第126話 ユインからの指令

 リンは『生贄魔法』のクラスで単位取得手続きを行っていた。


 教授が儀式を行う。


「魔導師リンに『生贄魔法』の単位を授ける。腕を出しなさい」


 リンは服の袖をまくって腕を晒す。


 担当者が呪文を唱えると紙に書かれた魔法文字がリンの腕に纏わりつく。


「これで君は『生贄魔法』を使う許可を得る代わりに、禁止されている生贄魔法を使うことを制限される。決して禁忌を犯してはならない。心して魔法を使いなさい」


「はい」


 そう答えつつもリンはどうも釈然としなかった。


 彼にこの魔法を使う予定は無かった。


 ユインに取れと言われたからこの単位を取得しただけで。


(とりあえず師匠に報告しなくっちゃな)


 リンは『生贄魔法』の授業を取得次第報告するようユインに言われていた。




「『生贄魔法』の単位を取得したそうだね」


「はい。今日、正式に単位取得手続きを終えました」


「ご苦労。では早速だが、課題を出させてもらう」


「分かりました。何を召喚しますか? ケルベロスですか。それともメデューサ?」


 どちらの魔獣も生贄魔法で召喚されるものだった。


 危険な魔獣だが、きちんと管理することを条件に飼育することが認められている。


「そんな雑魚魔獣は必要無い。まず君には『スキュラ』を召喚してもらう」


(ん?)


 リンは首を傾げた。


 スキュラを召喚するには精霊『水犬ウォーターリーパー』を生贄に捧げる必要がある。


『ウォーターリーパー』は生贄魔法に使うことを禁止されている。


 ユインがそのことを知らないはずはなかった。


「『ウォーターリーパー』のいる場所は知っているな? 期限は今週中だ。いいね?」


「あの、『ウォーターリーパー』を生贄に捧げる事は禁止されているはずでは?」


「ああ、そのことか。腕を出したまえ」


「?」


 リンが腕を捲るとユインが杖で叩く。


「っ」


 痛みが走った後、まとわりついていた魔法文字が剥がれる。


 ユインは代わりの魔法文字をリンの腕に纏わり付かせた。


 授業の単位とほとんど同じものだが、リンが禁忌を犯すことを縛る効果はなかった。


「これで問題ない。『ウォーターリーパー』を生贄に捧げる事は私が許可する」


「え? でもいいんですか。こんな事やっちゃって」


「300階層の魔導士である私がいいと言っているんだ。何の問題がある?」


「……」


「ではこう言おうか? アルフルドで教師をしている50階層の魔導士如きの言っている事と300階層の魔導士の言っている事、どちらが信用に値する?」


「300階層の魔導士です」


「そうだろう? だったらさっさとやるんだ」


「……」


「どうした? まだ何か言いたい事があるのかね?」


「……いえ」


「では行きたまえ」




 夕暮れ時、リンは人目を避けながら精霊の祠へ出掛けた。


 実際に『ウォーターリーパー』を生贄に捧げて、スキュラを召喚してみる。


 しかしそれはあまりいい思い出にはならなかった。


 精霊のあげる断末魔の声。


 それは不吉でおぞましいものだった。


 冥界の淵から這い出てきたスキュラもリンの気分を滅入らせた。


 スキュラは上半身こそ美しい女性だが、下半身は6頭の犬でできている不気味な怪物だった。


 リンは魔獣魔法でスキュラの行動を拘束すると、海水の入った大きな瓶に入れて、ユインの元にこの魔獣を送り届けた。




「ご苦労だったね」


 ユインはリンに労いの言葉をかけた。


「君の召喚したスキュラを見せてもらったよ。ウデは確かなようだな」


「どうも」


「では次の任務だ」


「はいはい。今度は何をすればいいんですか?」


「君にはイリーウィアの精霊シルフを生贄に捧げる準備を手伝って欲しい」


 リンは頭が真っ白になった。


「なんですって?」


「召喚するのは古代において最強を誇った魔獣『黒竜』だ」


「……『黒竜』」


「やり方はこうだ。まずはイリーウィアに近づき、彼女の注意がシルフから離れたところで……」


「ちょっ、ちょっと待ってください。正気ですか? イリーウィアさんの精霊を狙うなんて……彼女は……王族ですよ」


「王族だからなんだ? 彼女は所詮100階層の魔導師。300階層の魔導師である私からすれば青二才に過ぎん」


「いやいや。流石にそれはおかしいですよ。彼女はウィンガルドの王族ですよ。彼女の下には300階、400階クラスのウィンガルド人魔導士がわんさかいます。もし彼女に手を出そうものなら僕らタダでは済みませんよ。それにそもそも他人の、しかも王族の由緒正しい守護精霊を生贄魔法に使うなんて犯罪じゃないですか!」


「なに。500階に、評議会入りさえすれば身分は保障される。どんな貴族もウィンガルドの王族であっても手を出すことなんてできはしない。『黒竜』さえ手に入れれば500階層に辿り着くことくらい……」


「冗談じゃない。師匠はそれで良くても僕はどうなるんですか。僕は学院魔導士で、卒業まではこの街にいなければいけないんですよ」


「安心しろ。お前の身は私が保証する。当然私が評議会の議員になったあかつきには君をいの一番に取り立てるつもりだ」


「信じるわけないでしょそんなこと! だいたいなんでそんなことする必要があるんですか。普通に目指せばそれで済む話じゃないですか」


「才能の壁」


 リンはその言葉にビクッとする。


「今の君なら分かるだろう。世の中には努力だけでは超えられない壁があるのだ」


「……」


「不公平だと思わないかね。生まれや育ちによって才能を定義され、将来を決められる。だが! 禁忌を犯せば、上手くルールを破ればそのハンデを逆転させることも可能だ」


「……」


 最後にユインは以下の言葉を付け加えた。


「いつまでもイリーウィアのお気に入りでいられると思っているのか?」


「それは……」


「イリーウィアに捨てられたらどうなる。果たして今までお前のせいでイリーウィアに取り入れなかったものが、お前に対して何もせずにいてくれるかな? お前にはもうこの塔でのし上がるしかないんだぞ」


「……」


「利用できるものは全て利用しろ」


「でも……」


「君は偉大な魔導士になるためこの塔に来たのだろう? 私と一緒になろうじゃないか。500階クラスの魔導士に。世界を統べる評議会の議員に。そして上級貴族に!」


「……ダメです。やっぱり僕には出来ません。いくら師匠とはいえイリーウィアさんを裏切ることなんて……」


「ふむ。そうか」


 急にユインは黙り込んでしまい、残念そうな表情になる。


 リンは身構えた。


 ここで動揺しては向こうの思う壺だった。


「なるべく穏便に済ませたかったが、君がそう言うなら仕方がない」


 リンは警戒して、ユインの次の言葉を待つ。


「もし君が私の言うことを聞けないと言うのなら、君との師弟関係はこれまでだ」


「……」


「君の魔導師としての資格を剥奪する。ミルンのケアレに帰りたまえ」


 それを聞いてリンは拍子抜けした。


 なんだそんなことかと。


「師匠。僕はもう師匠の推薦を必要とする身ではありませんよ。代わりの師匠くらいいくらでも雇えますし……」


「いやいやそう言うことじゃない。私は師匠として命令しているわけじゃないんだよ。私は君の主として君に命令しているんだ」


「? なにを言って……」


「ここに君に関する権利書がある」


 ユインは懐から書状を取り出した。


 その書状はリンが最近あまり見なくなったトリアリア語で書かれたものだった。


「それは……」


「ミルンの領主と交わした君の奴隷契約に関する書状だよ。法律上君の所有権は私にある」


「なにを今更。僕には学院魔導士としての地位が保証されていて……」


「それは関係ない。身分と契約はまた別の問題だよ。身分を言い訳に契約の履行義務から逃れることはできない。高位魔導士でも誰かの臣下に、あるいは奴隷になるということはままある。魔導士としての身分と契約関係はまた別の話なのだよ」


「……」


「もし君がこれまでの私への恩を忘れて協力しないと言うのなら仕方がない。こうなってくると君はかえって危険だ。変に言いふらされてしまえば厄介だからね。君との師弟関係はなかなか有意義な時間だったが、仕方ない。明日からは塔の噂に関係ないどこか大陸の隅っこに消えてもらう」


「いくらです?」


「なに?」


「いくらで僕の身柄を解放してくれるんですか? 奴隷は売り買いができるものです。今の僕ならそれなりの金額を用意できるし、自由を買い取ることだって……」


「何か勘違いしているようだね君は」


 ユインは例の出来の悪い生徒に対して言い聞かせるような態度で話し始める。


「リン。金で買えるのは市場に出品されている商品だけだ。そして今、私は君を市場に出品するつもりはない」


「そんな……」


「君が自由になる唯一の方法。それは私の仕事を手伝うことだ。分かったかね?」


「っ」


「自分の立場を理解したか? ではまず日取りの決定からだ。次に王室茶会に行くのはいつかね?」




 次回、第127話「精霊縛りの印」

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