第133話 スラム街

 200階へと密航する当日、リンはユヴェンとの打ち合わせを思い出しながら、いそいそと部屋で準備していた。


 ユヴェンによると急に『ラフィユイの魔導書』が脚光を浴び始めたのには、200階で『隠れダンジョン』が見つかったことも背景にあるらしい。


「『隠れダンジョン』?」


「そうよ。魔導師が何か隠しものをしたり、魔獣や物資を保管するためのスペースを置いたりするために『隠れダンジョン』を設置するんだけれど、最近、210階で『隠れダンジョン』が見つかったらしいの」


 聞きなれない言葉に首を傾げるリンに対してユヴェンが説明した。


「どうもその隠れダンジョンはラフィユイの設置したものらしくて、それで魔導書が見つかるんじゃないかと言われているわけね」


「なるほど」


「私の伝手で行けるのは200階までだから、そこから『隠れダンジョン』までは自力で探索を進めなければいけない。そのためにも準備は入念にしておいてね。何が起きても対応できるように」


 そう言った後、ユヴェンはリンの両手を取って顔を近づけてきた。


 熱っぽくこちらを見つめてくる。


「スピルナ魔導師をも凌いだあなたの戦闘力。頼りにしてるわ。本当にお願いね」


 こういう風に媚を売る時の彼女の顔は、あざといと分かってはいても、本当に可愛かった。


 リンはユヴェンの言う通り準備を入念にしていた。


(おっといけない。しまうの忘れてた)


 リンは『禁忌魔法の研究』が机の上に置きっぱなしなのに気づいて、引き出しにしまおうとする。


 しかし、途中で気が変わって引き出しに入れずに、本を衣服の内側に縫いこんで、着込んだ。


 なぜかは分からないが、本を持っていけば役に立つ気がしたのだ。




 街が暗闇に落ちた後、リンとユヴェンはこっそり落ち合った。


 二人はスラム街に紛れ込むためにいつものローブは着ないで、わざと粗末な衣服を身に纏っていた。


「ユヴェン。資金の工面はできたの?」


「ええ」


 ユヴェンは金貨をたくさん入れた袋を示して見せる。


 彼女は自分の持っている一番高い魔石を売って資金を工面していた。


「あなたこそ大丈夫? テオにはなんて言ったの?」


「平民派の集会の用事って言っといた」


「よし行くわよ」


 二人はスラム街へ行って、特別に雇った魔導師と落ち合った。


 すぐに次元魔法の扉を開く作業に取り掛かってもらう。


「ちょっとまだなの?」


 ユヴェンがなかなか開かない異次元の扉にイライラしながら言う。


「無茶言うな。それなりに長い距離を移動するんだ。魔力を練り込むにも時間がいる」


 雇った魔導師は苦々しげに言った。


 彼は仮面で顔を隠しており、表情は見えない。


 誰もがイリーウィアやヘルドのようにパッと移動できるわけではないようだった。


「よし。開くぞ」


 二人は立ち上がって、男が開けた光が輝く扉に近づいた。


 異次元の道を通り抜けて100階層のスラムに辿り着く。


 そこは両側を壁に挟まれた迷路の中だったが、スラムの光景はどこも同じようなものだった。


 山のように積み上がったゴミ、あちこちヒビ割れて寂しげに佇んでいる建物、いかがわしいお店、漂う悪臭、汚れた看板……そして妖精の気配が希薄だった。


「次に開くのは一週間後でいいんだな?」


「はい。よろしくお願いします」


「よし。もしその時に開いても約束の地点にいなければ契約は破棄されたとみなすぞ」


「はい」


「これは前金よ。とっときなさい」


 ユヴェンは金貨を3枚投げてよこした。


 男は金貨を受け取るとすぐに自分の開いた次元魔法に戻って、元来た道を帰って行った。




 しばらくしてからやって来た男もやはり仮面を被って顔を隠していた。


「どうも。お坊ちゃん。お嬢さん。行くのは150階のスラム街でいいんだよね?」


「ええ。よろしく」


 新しく現れた男も先ほどの男同様、少し手間取ってから150階への扉を開いた。


「ふぅ。それじゃ、帰りは一週間後の同じ時間ということで。もしその時に約束の場所にいなければ契約は破棄されたとみなすから」


「はい。お願いします」


 そのあとに現れた男もまた同じように次元魔法を使って200階のスラム街へとリン達を運んで行った。




(ここが200階層……)


 リンが運ばれたのは水に浮かんだ街だった。


 あらゆる建物が水の上に浮かび、あらゆる建物に運河が張り巡らされている。


「なにこれ。水に浮かんでるの?」


「その通り。これが200階層、運河の街『スウィンリル』だ。ここでは船が無ければ移動すらままならない。もし船をなくしてしまえばああなる」


 雇った男が親指で後ろを示して見せる。


 そこにはうずくまってボロボロの服を着た人達がいた。


「船……」


「ねぇ。私達、最近見つかったっていう隠れダンジョンに行きたいんだけれど、行き方わかる?」


 ユヴェンが尋ねると男は手で遮った。


「おっと、サービスはここまでだ。後は自力で情報収集しな。こっちも下手に素性が特定されそうなことを言えないんでね」


 男は手のひらを広げてくる。


 ユヴェンは男の手の平に金貨を乗せる。


「では、幸運を祈る。一週間後、またここでな」


 男は自分の開けた次元魔法に潜って姿を消した。


 リンとユヴェンはなんとなく世界と切り離されたような寂しさを覚える。


「さてどうしようか」


「とりあえず眠る場所を探そう」


 二人はあらかじめ用意していたボロをまとって浮浪者を装い、どこか夜が明けるまで隠れられる場所がないか探した。




 250階にある、マルシェ・アンシエの根城。


 深夜にも関わらず本を読んでいたフォルタは扉を叩く音に本を閉じた。


「誰だ?」


 扉が開くと童顔が覗いてくる。


「ウィジェットか。一体どうしたって言うんだ? こんな時間に……」


「面白いものを見つけたぜ」


 ウィジェットが水晶を差し出してくる。


 そこにはリンとユヴェンの姿が映っていた。


「それは……」


「ルシオラの腕を千切った奴らだ。200階層に来てるみたいだぜ」


「ほう」


「バカな奴らだな。蛇の道は蛇。俺達に見つからず裏のルートを通れると思ったのかね」


 ウィジェットはその童顔に意地悪そうな笑みを浮かべる。


「今なら奴らをどうとでも料理できるぜ。どうする? とっ捕まえてルシオラに借りを作れば……」


「ふむ。それも悪くないが……少し様子を見ようじゃないか」


「?」


「あのリンという子。もう少し近くで観察したい」




 リンとユヴェンは誰もいない空き家に侵入するとひとまずそこで夜を明かした。


 翌朝、固くて寝心地の悪いベッドでうつらうつらとしていると、物々しい騒ぎ声が聞こえてくる。


「ちょっと何よ。騒々しい」


 ユヴェンが眠気まなこをこすりながら起き上がる。


 誰かが窓を叩いている。


 リンは窓を開けて外を眺めて見た。


 そこには魔獣、鳥人間ハーピーがいた。


 協会の象徴である天秤の紋様が記されたタスキをかけている。


 リンはギクリとする。


「外に出ろ」


 魔獣はリンに対して言い放った。


「え、なぜです?」


「いいから。外へ出て広間へ向かえ。出れないというなら、問答無用でしょっぴくぞ」


 仕方なく、リンとユヴェンは広間へと向かう。


 鳥人間ハーピーはリンとユヴェンが外に出た後、家に結界を張って誰も立ち入れないようにする。


 二人だけでなく、そこここの家で同じことが行われていた。


 まるで大捕物のようだった。


 広場に行くと黒いローブを着た男が10人くらいいた。


 彼らは大方、人々が集まったのを見て、演説を始める。


「昨夜、この地区に密航者を見かけたという通報が魔導師協会に入って来た。もし、下位魔導師が所属階層の掟を破り侵入しているとしたら、由々しき事態。我々魔導師協会は絶対に彼らを見逃すわけにはいかない。さしあたって住民には我々の調査に協力願いたい」


 彼らは住人一人一人を自分達の前まで来させて手の甲を調べた。


 何か保護装飾がなされていないか、念入りに調べる。


 人々は従順に袖をまくり手の甲を見せる。


 リンとユヴェンは慌てた。


 二人の手の甲にはくっきりと


 学院魔導師の証である紋様が刻まれている。


 一応、隠すために簡単な装飾はしているが、それでも協会の職員による念入りな調査の前にはバレてしまうだろう。


「ちょっとヤバいんじゃないの。あいつら私達を探してるんじゃ」


 ユヴェンはヒソヒソ声でリンに話しかける。


「どうしてバレたんだろう? 誰にも見つからなかったはずなのに」


「そんなことよりも早く隠れた方がいいんじゃないの? もし見つかったら……」


「そうしたいのはやまやまだけど……」


 先ほどから検査に回っていない人間が聴衆を見回して怪しい動きをする人間がいないかどうか見張っている。


「下手に逃げるそぶりを見せればその場で取り押さえられてしまうかもしれない」


「そんなこと言って。このままじっとしていたら捕まるだけじゃないの」


(何か……いい方法はないのか)


 その時、リンの耳元で囁き声がした。


「おい、お前リンだろ」


「えっ?」


「振り向くな。そのまま余計な動きはせずに『はい』か『いいえ』だけ答えろ」


 リンは背中に杖を当てられているのを感じた。


 そのことから自分に囁きかけている人物が魔導師であると分かる。


 それも自分より相当強い力を持っている。


 そのことが下手な嘘は逆効果だとリンに思わせた。


「お前はリンか?」


「……はい」


「そうか。助けてやる。来い」


 謎の男はリンの腕を引っ張って連れて行こうとする。


 リンは慌ててユヴェンの腕を引っ張った。


「ちょっと。なんなのよ」


 ボロのフード付きローブを着て顔を隠した男は人混みをかき分けて、広場から離れていく。


「誰か逃げ出したぞ」


「追え!」


 協会の連中が騒ぐ声が後ろから聞こえた。


 ざわめきが観衆に波及していく。


 謎の男は路地裏に逃げ込んだ。


「これを着ろ」


 謎の男は二人に向かってボロ切れを投げて寄越す。


「これは……」


「お前達目立ちすぎだぞ。次元魔法の扉から現れれば、スラム街の人間にはよそ者だと丸分かりだ。根回しもなしにそんな格好で入って来れば通報されるに決まってるだろ。それを着ればスラム街の住人に紛れ込むことができる」


「ちょっとなんなのこの人。信用して大丈夫なの?」


「わかんない。でも今はそれ以外方法がない」


 リンはボロを着込んで、ユヴェンにも半ば無理やり着せた。


「う、何よこれ。酷い臭い」


「よし。着込んだな」


 謎の男は指輪を光らせて魔法陣を発生させる。


 次元魔法だった。


「これで協会の警吏部を撒くぞ」


 後ろからどやどやと騒ぎ声が聞こえる。


 協会の人間はもうすぐそこまで迫っているようだった。


 3人は次元魔法の中に飛び込んでどこに繋がっているともしれない場所へと誘われていく。




 リンとユヴェンが連れて来られたのは倉庫のようなところだった。


 あちこちに廃材やドラム缶が置かれているが、いずれも錆びて茶色くなっており、打ち捨てられた場所だということが伝わってきた。


 謎の男は瓦礫の山に腰掛けた。


 二人にもそうするように促す。


「ここまで来ればまず大丈夫だ。協会の連中の追跡にあう恐れはない」


「助けてくださってありがとうございます。あの、あなたは一体……」


「俺はニノ。ユインの弟子だ」


「! ユインの……」


「お前はリンだよな。ユインの弟子の一人。奴のリストの中に写真付きで載っていたのを覚えている。まだ学院魔導師だろ。なぜ200階層に来ている」


「僕達はとあるアイテムを探しに来ていて」


「とあるアイテム?」


「『ラフィユイの魔導書』です」


「『ラフィユイの魔導書』? そう言えばここ数日、どこもその話題で持ちきりだな」


「あの。ニノさん。『ラフィユイの魔導書』について何か知りませんか?」


「いや。生憎だが、分からないな」


「それじゃあ、船の調達についてですけれど……」


「今度はこっちが聞く番だ」


 ユヴェンが聞くのを遮ってニノが言った。


「リン。ユインの魔導書。『禁忌魔法の研究』について知らないか?」


「……『禁忌魔法の研究』? いえ、知りません」


「本当だろうな?」


 ニノが怖い顔で睨んでくる。


「ええ。本当です」


 リンはついつい服の端をぎゅっと握ってしまう。


 そこには『禁忌魔法の研究』が入っている。


「そうか。お前も持っていないか。まあそりゃそうか。お前ごときにユインが目をかけるはずもないしな」


 ニノは険しい顔を引っ込めてうなだれる。


「なんですか? その『禁忌魔法の研究』というのは……」


「ユインが塔にいた時、していた禁忌魔法についての研究成果がまとめられたものだ。本来、俺が受け取るはずのものだったのに」


「ニノさんが……。つまり……ニノさんはユインの一番弟子だったということですか?」


「ああ、そうだ。俺はあいつの手となり足となり、誰よりも忠実に働いて来た。ユインも俺のことを一番弟子と言っていたしな。階層的にもユインの弟子の中で俺が最も上だったはずだ。奴からも約束してもらっていて。なのに突然、誰かがユインのことを嗅ぎ回って全ての不正が明らかになった。あおりを食って俺まで指名手配。俺の人生あいつのせいで滅茶苦茶だよ。なあリン。『禁忌魔法の研究』について何か知らないか? なんでもいい。ユインが何か言ってたとか。誰に渡すつもりだったとか」


「いえ。何も。あの、ニノさんは『禁忌魔法の研究』なんて手に入れて一体どうするつもりなんですか? 名前からしてとても真っ当な代物には思えないんですが」


「どうする? どうするもこうするもねぇ。あれは俺のもんだ。俺がユインの研究にどれだけ貢献したと思っている。どれだけの時間と労力をかけてあいつの元で下働きしたと思っている。あいつの大半の悪巧みに加担して仕事を捌いていたんだ。それなのに今更俺以外のやつに研究所を渡したなんて許せねぇ。持っている奴を見つけたら、ぶっ殺してでも奪い取る」


 ニノは獣のように目をギラつかせ、歯を剥き出しにしてリンを威嚇した。


 ユヴェンはその様にすっかり怯えてリンの背中に隠れる。


(ちょっと大丈夫なのコイツ。かなりヤバイ奴に見えるんだけど)


 ユヴェンはリンに耳打ちする。


(大丈夫なわけないだろ。ユインの悪事を手伝ってた奴だぞ)


 ユインの悪事を手伝っていたということは、今、彼は教会によって指名手配されている悪人だということになる。


 そして指名手配犯ということは、彼と一緒にいれば、共犯者と見なされる恐れもあった。


 リンとてそう思うものの、彼を露骨に避けるのはまずい気がした。


 彼はうらびれた姿をして、ほとんど魔法のアイテムを身につけていないとはいうものの、それでも200階層の魔導師。


 リンとユヴェンが束になってかかっても敵うかどうか怪しかった。


 そしてニノはどうにも自分達をタダでは帰してくれそうになかった。


 ニノはと言うと、彼もリンとユヴェンをどう始末したものか悩んでいるようだった。


 彼は先ほどから爪を噛みながら、ブツブツと何か呟きながら、思案している。


「こんな奴ら匿っていても何の役にも立たねえ。それどころかリスクが増すばかり。何かいい方法があればいいんだが……。クソッ。まさかお前らが何の手がかりも持っていないとは」


 しかしついに決心したように膝を打って、二人に対してその処置を宣告した。


「チッ。しょうがない。お前ら持ってるもん全部置いてけ」


「えっ?」


「お前ら程度の実力でここまでこれたということはそれなりの金は持ってんだろ。後は魔道具。杖に指輪に靴に帽子その他アイテム。ついでに上着も置いてけ。助けてやった代わりだ。それで勘弁してやるよ」


「はあ? 私達に裸になれっていうの?」


 ユヴェンが抗議した。


「さっき渡したボロ切れがあんだろ。それでとりあえず協会の連中は撒けるはずだ。こっちだってカツカツの逃亡生活送ってんだ。命だけは見逃してやるから、出すもん出してさっさと出て行きな」


「冗談じゃないわよ。私達はこれから200階の探索に資金が必要なのよ。そんなことできるわけないでしょ」


「お前らの都合なんざ知ったこっちゃねーよ。それとも何か? 命よりも金の方が大事ってことか?」


 ニノが凄んで見せる。


 ユヴェンはそれを見て再びリンの背中に隠れる。


「ユヴェン。下がって」


 リンは杖を構えてニノと距離をとった。


「ほお? やりあうつもりか? この俺と」


 ニノも立ち上がって杖を構える。


「杖を構えた以上、もう謝っても遅いぜ。『物質生成』」


 ニノの生成した鉄球はリンがいつも生成する鉄球の二倍以上の大きさだった。


(大きい。おそらく『加速魔法』も向こうの方が強力。撃ち合いでは敵わないだろうな。でも……)


 リンは『ルセンドの指輪』を光らせる。


 指輪の光は薄暗い室内を隅々まであまねく照らした。


(今は知っている。自分より力の強い敵との戦い方を!)


 ニノはリンの放つ指輪の光を見て顔色を変えた。


(!? 力強い指輪の光……。『ヴェスペの剣』くらいは出せるか? 俺の指輪魔法では防げない)


 ニノは安易に撃ち出そうと思っていた鉄球を自分の前に構えて防御の体制をとる。


 リンはその一瞬のスキに乗じて、身を屈め、ニノの死角に潜り込んだ。


(消え……)


 ニノの懐まで加速して間合いを狭めたリンは鉄球ごとニノの杖を弾き飛ばす。


「くそっ」


 ニノは瓦礫の山に転がり込んで隠れた。


(加速魔法で死角に入り込んでからの近接戦闘。まるで傭兵。この野郎、相当戦い慣れてやがる)


 ニノは装備も揃えず戦いを挑んだことを後悔した。


 リンはニノのいる瓦礫の山に向かって杖を向けていたが、不意に杖を下ろす。


「テメェ。どういうつもりだ」


「ニノさん。僕達は戦いに来たのではありません。僕達はただ『ラフィユイの魔導書』を探しに来ただけです。これ以上無益な戦いはしたくありません。黙って僕達を見逃してくれませんか?」


「……」


 ニノはプライドと現実の前で葛藤した。


 自分よりも下位の魔導師と喧嘩してすごすご引き下がるわけにはいかない。


 かと言ってこのまま指輪だけでリンと戦うには刺し違う覚悟が必要だろう。


(くそッ。せめて靴だけでもまともなものがあれば)


 ニノは虎の子の魔石をポケットから取り出して握りしめる。


「まあまあニノさん。そんな風に意地を張らなくても。私にこの場を収めるいい考えがありますわ」


 ユヴェンは自分達が有利になったと見た途端、そのいじめっ子本性を発揮して、前に進み出た。


「ニノさんは要するに『禁忌魔法の研究』を見つけたいんでしょう? それなら私達、ニノさんに協力しますわ。私達は私達の情報ルートで手に入れたあらゆる情報をニノさんにお渡ししますわ。その代わり、ここ200階層での私達の探索を手伝ってくださいませんか?」


「ふざけるなよ。何で俺がお前ら如きと……。こっちは学院魔導師とつるむほど落ちぶれちゃいないんだよ」


「あら。でも今のあなたの装備では私の妖精魔法も受け止められないでしょう?」


 ユヴェンが『フラムの魔石』のついたイヤリングを耳に付けると、ニノの両側に炎が現れて、挟み込む。


「ぐっ。お前ら」


「『物質生成魔法』だけで炎を防ぐのは大変でしょう? 素直に私達に協力した方がよろしいんじゃなくて?」


 ニノは葛藤するような表情を見せたが、ふと納得のいく解決法を思い付いた。


「待て。そうだ。リン。お前『ラフィユイの魔導書』を探してるって言ってたな」


「? はい」


「以前、ユインが言ってた。『ラフィユイの魔導書』が欲しいって。もしかしたら何かの手がかりが掴めるかも。よし決めた。リン。俺もお前らの探索について行くぜ」


「えっ? ニノさんもですか?」


「こっちは杖まで無くしちまったんだ。魔導書くらい手に入れなきゃ割りに合わねぇ。お前らでも船を動かすくらいの役には立つだろ。そうと決まれば行くぞ」


 ニノは立ち上がって建物の出口に向かって行った。


 リンとユヴェンはニノの変わり身の早さにポカンとしながら彼の後ろ姿を見つめた。


「ねぇ。大丈夫なのコイツ。ちょっと頭のネジが一本外れてる感じがするんだけれど」


「うーん。まあでも僕らだけで200階を探索するのは大変だし」


 二人は少し危険に感じながらもニノと一緒に探索することにした。




 次回、第134話「隠れダンジョン」

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