第140話 家族

 学院で爆破が起こった。


 壁を構成するレンガは崩れ、建物の上部に取り付けられた時計はヒビ割れて、爆破付近はあちこち真っ黒になっている。


 まさに学院に登校しようと、建物の前まで来ていたリンはその様を見て、呆然とした。


 ずっと通っていた学院がこのように痛ましいことになるのは流石にショックだった。


(日常が……こんなに簡単に)


 リンはフラリと後ろによろめく。


「何をしているんだ君。早く避難しなさい」


 消防隊らしき人が駆け寄って来て、リンを無理矢理、その場から退避させようとする。


 火の手はまだ上がっていたし、今後も建物の倒壊などで被害が拡大しないとも限らなかった。




 フローラはルシオラによって外に放り出されていた。


「フローラ。あなたはクビよ」


 ルシオラは例の柔らかな笑みを浮かべながら言った。


「そんな……。私はこれからどうすれば……」


「もうどこへなりと行きなさい。ただしここへ帰ってきてはダメ。それじゃね」


 ルシオラはドアを閉めようとする。


「待って。待ってください。弟は? 弟はどこにいるんですか?」


「もうここにはいないわ」


「えっ? じゃあどこに……」


「どうも才能が足りなかったみたい。塔の外に売り飛ばされたようね」


「……」


「それじゃあね。……おっと忘れていたわ」


 ルシオラはフローラに向かって白い箱を投げ渡した。


「それあげる。好きなように使っていいから」


 そう言うと今度こそルシオラは戸を閉めてしまう。


 フローラはしばらくそこに呆然と突っ立った。


 もはや自分には何もない。


 明日からの生活すらままならないだろう。


 それに生きる理由すら無くなってしまった。


(これから……これからどうすればいいの)


 フローラは手にしている、おそらく爆弾の入っている箱を見た。


 やることは一つしか無かった。




「なんだと?」


 ファルサラスは部下からの報告に耳を疑った。


「犯人が捕まった?」


「はい。繁華街で白い箱を持ってフラフラとしているところを取り押さえました」


(まさか。こんな簡単に……)


「本当なんだろうな?」


「はい。間違いありません。押収した箱にはミスリル製の爆弾が入っていました」


「それで? その少女は今どこにいる?」


「尋問室に閉じ込めています」


「大丈夫なのか? 体内に爆弾を抱えているんじゃ……」


「いえ、『冶金魔法』で調べましたが、彼女の体内からミスリルは一切検出されませんでした」


「……分かった。私、自ら尋問に当たろう」


 ファルサラスが尋問を行なった結果以下のことが分かった。


 彼女は、人生に絶望した結果、自爆しようとしていたこと。


 彼女は、子供達の体内に爆弾を詰める作業をやらされていたこと。


 全てはエディアネル公という貴族に言われてしたことであること。


 全ての尋問を終えた、ファルサラスはエディアネル公の屋敷に踏み込む準備をするよう部下達に指示した。




 爆破犯が捕まったという知らせは瞬く間にアルフルド中に知れ渡った。


 リンの元にもすぐに噂が届けられる。


 それを聞いたリンはすぐさま刑吏部へと駆け付ける。


 幸いにもダミアンをすぐに捕まえることができた。


 ダミアンはことのあらましを全て伝えてくれた。


「ああ、奴隷階級の少女が捕まったそうだ。名前はフローラ」


(フローラ。やっぱりあの子が関わっていたのか)


「でも、それで終わりじゃないでしょう? そんな女の子に爆弾が作れるはずがないし、裏で魔導師が糸を引いているはず」


「ああ、どうもエディアネル公が裏で関わっていたようだ。君の言った通りだったな」


「エディアネル公……」


「とにかくよかったよ。これで事件は進展する。おそらく解決へと向かうだろう」


(これで終わり? いや……でも……)


「あの、フローラは今どこに? 彼女に聞きたいことがあるのですが」


「彼女は独房の中だ。面会は謝絶されている。彼女は重要参考人だからな。誰にも会わせるなとファルサラス様直々のお達しだ」


「そんな。どうにか会えないんですか?」


「ダメだ。こればっかりはね」


 リンは何か胸騒ぎがした。


 何かが間違った方向に進もうとしている。


 そんな嫌な予感だった。




 一方でファルサラス率いる捜査本部はエディアネル公の屋敷に踏み込んでいた。


「ちょっと、困りますよ。ご主人様の許可もなくこんな風に入られては……」


 エディアネルの召使い達は、突然訪問して来たファルサラス達を押しとどめようとした。


 しかしファルサラス達は、そんな召使い達を気にもせず、ヅカヅカと屋敷に侵入して、部屋毎に片っ端からガサ入れを始める。


「一体何の騒ぎだいこれは?」


 自室で休んでいたエディアネル公は、廊下がにわかに騒々しくなったのを聞いて、廊下に出てきた。


 召使いは主人を見て真っ青になった。


 エディアネルはファルサラスに詰め寄る。


「一体何の用だファルサラス。こんな風に私の屋敷に踏み込んで。タダで済むと思ってるんじゃないだろうね」


「フローラという奴隷階級の少女のことはご存知ですか?」


「フローラ? おい、お前。知っているか?」


 ディアネルは傍の執事に尋ねた。


「はい。先日まで給仕の仕事をしていた者ですな」


「ふぅん。そうかい。それで? そのフローラが一体なんだって言うんだい?」


 エディアネルがジロリとファルサラスを睨んだ。


「フローラは現在、一連の爆破犯の首謀者の一人として逮捕されています。彼女が言っていたんですよ。貴方の指示で爆弾を子供に渡したり、子供達の体内に入れたと」


「はあ? 何を言って……」


「とにかくこの屋敷を捜査させていただきます。これは評議会議員としての権限行使。従っていただけますね?」


「分かっているんだろうな。もし何も出てこなかったりしたら……」


 そう言いかけた時、捜査員の一人がその場に駆けつけてきた。


「ファルサラス様。大量のミスリル爆弾が地下室にありました。手術室もあります」


「なんだって? そんなバカな」


「案内しろ」


 ファルサラスとエディアネルは捜査員の案内に従って地下室に急行した。


 そこには大量のミスリル爆弾が貯蔵されていた。


 手術室にもミスリル爆弾を入れた箱が積み上げられてあり、部屋には血の跡と手術に失敗した人体らしきものが転がっている。


 その光景を見たエディアネルは青ざめる。


「エディアネル公。これはどういうことですか?」


「いや……、これはその……」


 その時、エディアネルはフローラのことを思い出した。


(そう言えばルシオラに紹介された奴隷階級の少女。あの子が確かフローラとか言う名前だったか? ルシオラの奴、まさか私をハメるために……)


「言いたくないのであれば結構。ただし後で刑吏部の方にお越しいただきます。またこの部屋及びこの屋敷は我々の管理下に置かせていただきます。調査が全て終わるまで決して誰も踏み込ませぬよう。ご協力いただけますね?」


 エディアネルは押し黙るしか無かった。


 その日のうちに他の場所から彼女が爆弾及び手術の依頼をしている証拠も見つかった。


 様々な闇ギルドとの取引の痕跡が書面にて残されていたが、そこに『マルシェ・アンシエ』が関わっていたと思われる痕跡は一切無かった。


 エディアネルの屋敷に踏み込んだファルサラスが爆破犯の証拠をつかんだという話はその日のうちに、アルフルド中に伝わることとなった。


 新聞は、捜査当局の公式発表を待たず、一連の爆破事件は落ち目の貴族の陰謀だと報じた。


 怒れる市民達、と言ってもカロがあらかじめ集会所に集めておいた平民派の連中だが、は暴徒となってエディアネルの屋敷に突撃した。


 彼らは屋敷の中の金目のものを奪い去り、略奪の限りを働いた。


 エディアネルは着の身着のままグリフォンに乗って、命からがら屋敷を脱出する。


 彼女は荒らされる自分の屋敷を尻目にグリフォンで逃亡して行く。


「ええい。もうこんな場所こりごりよ」


 エディアネルはその日のうちに塔を離脱して、自分の領地へと帰って行った。


 それはこの塔における彼女の利権と影響力を全て手放すことを意味した。


 運悪くその場に居合わせた召使い達は暴行され、殺害される。


 当局はこの乱暴狼藉を見て見ぬ振りし、大っぴらに犯罪自慢したものだけをしょっ引くことにした。




 主犯と目されていた人物が逃亡したことで、塔の世論では、彼女が一連の爆破事件の首謀者だという見方が一般的になった。


 人々の関心は取り残されたフローラの処罰に集中した。


 この残忍極まりない事件を起こした実行犯に対して魔導師協会は一体どのような処罰を下すのかに。


 彼女は裁判にかけられることとなった。




 次回、第141話「悪の誘い」

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