26.

「じゃあここでいいの?」


 マルカがそういうと、アースベルトは畏まって頷いた。

 今二人は、ファニアの町を一望することの出来る山の頂上にいる。辺りは暑い島国特有の夜の煩さがあり、虫の音や海の波の寄せる音、遠くに見える町の明かりや、山に潜む様々な生き物の気配を感じることが出来る。

ちなみにこの山の麓にはギルが捕まっていた監獄があるのだが、マルカがそのことを知る由は無かった。


「ここが、最も適当かと存じます。この島を一望出来る上に、彼にとっての栄養もなかなか豊富なようですし……ね」


「ふぅん……栄養、ねぇ。けどさ、今度はあまり目立たないお城になるといいなぁて思うんだけど、シャルルちゃんお願いしたら聞いてくれるかな?」


 いつまでも宝珠、宝珠と呼ぶのも可哀想だと思って、実は名前を付けた。

 普通、城といえばキャッスルだが、アースベルトがいうには城をシャトーと呼ぶこともあるそうだ。そこからもじって、シャルルに落ち着いたのだった。


「おや、それは勿論でございます。マルカ様が願えば、はその通りに……そういえば、私がお渡しした宝珠留めはいずこへ?」


「へ、宝珠留め?」


「はい。中央に円形の穴の開いた……」


「あ、あ……? あれ、あ……」


「失くしましたか」


 白い目、というのはこういうのを言うのだろうか。ここまで美形の形をした人が白い目をすると、彫像にしか見えない。


「いや、そんな…ことは。あれ? えーっと……」


 あっちのポケット、こっちのポケットと今まで着ていた黒いワンピースを探ってみるが、一度洗濯されている服だ。当然ながら入っていない。


「最後にあれを見たのは、そう、あれを渡された後にあの兵士さんがやってきて、落として、それから……?」


 マルカが一生懸命行方を思い出そうとすると、アースベルトは首を振りながら言った。


「……ふぅ、まぁ今はいいでしょう。必要な時、あれは必ず貴女様の傍に参りますから。今はともかく、を地へ埋めて差し上げましょう。とっくにお腹が空いている頃ですよ」


「う、うん。なんか、ごめんね…?」


 アースベルトの顔色をうかがいながら、宝珠を地面にそっと置いた。


 ブルルッと身震いするかのように震えると、宝珠は地中にそっと姿を消した。地面に耳を付けて音を聞いてみると、ずんずんと凄い速さで地面に潜って行っているようだ。


「手も足も無いのに、すごいなぁ」


「当たり前ですよ、は城の種そのものですから。種に手や足は必要ないでしょう」


「えぇ?でも、普通植物ってこう…自分の胴体の支えや栄養吸収のために、まずその身が割れて根や芽を伸ばしていくものでしょう? 手足を伸ばしていくっていうか。でもシャルルは種の身だけで最初に地面を潜っていくことが出来るんだよ? やっぱり普通の種とは違うんだなぁって、しみじみ思っちゃって」


「ふむ…ですが、案外こういうことかもしれませんよ?」


 彼はそういうと、パチンと指を鳴らしてみせた。すると、地面が不自然にボコボコボコッと膨らみを持ち、最後には夜の最中ではほとんどどこにいるのかわからないくらい真っ黒なモグラがひょい、と顔を出した。


 と、思ったのもつかの間、すぐに土の中に顔を隠してしまった。



「うん? どういうこと?」


「地中には、様々な生き物が住んでいますから。特に、地は闇に属する部分が少なからずあります。宝珠が行う召喚も、闇に属するものですから相性はいいはずです」


「つまり、地中に住んでる何かを召喚して、埋めてもらっているってこと?」


「はい。そういう事も出来るはずです」


 そうこう言っている間に、埋めた場所からひょい、と双葉の芽が出てきた。

 芽は瞬く間に葉の一枚を大きくすると、姿を四角に、色を黒に変え、地中に埋まる形の扉となった。見た目だけなら、鉄製の重い扉にしかみえない。


「あ、目立ちたくないって言ったから、もしかして地中に作ってるの?」


 扉を上に持ち上げるように引くと、地中へと続く薄暗い階段が、ぽっかりと口を開けた。風が、奥へと向かって吸い込まれていく。


「……なんかダンジョンみたい」


「ラスボスが住まう最後のダンジョンにしては、貧相ですね」


「ラスボスて」


 アースベルトの言葉に苦笑しながら奥へと進むと、階段を下りる度に壁から松明が突き出てきて、足元を照らしていった。


 今回は木ではなく、石や鉄が城の材料になっているようだ。壁に手をかけるとざらりとした硬さが手に伝わってくる。

 下まで降りると、小さく拓けた空間に出た。

 ぼ、ぼ、ぼ、と音を立てながら部屋の中をぐるりと松明が付き、入口で立ち尽くす間に、部屋が徐々に広がりを持っていく。あまりにゆっくりと広がっていくので目の錯覚が起こったのかと思った。


 空間が広がるにつれて、柔らかそうなクッションや、椅子、凝った装飾を施された像などがゆっくりと姿を現していく。煌びやかで、どことなくこの国の風土に合っている部屋だ。風通しが悪いのが、少し残念であるが。


 壁の石にも徐々に細工が入って行く部屋で、マルカとアースベルトは腰を落ち着けた。王座のようなものも出来上がっていたが、床に置かれたクッションのほうが座り心地が良さそうだったので、こっちに座る。


「じゃあ、しばらくはまたこの中に居ればいいのかな」


「居れば居ただけ、彼の成長は早まりますからね。しかし、今回はそうとばかりはまいりませんよ」



「……と、いうと?」



アースベルトの目がなぜか、嬉しそうにキラリと光った。


「特訓を、少々」

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