20.ショアン
あの臭い人が僕の家に来てから、兄様がなんだかおかしくなった。
最近は「ガンタイなんて付けなくたって大丈夫になった、慣れたんだ」って言っていたのに、あいつが家に着いたら、慌ててガンタイを引っ張り出してきた。外してあいつを見ると、兄様はとても苦しそうな顔をするのに、それでもあいつの傍を行ったり来たりしている。あんなに肌が白くて汚くて気持ち悪いのに、なんだかどこか羨ましそうに見ている。あいつ何か兄様の欲しいものでも持っているのかなぁ。
それに、レベニカも変だ。
帰ってすぐにお湯を沸かしたと思ったら、あいつの体を頑張って洗って、髪のお手入れをして、着替えの手伝いもしている。きっととてつもなく臭いに違いないのに、あんなににこにこして、頑張ってる。僕だってあんなに長い時間櫛で梳いてもらったりしたことないのに、女の子だからって、絶対おかしい。
父上に聞いたら、あいつは貴族じゃないって言う。
なのに、レベニカが手伝うなんて変だって言ったら、貴族ではなくてもお客様だって言う。
国王様を待つ間、貧民は客じゃないってお城の人が言っていたのも聞いた。それってきっと、お金がないとお客様になれないって事だと思う。僕は頭いい。
それなのに、父上もあいつに優しくする。
だからきっと父上も変だ。
皆が変になったのは全部、あいつのせいに違いない。
そう思って何とかあいつを追い出せないか僕は自分の遊び部屋に隠れて作戦を練っていたら、あいつが僕の所へやってきて「遊ぼうよ」って言ってきた。
あいつはすっかり良い匂いをさせながら、汚かった黒服を綺麗なピンクのドレスに変えて、僕の前に現れた。でも僕は「あっち行って」と、かみつくワニみたいに強く扉を閉めた。
だって僕は知っているんだ。あのピンクのドレスは、お母さまのドレッサーの中に入ってたやつだ。前に僕が「うちに小さな女の子は居ないのに、なんでこんなに小さなドレスがあるの」ってレベニカに聞いたら、僕のお母さまが子供の頃に着ていたドレスで、思い出に持ってきたと聞いたってレベニカが言ってたんだ。
それを聞いた僕は、時々一人の時にこっそりあのドレスをぎゅってしていたから、見間違えたりもしない。あのドレスは、お母さまのものだ。
あいつがきっとレベニカに断らないで、勝手に着ているに違いない。絶対さ。
だから僕はどろぼーと遊ぶ訳にはいかないんだ。あいつが嫌とか、臭いからとか、そういう子供っぽい話なんかじゃないんだ。
だって僕はせっしょーっていう偉いお仕事をしている、父上の子供なんだから。もう三歳だから、それくらいのことは考えるんだ。僕えらい。
だけどそうやって考え事しながら遊び部屋に隠れていたら、だんだんおしっこに行きたくなってきた。この部屋はトイレがないから、一度外に出てお庭のトイレに行かなくちゃいけない。
外の様子はどうかな……。
扉をそっと開けても、もう誰もいなかったから、僕はするりと猫みたいに抜け出してお庭に向かった。いつもはレベニカを呼んでからいくんだけど、今日は呼んでなんてあげないんだ。だって今日のレベニカちょっと変だもの。
お庭に着いていつもおしっこしていいって言われている所に向かう。
そこは、木がわさわさしていて、ちょっと怖い場所でもある。
時々クモとか、へびとかも居たりする。もしかしたらお化けだっているかもしれない。
だけど僕は父上の子供でゆーかんだから、へっちゃらだと思ってそこへ近づく。
だけど……あれっ…………どうしよう。
おしっこの仕方はわかるけど、ズボンの脱ぎ方が分からない。
いつもレベニカがしてくれるから、僕脱ぎ方なんて知らないんだった。
そう気が付いて、わたわたしていたらすぐ傍をあいつが通り過ぎるのが見えた。
あ、あいつ多分僕の事探してるんだ。
きょろきょろしてお庭をあっちこっち見て回ってるみたいだ。
どうしようかな、声かけたら来てくれるかな。
でもいつまでたってもレベニカは来ないし、あいつはうろうろしているから、僕はとうとう堪忍して、あいつに「おいっ」って声をかけた。
すると、あいつは僕をちらりと見ると、僕が何も言わなかったのに無言でズボンを下ろしてくれた。お腹のとこについているフックもボタンも、簡単に外してくれた。
僕は大慌てでおしっこをする。
レベニカがいつも、服を汚さないようにって口うるさく言うから、モチロンそこにも気を使う。僕まるで大人みたいだ。
でも僕がおしっこしている間、あんまりにもあいつが静かだったから僕は「そこにいるのか」って聞いたら、あいつは木の陰から「うん」って答えた。
「そこにいろよ」って言っても、あいつは「うん」って言った。
まるで木と話してるみたいだ。
だから僕は少し面白くなって、おしっこが終わらないふりをしてこっそりあいつに近づいて、「わっ」って大きい声出して脅かしたら、あいつはびっくりしながらも大笑いしてから、「ズボン履いて!」って言った。
それからあいつはまた僕のズボンのホックとボタンを留めてくれた。
その後あいつは庭をぶらぶらしていた。
僕が何してるんだろうってしばらく眺めていると、おいでおいでってするから、僕はむっとして近づいた。そんな赤ちゃんにするようなことしないでって文句を言おうと思ったけど、あいつが庭に咲いていた薄いピンクの小さな花を摘むと、僕が見ている前でいきなりそれを口に入れた。そして、ニヤリと笑ってから、僕にも同じ花を差し出した。
僕は恐る恐る口に入れる。柔らかくて、ちょっと甘かった。
あいつはそれを、自分が住んでいた森にも咲いていたと言い、名前はペンタスだって言った。それから他にも、ナスタチュームやベゴニアも食べられるって教えてくれた。この庭にもあるって言って、あれとあれだってあいつは言ってたけど、僕には違いがよくわからなかった。食べられるってだけ分かればいいかなって思った。
それから、レベニカがやっとやってきた。
僕が一人でおしっこしたんだって言ったら、物凄くびっくりして、あいつにお礼を言っていた。僕が夢中になって庭の花を食べていると、レベニカがあいつに何かごめんなさいって言っているのが聴こえた。
僕はしちゃいけないって知っていたけど、つい聞き耳を立てていたらレベニカが「あの人は、私の父なんです」っていうのが聞こえた。
だから、ごめんなさいって。凄く悲しそうな顔していた。
僕にはよく意味がわからなかったけど、あいつには分かったみたいで、「気にしてなんかない」って言った。「怪我もしていないし」って。僕は悲しい顔をしたレベニカを守るために、あいつの前に飛び出そうと思っていたから、少しほっとした。もうそろそろあいつと仲良くしてやってもいいと思っていた所だったんだ。
だけど、そのためにはやっぱりドレスを返してもらわなくちゃいけない。
ドロボーとは、仲良くしたら駄目って兄様も言ってた。
あいつがドロボーなのは、僕だけが気付いているんだから、僕がなんとかしなくちゃならないんだって思った。僕ってきっと優しいんだ。
とにかく、なんとかあのドレスを脱がさなきゃならない。そうすればあいつと仲良くも出来るし、僕はドレスを返してもらえる。
あのドレスは母さんのなんだから、僕がそうに思うのは当たり前ってやつだと思うんだ。でもどうしたらあいつのドレスを脱がせられるのかって考えたら、僕は一つ閃いた。僕って天才だったんだ。
レベニカはいつも、僕が服を汚すと着替えさせてくれる。簡単だ。僕は、あいつのドレスを汚せばいいんだ。そう思って、僕はご機嫌になった。
だから僕は皆が夜ご飯を食べるために集まった時に、ワインっていう赤いお酒が入った飲み物や、でっかいナイフとかが乗った動く台があいつの近くに来た時、あいつの方に向かって思いっきり、ゾウみたいに力いっぱい台を押した。
レベニカは父上の傍にいて、ここには間に合わない。
あいつが目を大きく開いて、動く台を見つめた。
父上と兄上が同時に立ち上がったけど、あいつは動かない。
あいつが凄く悲しそうな顔でこっちを見た。
僕はあいつのその顔を見て、「あ」って思った。
だけど、ぶつかる直前にあいつの顔は銀色をした何かに遮られて、見えなくなった。台はその銀色にぶつかって、止まった。
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