第3話 奇妙な面接
エレベーターに乗って数十分。リンとユインを乗せた檻は99階に到達した。作動した時と同様ガクンと揺れて止まる。
そこは辺り一面真っ暗闇だった。
ユインがまた呪文を唱える。
すると燭台に火がつき、オレンジ色の光で照らされた通路が現れる。
通路のすぐ先には扉があった。
「あそこが試験会場だ」
ユインが扉を指差す。
「扉をくぐれば試験官が待っている。試験官は君にいくつか質問をした後、試験を開始するだろう。質問には正直に答えるように」
ユインが懐から書状を取り出してリンに渡す。
「これは推薦状だ。試験官に渡しなさい」
ユインはリンを檻から降ろすと自分は降りずに残った。
「私の付き添いはここまでだ。ここから先は一人で行きなさい。では、健闘を祈っているよ」
また呪文を唱え、エレベーターを動かす。ユインを入れた檻は来た道を降りていき、やがて見えなくなってしまった。
リンは扉の前に立つ。
いよいよだった。自分の人生が大きく変わるかもしれない瞬間。この試験に受かれば何が待っているのか。幸か不幸か、それすら分からない。それでももう後戻りすることはできない。
リンは緊張してきた。心臓がドキドキして体が震えてくる。
リンは控えめにドアをノックした。
「どうぞ」
中から声が聞こえてくる。
おずおずと取っ手を掴み意を決したようにして扉を開ける。
試験会場は薄暗い、しかし広々とした部屋だった。
部屋の中には椅子とテーブル、そして三人の人間がいた。男が二人と女が一人。いずれも年配だった。
「そこの椅子に座りなさい」
女が部屋に置かれた椅子を指さしてリンに命じる。リンはぎこちない動作で指示された通り椅子に腰掛けた。三人とは長机を挟んで向かい合う格好になる。
「推薦状を持っていますか?」
「はい」
リンは懐から先ほどユインに渡された推薦状を取り出す。
それを見て女が何か呪文を唱える。ヒュッという風切り音がしたかと思うと、リンの手元にあった書状はいつの間にか女の手元に移動していた。
「!」
「ふむ。確かに。これは魔導師にしか作れない書状ですね」
(今のは……魔法?)
女は残りの二人にも書状を回す。二人の男は書状を一瞥して女の元に戻す。
「我々試験官はあなたを魔導師ユインから推薦された受験生と認めましょう。まず試験を開始する前にいくつか質問をします。質問には正直に答えるように」
(やっぱりこの人達が試験官なのか。)
リンは改めて試験官と名乗る三人を観察した。
リンから向かって左側に座る女性は骨ばった頬に、深い皺、鋭い目付きをしている。真ん中に座る男はハゲ頭に豊かな白ヒゲを蓄えているが目はどんよりと曇っている。右側の男はこれまたハゲ頭にシワと彫りが深く、険しい顔つきをして強面だった。
この三人に一斉にジロジロと見られてリンは緊張した。
「まず最初に。あなたには私達の話している言葉が理解できますか」
「はい。……多分」
「多分?」
「はい。皆さんの話す言葉は聞き慣れないものですが、…でも何故か理解できるのです」
このような経験は初めてではない。実のところユインやアトレアの話す言語もリンにとって馴染みのないものだった。しかし何故か理解できるのだ。言葉は理解できなくても頭の中に直接彼らの伝えたいことが伝わってくる。そんな感じだった。コミュニケーションが取れるのは魔導師だけだった。どうもこれは彼らの使う魔法の力が働いているようだった。
試験官達はリンの答えを聞いてヒソヒソと話し始めた。
ただ彼らの話す言葉は少しノイズが混じっていて聞き取りにくかった。ユインやアトレアに比べて魔導師としての力が弱いのかもしれない。
「……最低限の資質はあるようですな」
「彼のこの言語は……トリアリア語でしょうか」
「しかし訛りがひどい」
リンはなんとなく歓迎されていないような気がした。彼らはヒソヒソ話をしながらもリンのことをジロジロと見てくる。しかも見るのは彼の顔ではなくそれより下の服装に注がれている気がした。リンは思わず服に付いているシミを隠してしまう。
「なるほど。まあいいでしょう。では次にあなたの名前は?」
「リンと申します」
「名字は?」
「名字は……ありません」
「無い? なぜ?」
「……孤児なので。両親がいないんです」
彼らはまたヒソヒソと話し始めた。何を言っているのかはよく聞こえなかったが途切れ途切れに、「奴隷」、「大丈夫なのか?」「ユイン氏の推薦ですし……」などといった言葉が聞こえてきた。
リンは居心地が悪かった。これならユインと雑談してた方がまだマシだ。この面接はいつまで続くんだろう。魔導師の学院は身分や人種に拘りなく才能ある生徒を受け入れてくれると聞いていたが、やはり奴隷階級では無理なのだろうか。絶望的な気分になってくる。先ほどまで試験に向けて意気込んでいたリンだが、今は早く終わって欲しいという気持ちでいっぱいだった。
「リン君。君が話しているのはトリアリア語のようだが。君はどこの国から来たんだい?」
右側の強面のおじさんが妙に優しげに聞いてくる。
「ミルン領のケアリから来ました。国は……分かりません」
「自分の国すらわからないのか」
「ええ。それで問題なかったので」
事実、奴隷階級だったリンは領主の名前さえ知っていればそれで事足りた。自分の国籍なんて意識したことも無い。国家の概念自体いまいちピンとこなかった。なぜそんな括りが必要なのか分からなかった。
これを聞いて試験官達はまたヒソヒソと話し始めた。
なんともいえず嫌な感じだった。リンには彼らが自分の身分と無教養について何か言っているような気がしてならなかった。
「ミルン領?聞いたことがないな」
「ブエン国の東の端にある領地ですね」
「僻地も僻地ですな」
リンは嫌な気分になってきた。あんまり故郷のことについていろいろ言われるのはいい気分がしなかった。
彼らはまたヒソヒソ話を始める。
「どう思われます?」
「奴隷というのがどうも……」
「しかし学院にも建前というものがありますし……」
「何故こんな者に才能が?」
「……とにかく試験で力を試してみるしかありませんな」
三人はしばらくヒソヒソ話を続けた後、リンの方に向き直る。
「リン君。君がどういう子かはよく分かった」
真ん中の白ヒゲおじさんがリンに語りかけてくる。
「君に異存がなければこれから魔導師としての資質を試す試験を受けてもらうことになる。合格すればこの塔に住居があてがわれ見習い魔導師として修行することが許される。ただ、分かっておいて欲しいんだがね。魔導師になるのは簡単なことではない。毎年、多くの者が塔にやってくるが、結局学院を卒業することすらできず、人生の貴重な時間を無駄にしていく。君も最低限の資質はあるようだが、卒業できる保証はない。どうかね。それでも試験を受けるかね?」
「……はい」
リンは少し迷った後、答えた。
一瞬迷いはしたものの、それでもはっきりとした答えだった。
「そうか。試験を受けるか」
白ひげの老人は心なしかがっかりしたような表情で言った後、女性の方に向き直る。
「ではエラトス君、試験の説明をしてくれたまえ」
「はい。ではリン。貴方の手元にあるその指輪を取りなさい」
いつの間にかリンの傍には小物置きがあって、その上に指輪が置かれていた。
リンは遠慮がちに指輪を手に取って観察してみる。綺麗な指輪だった。銀色のリングに青色の宝石がはめ込まれ、何か文字が刻まれている。
「指輪を嵌めなさい」
リンはおずおずと指輪を中指に嵌める。こんな高価な物を自分が身につけてもいいのだろうかと思いながら……。指輪はすっぽりとリンの指に嵌まる。まるでリンの指のサイズに合わせて作られたかのようだった。
リンの中で指輪に対する不思議な親近感が湧いた。
初めてはめるのに何故かずっと昔から持っていたような気さえする。
「よろしい。では試験の内容を説明しましょう」
試験官のその言葉を聞いてリンは指輪への興味からしばし気をそらせた。
本当はもう少し指輪のことを見つめていたり、弄んでいたりしたかったのだけれど、今は試験の内容の方が大事だった。
リンは試験官の説明を一言一句聞き漏らさないよう試験官の口元を固唾をのんで見守った。
「リン、あなたには今から猛獣と闘っていただきます」
リンはポカンとした。試験官が何を言っているのかわからなかったからだ。
(猛獣と……たたか……う? ……僕が? ……今から!?)
「えっと、あの……」
「猛獣と闘ってもし勝てば合格。負ければ失格とします」
(負ければ失格って……失格どころか死んでしまうじゃないか!)
「あの、ちょっと……」
「では試験を始めますよ。今から猛獣をこの部屋に召喚します。数十秒後にはお腹を空かせた猛獣が現れ、あなたに襲いかかるでしょう」
「ちょっと待ってください!猛獣と闘うなんて……僕にはそんな……」
「リン。あなたに魔導師としての資質があれば合格できるはずです。では」
試験官は有無を言わさぬ調子でリンの言葉を遮り、ユインと同じことを言った。そして風切り音と共に試験官達、および机と椅子は忽然と姿を消す。あとには床に描かれた魔法陣が残るのみだった。直後、その魔法陣が光ったかと思うと、鋭い牙と爪、そして黄金のたてがみを生やしたライオンがリンの目の前に出現した。
次回、第4話「猛獣との戦い」
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