「それはどういった内容で?」


「もし自分が死んだ場合、あなた一人だけで自分のお墓まで来て欲しいということです」


 ルシオラは周囲に聞かれるのを警戒するように声を潜めて言った。


「僕一人でエリオスさんのお墓に? どうしてそんな……」


「私もそう聞きましたが、エリオスさんは『リンに言えば分かる』ってその一点張りで。リンさんは何か心当たりとかありませんか?」


「……いえ。ありません」


 リンは少し考えた後で答えた。


「例えばリンさんとエリオスさんとの間でしか発動できない魔法があるとか、あるいはエリオスさんの死後に発動する魔法があるとか」


「そういうのもないですね。すみません。でも本当に何も心当たりがないんです」


「そうですか。あなたに聞けば何かわかると思っていたのですが。あのリンさん。お願いがあるんです。どうかエリオスさんのお墓まで行ってあげてくださいませんか?」


「エリオスさんのお墓までですか?」


「はい。私、エリオスさんに助けていただいてどうにか恩返しをしたいと思っていたのですが、あんなことになっちゃって。もう何もできることがないのはわかっているのですが、でもせめて生前の約束だけでも果たしたくて。私も100階層での本来の仕事があるので、アルフルドに滞在できる期間は限られています。この機会を逃せばいつまたリンさんに会えるか分かりません。リンさんを連れて行けるのは今しかないのです」


 リンは少し考えた後、返事した。


「分かりました。僕もエリオスさんには色々お世話になっていて、何か恩返しをしなきゃと思っていたんです。お墓参りだって。むしろ僕の方からお願いしたいくらいです。エリオスさんのいる場所まで連れて行ってくださいませんか」


「リンさん。ありがとうございます」


 ルシオラは感激したようにいった。


「あ、でもその場所って100階層ですよね。学院魔導師では立ち入りが禁止されているんじゃ……」


「それは大丈夫です。『臨時ギルド制度』を利用すればいいんですよ。ご存知ですか?」


「『臨時ギルド制度』? いえ、初めて聞きました」


「『臨時ギルド制度』というのは、一定の条件を満たすギルドを設立すれば、自分の所属階層以上の階層への立ち入りが許されるという制度です。その条件っていうのは


 1、ギルドを結成する理由と期間を明示すること

 2、ギルドにその上層階クラスの魔導師が加入していること。

 3、魔導師協会に一定額の金額を納付すること。

 4、期間は1週間以内に限られる。


 の4点です。金額は、学院魔導師が100階層へ立ち入る場合だと一人につき10万レギカですね」


「そんな制度があったんですか。全然知りませんでした」


「どうでしょう。もちろんリンさんの分の納付金については私の方で負担させていただきます」


「いえ、そんな。とんでもない。それくらいなら自腹で払います。そういう制度があるならためらう理由は何もありません。ルシオラさんと一緒なら100階層でも安心ですし。是非エリオスさんのお墓まで連れて行って下さい」


「すみません。何から何まで。本当に感謝しています」


 ルシオラはリンの手を両手でつかんで顔を近づけてきた。


 リンは不謹慎とわかりつつもドキリとせずにはいられなかった。


 彼女はおとなし目で質素な印象だったが、それがかえって彼女の端正な顔立ちを魅力的にしていた。


「いえ、そんな。僕は僕の義理を果たそうとしているだけです。ルシオラさんに感謝されるようなことではないですよ」


 リンは顔を赤くして目を横に逸らしながらそう言った。




「というわけで僕は来週、ルシオラさんと一緒に100階層に行ってくるよ」


 リンは宿舎でテオに言った。


「そうか。エリオスがそんなことを……」


 テオは少しの間、腕を組んで考え込む仕草をした。


「そいういうわけで少しの間、会社と学院を休むことになるから。悪いけど後のことは頼むね」


「僕も行くよ」


「えっ? テオも来るの? なんで?」


 リンは意外な思いだった。


 てっきり興味を示さないかと思っていたからだ。


「僕もエリオスの一件には思うところがあるしね。それに……」


 テオは周りに聞こえないようにリンに耳打ちした。


「うまくすれば100階層でしか手に入れられないレアアイテムを手に入れられるかもよ」


(アイテム目当てかよっ)


「テオ。これ一応お墓参りなんだけれど。さすがに不謹慎じゃあ……」


「ついでだって。ついで。もちろん本命はエリオスの墓参りだよ。ただまあ、帰り道でたまたま何かアイテムを拾うかもしれないし、たまたまダンジョンに迷い込むかもしれないし、そういった不測の事態に備えてだね。フル装備で行くってだけだよ」


 テオはニヤリと笑って見せた。


 リンはちょっと呆れた。


「それに君も魔導競技に出たいんだろ? 100階で何か戦闘用のアイテムを手に入れられるかもしれないじゃん」


「えっ? あ、ああ。うん。まあそうだね」


 リンは曖昧な返事をして言葉を濁した。


 実のところ魔導競技への出場はナウゼらスピルナ貴族に近づくための方便だったから、今となっては意味をなさなくなりつつあった。




 当日、ルシオラはリンとの待ち合わせ場所に来て、困惑したような笑みを浮かべた。


 彼女の前にはリン、テオ、アルマ、ザイーニの4人が一緒に現れていた。


 しかも全員もれなく杖、指輪、靴、帽子をフル装備していて、まるでこれからダンジョンに冒険に行くかのような出で立ちだった。


「あの、そちらの方々は?」


「あ、紹介します。友達のテオとアルマ、ザイーニです」


「あの、どうして? リンさん一人で来てくれるはずじゃあ」


「ルシオラ殿。突然の参加申し訳ありません」


 ザイーニが慇懃な態度でルシオラの疑問に答えるように話し始めた。


「実は私もエリオスには大変お世話になっていて、彼の死をいたく残念に思っていたのです。今回のお話を聞き、ぜひ私も彼の墓参りをしたいと思って。同行をお許しくださいませんか」


「100階層に行くなんてそんなイベント、なんで俺も誘わないんだよ。俺も行くよ。絶対行くからな」


 アルマが言った。


 彼には会社の留守番を頼んだのだが、聞き入れなかった。


 シーラとアグルも誘おうと思っていたのだが、彼らは現在、魔獣の森に行っていてアルフルドにいなかった。


 結局、会社の留守番はケトラとシャーディフに任せることになった。


「あの。エリオスさんからの遺言では、リンさん一人で来るようにということでして……」


「無論。リンがエリオスの墓前に立っている間、我々が邪魔立てすることはありません。我々はリンが彼のお墓をしっかり調べた後でゆっくり参らせていただく所存です。その場で何かあっても秘密は固く守ります」


 ザイーニが言った。


「ルシオラ殿。どうか私達も連れて行ってはくれないでしょうか」


「ルシオラさん。どうかお願いします。彼らは皆信用できる人達ばかりです」


「頼むよルシオラさん」


「エリオスの真意は分からないんだろ? 大勢で行った方が不測の事態にも対応しやすいと思うぜ」


「……分かりました。あなた方と私の5人で臨時ギルドを組みましょう」


 ルシオラは顔を伏せて表情を悟られないようにしながらそう言った。


 四人は気づかなかったが、実際のところ、彼女は口の中で奥歯を噛み締めていた。




 協会に申請に行く途中、一行はユヴェンとすれ違った。


「あら? リンじゃない。何してんのよあんたら。そんな大所帯で装備も物々しい」


「ユヴェン。実はかくかくしかじかで、これから臨時ギルドを組んで100階層にあるエリオスさんのお墓まで行くんだ。こちらは100階層所属のルシオラさん。エリオスさんの知り合いで、これから100階層まで案内してくれる人だよ」


「100階層まで……」


 ユヴェンはルシオラの顔をじっと見た。


 ルシオラは困ったように微笑む。


「私も行くわ」


「えっ? ユヴェンも?」


「ええ、一度100階層に行ってみたかったし」


「いいのかよ。師匠の許しもなくそんなことをして」


 テオが言った。


「はっ、構いはしないわよそんなこと」


(まだ増えるのかよ)


 ルシオラは内心で歯噛みしながらも今更反対するわけにいかず、ユヴェンがパーティーに加入するのを黙認せざるを得なかった。


 6人は協会に赴き、手続きを済ませた。




 次回、第85話「無魔の霧」

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