29.
レベニカがショアンの部屋をそっと開けると、彼はまだ何も気づく事無く深い眠りについていた。規則正しい寝息が聞こえ、このまま担いでいこうかと思案したが、何も知らないままではもしもの時に対応できないと考え直し、起こすことにした。
「ショアン様、ショアン様」
揺らしながら、そっと声をかける。すると、二度肩をさすっただけでパチリと目が開いた。
「ん……? なーに」
この少年の寝起きが良いのは本当に幸いだと、この時ほど思ったことはなかっただろう。
「何か、館に異常があったようです。私はショアン様を連れて逃げるように仰せつかりました。お仕度を、お願い致します」
詳細を知らせるのは、あえて避けた。今この幼い子にうろたえる姿を見せる訳にはいかなかった。靴を履かせ、抱き上げて部屋を出る。
それから亡きキア様の部屋へと向かい、その部屋に掛けてある緊急用の袋をショアンに持たせてからクローゼットの一番下の引き出しを横にスライドさせた。
すると少しの間があってから、足場が組み代わるように動き、階段が現れた。
人一人分ほどの短い階段の下は狭い通路となっており、持っているカンテラに照らされて驚いたクモやトカゲなどが足早に去っていくのが見える。
「さぁ、参りましょう。暫くは暗いですが、少しの辛抱ですからね」
「うん、でも……父上は? それに、ハインス兄様も」
「わかりません。ですが、きっと大丈夫です。外で落ち合う手筈となっていますので、今はここから離れる事を優先いたしましょう」
うん、とそっと頷くショアン。なんて賢い子だろうと、そんな事にも涙がこぼれそうになるのをぐっと抑える。
いきますよ、と声をかけつつ彼を抱いたまま階段を降り始めた。
しかし、背後に影が揺らいだ気がして、咄嗟にショアンを階段の下に突き飛ばした。
ショアンの唖然とした顔が、カンテラに照らされながら闇に消えていく。だが下は土で出来た洞窟で、大した深さもないと聞いていた。すぐに、荷物が地に落ちるような、ドサっという音が聞こえた。
(きっと無事でいてくれる)
入口を閉める装置に手をかけ、そっと後ろを振り向こうとしたが、上手くいきそうにはなかった。
ぞっとするほどの冷気が、背中を強く圧迫している。こんなに冷たい殺気は父に付いていった戦場でも体験しなかった。
だが不思議なことに、その殺気はレベニカに何もしてはこなかった。上手く行きっこないと、ほとんど諦めていたというのに。
それはまるで扉が閉まるのを待っているみたいに。
(ショアン様を逃がそうとしている?)
そう分かったからこそ、扉が閉まる直前に、なんとか後ろに下がった。
これでレベニカが死んだとしても、少なくともショアンは無事でいられるはずだと確信していたから。
ゆっくりと、後ろを振り返ろうとしたその時に、背中から腹にかけて、ぐっと熱を持った。腰から上が、横にずれる。
「あ……」
何かを見る前にレベニカの記憶は途切れた。漏れたのは、吐息くらいの小さな悲鳴だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。