27.レベニカ&ハインス&…
マルカが自らの城に籠り、およそ二週間がたった頃だった。
レベニカが目を覚ましたのは、真夜中の事だ。
ガタガタっという音が部屋に響き、はっとして体にかけていた薄い上掛けを剥いだ。
普段は屋根裏の使用人部屋で寝て居るのだが、昼夜を問わずギルの看病をしていたレベニカはバイラムに隣の客間を与えられ、ここしばらくの間は客間を使用人部屋として寝起きさせてもらっていた。使用人としては破格の待遇ではあるが、この国の兵士長の娘としてなら何の問題もないのではないか、とハインスにも言われた事もあり、渋々ではあったがこの部屋を使用していたのだ。
始めはこのガタガタという音は、風が窓を叩く音かとも思ったが、よくよく耳を澄ましてみると隣の父の部屋から聞こえているということに気が付いた。
もうずっと微睡んでいた父がついに目を覚ましたのかもしれないと慌ててカンテラに火を灯し、靴を履いて部屋を飛び出し、隣に駆け込もうとする。
しかし、扉には何故か内側の鍵がかかっているようで開かなかった。
「……!? え、どうして。父さん、ねぇ! 父さん!?」
どんどんどん、と強い音を立ててノックしていると、その音に目を覚ましたのかここから一番部屋の近いハインスが軽く欠伸をしながらやってきた。右目はあれから眼帯を外してはいないようだった。
「どうしたんだい?」
「それが、物音が聞こえて来てみたんですが、部屋に鍵がかかっていて、開かないんです」
ハインスはそれだけで状況を理解したようで、何度かノックした後、ついには履いていたブーツで扉を蹴り始めた。レベニカもカンテラを脇に置いて、自分の部屋から椅子を持ってきてから、何度も扉に打ち付ける。
ガツンガツン音がして、とうとう扉がぶち破られる。置いていたカンテラで部屋の中を照らすと、中央で倒れているギルが見えた。辺りには近くにあった水差しや棚が倒れている。レベニカが聞いたのは、この棚が倒れる音だろう。
「父さん!」
「ギル!」
慌てて二人が駆け寄ると、ギルは血を吐いてもう息をしていなかった。
「そんな、そんなっ嫌っ! 父さん、どうして!」
カンテラの光を当ててよくよく肌を見ると、ギルの全身の血管に沿うように紫色の腫れが見られた。
「これは……なぜ……」
誰が見ても、毒だろうと推測が付いた。しかし、今ギルを毒殺するメリットが誰かにあるとはハインスには見当も付かなかった。
「とにかく、父上に知らせを」
そう言って泣くレベニカを立ち上がらせると、倒れたギルをそのままに部屋を後にする。
廊下は暗く、壁には火を灯すための蝋が並んでいるが、一つ一つ付けて回る余裕はない。ハインスが持つカンテラの明かりだけを頼りに、速足でバイラムの私室へとかけていく。不安の為に、自然と二人手を繋いでいた。
だがその途中、分かれ道の所でレベニカの足が止まった。何か思案をするかのように顎に手を当ててから、言う。
「ハインス様、ショアン様が心配です。私は、ショアン様を起こしてからそちらへ参ります」
すると、ハインスも頷きながら、カンテラの火を壁に掛けてある蝋に移しながら言った。
「あぁ……いや、待て。レベニカ、ここに来た時に最初に教えた脱出路については覚えているか?」
「は、はい。でもそれは」
この館は流石に王族の住まいらしく、いくつもの脱出路が張り巡らされている。その中で、レベニカがこの館に来た時に一番最初に教えられたのがその緊急時の脱出路だった。
その脱出路は他の道と違い、一度使えば鍵を使わなければ完全に閉められてしまうものだ。そしてその鍵は外側からしか使えない。故に恐らくこの館の中では最も安全な道だと思われた。
「いいんだ、何も無ければそれで良し。私達を待つことはないからね。あの子を頼む」
「……はい。ハインス様、どうぞご無事で」
レベニカは覚悟を決めたように軽く会釈をすると、曲がり角を駆けて行った。カンテラの明かりだけがレベニカの形を成した影を壁にチロチロと残していく。
ハインスもまた、バイラムの私室への道を見据えると、火を分けた蝋を手に構えながら眼帯を外した。途端、黒い渦が前方から伸びてきているのが分かった。
「父上っ……!」
そこまで広いわけでは無いはずのこの館が、その瞬間まるで迷宮のように感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。