第51話 初めてのお茶会
「それにしても図々しい女だな」
テオが苦々しげに言った。
テオとリンの2人は自室内で話していた。
無論、話題は学院でのユヴェンの変節した態度だ。
「あいつ君に対して散々無視したり、嫌がらせしたりしてただろ。なのに王族のパーティーに招待された途端すり寄ってきやがって」
テオはいつも通り辛辣な調子で言った。
リンは曖昧な笑顔を浮かべる。
「それでどうするんだ」
「連れて行くことになったよ」
「マジかよ。いいのかそれで」
テオが呆れたように言った。
「いやーなんというか。断る理由も思いつかなくて」
リンがヘラッとして笑うとテオはため息をついた。
「君も女に弱いね」
お茶会の当日、リンは正装に着替えて出かける準備をしていた。
「ねーテオ。これでいいのかな」
リンは鏡の前で衣服を整えながらテオに聞く。
「あー? いいんじゃね。結構高い服なんだろそれ」
「でもさ。王族のパーティーだよ。こんなんで大丈夫なのかな」
リンは王室茶会に出席するにあたって高級な服をレンタルしてきた。
リンからすれば十分高級な服装だったが、王族のパーティーに出る分に果たしてふさわしいのかどうか分からなかった。
「知らねーよ。俺だって王族のパーティーになんて出たことねーし」
「だよね」
こればっかりはテオに聞いてもどうしようもないことだった。
「不安ならもっと高い服着て行けばいいじゃないか」
「これが僕にとって限界ギリギリだよ」
「まあそういうことだな」
「はあ」
リンは当日になって茶会への出席を後悔しつつあった。服装だけでなくパーティーでの振る舞いや礼儀作法などなど不安要素をあげればキリがなかった。
楽しいパーティーへの出席前にもかかわらず気分はひどく憂鬱だ。
とはいえ今更欠席するわけにはいかない。
そんなことをすればユヴェンからどんな攻撃を喰らうか分かったものではなかった。
「それよりテオの方は大丈夫なの?」
リンが聞くとテオは憮然とした様子になる。
今日いつも行かない場所に出かけるのはリンだけではなかった。
テオもこれから協会に出かける用事がある。呼び出されたのだ。
詳細な理由は不明だがどうも密輸の件がバレたようだった。バレるのも無理のない話だった。テオが小売店と取引しているのを見れば商品を卸しているのは明らかだったし、その法外に安い卸売価格を見れば正規の手続きとは違う輸送方法を取っているのは明らかだった。
「大丈夫だよ。僕は何も悪いことなんてしてないし」
(また言ってるよ)
「でもさ。もし何か罰を言い渡されたり、事業をやめるよう言われたらどうするの?」
「そん時はこんなところ出てってやる」
テオは憤然として言った。
2人は同時に宿を出て別々の方向に向かった。
リンは悄然とした様子でユヴェンとの待ち合わせ場所へ、テオは肩をいからせながら魔導師協会の方へと歩いて行った。
ユヴェンは顔をあわせるなりリンのことをジトッとした目で見る。
リンは困ったように笑った。
「どうかした?」
「何よその服」
ユヴェンはリンの服を一目見てその値打ちを見極めたようだった。
「いや、こういうのしか借りられなくってさ」
リンは照れながら言い訳した。
「今日がどれだけ大事な日かわかってるの? あんたのせいで私まで恥をかいたらどうすんのよ」
(招待されたのは僕なんですけど)
ユヴェンはパーティーに出られるのがリンのおかげであるのをすでに忘れているようだった。リンは心の中で苦言を呈さずにはいられなかった。
とはいえユヴェンの服装は流石になかなか立派なものだった。
黒いなめらかな布をしつらえたドレスで一目で高級な素材を使っていることが分かる。
その服装は彼女の可憐さをいつも以上に引き立てていた。
リンはこれを見れただけでも来て良かったと思えた。
「まあいいわ。さっさと行きましょう。馬車に乗るわよ。一番高いやつね」
「え? 歩きでよくない?」
「ああ? なに寝言言ってんの?」
ユヴェンがドスの利いた声とともに凄んでくる。
「あ、いえ。なんでもないです」
「ったく。イライラさせないでよね」
ユヴェンはそう言うと先に立ってズンズン進んで行く。
リンは慌てて彼女の後を追いかけた。
服装といい態度といいもはやどちらが付き添いかわかったものではなかった。
傍目にはお嬢様とそれに付き従う召使のように見えた。
二人は学院のエレベーターで90階層の高級住宅街まで昇った後、馬車に乗りこんだ。
リンは馬車の値段に目眩を起こしそうになる。人生で最も高い買い物の一つになってしまった。
馬車の中でリンは柔らかすぎる座椅子に座って落ち着かなかった。
早くも予想外の出費をしてしまった。これからのことを思うと気が重くなる。
(まさかパーティーではお金取られたりしないよな)
ユヴェンを会場に連れて行くだけでこの出費だ。王族のパーティーで桁違いの金を要求されようものなら下手をすれば破産しかねない。リンはもう一度招待状を見て何か書いていないか確認した。
リンとユヴェンは高級住宅街の中でも一際大きな建物の中に入った。
高層な建物で、塔内の公的な施設と分離された建造物であるにもかかわらずエレベーターが設置されている。
ロビーには大勢の多種多様な人々がいた。
ウィンガルド王室以外にもいろいろな国の人が利用する施設のようだった。
リンは招待状の案内とロビーに設置された掲示板を頼りにウィンガルド王室茶会の会場に通じているエレベーターを探す。
「あれね」
リンがどれに乗ればいいか迷っているとユヴェンはいち早くウィンガルド王国の旗が飾ってあるエレベーターを見つけ出して先に歩き出す。
リンはまたもや彼女の後ろから慌ててついていくことになった。
エレベーターの到着した先は薄暗い空間だった。
エレベーターから降りるとポッとオレンジ色の光が灯って二人の足元と行く先を照らした。人が近づくと自動で明かりが灯る仕組みのようだった。
明かりは太陽石の白い光ともランプの光とも違う独特の光彩だった。
光魔法で特殊に加工された光のようだ。
なんとも言えない色合いの光に包まれてリンは夢見心地な気分になってきた。会場前の廊下でこれならお茶会の会場ではどれだけ綺麗な光景が見られるのだろうか。
「きれいな色の光だね。貴族のお茶会ってどこもこんな風なの?」
リンはユヴェンに話しかけたが答えは返ってこなかった。
彼女の方を見てみると唇をきゅっと結んでいる。緊張しているようだ。どうやらユヴェンもこんな雰囲気は初めてのようだった。
廊下を進んでいくとパーティー会場への入り口らしき扉に辿り着く。
扉にはウィンガルド語と魔法文字が併記された看板が立てかけられている。
『ウィンガルド王室茶会会場』と書かれていた。
扉の脇にはカウンターが設置されている。受付のようだった。受付には感じのいい白髪の老紳士が立っている。
「いらっしゃいませ。チケットはお持ちですか」
老紳士が話しかけてきた。
リンは持ってきたチケットを提出する。
「リン様ですね。お待ちしておりました。そちらの方は?」
老紳士がユヴェンの方を見ながら言った。
「リンの友人です。付き添いで来ました」
「はあ……。しかしチケットはリン様の分しかありませんよね」
(あ、あれ? 同伴ってできないの?)
ユヴェンが当たり前のように同伴を要求したものだから、てっきりどのお茶会でも同伴ならチケット無しでも入れるのが当たり前なのかと思っていた。しかしこの老人の態度を見る限りそうでもないようだ。
リンは狼狽した。
しかしユヴェンはひるまなかった。
「この子私がいないとダメなんです。私がそばにいないと精神が不安定になって酷い発作を起こしてしまうんですよ」
「はあ、ご病気ですか」
「ええ、そうなんです」
(何言ってんだこいつ)
リンは当惑したが、それをよそにユヴェンは続けた。
「特にこの時間帯は発作が起きやすくて。大変ですよ。パーティーの最中に発作なんて起きたら。最悪死んでしまうかもしれないんです。楽しいお茶会が一気にお通夜に様変わりしてしまいますよ」
(よくもまあこんな口からでまかせを……)
リンはちょっと呆れてしまった。
しばらくの間、老紳士は迷惑そうにしていたが、結局ユヴェンの押しに負けて折れてしまう。
「かしこまりました。少々お待ちください。イリーウィア様に今の話をしてご意見を伺ってきます」
「あ、パーティーの参加者には今の話が漏れないよう配慮してね」
ユヴェンはそう言って他の参加者に自分の外聞が悪くならないよう、釘を刺すことも忘れなかった。
結局二人揃って通されることになる。
扉を通るとそこには控え室兼休憩所のようなところがあった。
一時荷物を預けるロッカーや更衣室へと続く扉、お化粧直しする場所、そして休憩するためのテーブルとソファが何脚か置いてあった。
休憩用のソファにはタバコをふかしている青年が一人で座っている。
リンは会釈したが、彼は胡散臭げな目で見てきた。
「こいつらは何をしに来たんだ?」と言わんばかりの態度だった。
リンとユヴェンは控え室を通り過ぎておそらくパーティー本会場につながっていると思われる大きな扉をくぐって行った。
リンは飛び込んできた光景に息を飲む。
そこには別世界が広がっていた。
次回、第52話「きらびやかな世界」
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